第15話 戦士の独白

 ハルラクスと名乗った邪魔な人族の目には、紛れもなく憤怒が宿っている。


 憶測で他種族へ戦争を仕掛けた身で何と浅ましいことか。


「私は竜神、アムネ・セネスライト。国を、民を害したことに憤慨するなら、私にも人族に一方的に蹂躙された復讐を果たす権利があるはずだ……違うか?」


 私の言葉を聞くと、奴の赤き剣を握る腕により一層力が込められるのが見て取れた。燃え盛るような怒りの炎が息を潜めつつある。


 ——すなわち、私の問いに対する言葉なき肯定だ。


 刹那、殺気が消える。


 だが、すぐに赤き剣を握りしめ、覚悟の灯った瞳で私を真っ直ぐに見てくる。


「しかし私は、俺は、この国を、民を守る責務があるのだ」


「そうか。ならば私が、その責務から解き放ってやろう」

 

 


 ◆



 

 いつも不安だった。民の命を脅かすわけにはいかないと常日頃つねひごろ、心に刻みつけた。

 そうしなければ精神が砕け散りそうだった。


 ザイテン王国のような小国は大国の傘下に入るしかない。そしてハルラクスは長きにわたる逡巡しゅんじゅんの末、強硬派となることを決断した。


 元々ハルラクスは、対話による平和を目指す穏健派だったのだ。

 だが、一人の男をメリモント魔法王国から見せられ、変わった。


 ——勇者。その名に相応しい圧倒的な力。ある程度の力量を持つものならわかるだろう。まさしく立っている次元が違うということが。


 これなら、と思ってしまった。


 民を守るための最善の選択だと信じた。

 悩み、悩み、夜も眠れぬ日が続きながらも悩み続け、ザイテン王国は強硬派として立ち位置を改めた。


 ハルラクスは戦争をするために、王となったわけではないはずなのに。


 子供の頃なら例え大国に圧力をかけられようとも、戦争などには決して賛同しなかった筈だ。


 王となり、あまりに重すぎる責任を持ち、闇を見て、穢れてしまったのだろう。


 そしてそれは今、自らに帰ってきた。


 被害確認などしなくともわかる。ハルラクスの選択により多くの民が命を失った。


 何が正解の道だったのかは分からない。ハルラクスが王になったこと自体、誤りだったのかもしれない。


 ——王城にいたハルラクスの元に報告された、一瞬にして第二区画を焦土へと変えた魔族の少女の名。


 報告は聞いていた。ハルラクスが抜擢ばってきしたライアンが放った矢により、氷結のベイルの妻が死亡したのだと。

 娘の方——アムネ・セネスライトは未だ行方不明だと。


 理解した時、怖気が走った。

 復讐心を向けられるというのは、これ程までにおぞましく、辛いものなのか。


 民を害された憎しみすらも気を抜けば霧散してしまいそうだ。

 罪悪感が、時が経過するごとに胸へと沈殿ちんでんしていく。


 だが、ハルラクスは守らなければいけない。それだけは譲れない。


 罪を償わなければいけないのだとしても、今この瞬間だけは、剣を握らないわけにはいかなかった。





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