第11話 竜王の力

 竜王様が、いきなり剣で斬りかかってきた人族を倒した。

 雨によってできた水溜りが、血と混ざってちょっと赤くなってる。


 ……あれ? いつの間にか、竜王様と混ざってない。戦いが終わったからかな?


 それに——


「なにこれ? 翼と尻尾?」


 いきなり体から生えたのはびっくりした。生えたっていうか竜気りゅうき? で作ったものを服の上から体にくっつけたみたいな感じだけど。


『翼と尻尾がないと違和感があったのでな。そのような事よりも、増援が来たぞ』


 えッ! ってことは追加の人族が来たってことだ。両手を胸の前で強くにぎる。


「竜王様、わたしにやらしてください! 竜王様が使ってるのを見たので戦えます!」


『だめだ、貴様では力を引き出せん』


「お願いします! わたしが直接倒したいんです!」


『なんと言おうとも…………いや、待て……分かった、いいだろう。貴様が手を下せ』


「ッ! ありがとうございます!」


『だが我らは復讐者。人族に畏怖を植え付けるためにも失態は許されんぞ』


「——はいッ!」


 大丈夫だ! わたしには竜王様の知識と力があるんだもん。負けるわけない。


 見てる? おかあさん……。やっと、やっと人族を倒せるよ。おかあさんの願いに近づけるよ。





 ——追加の人族はすぐにきた。金色の鎧をつけてる人と、赤いローブを着てる人の二種類がいて、合わせて三十人くらい。

 いろんな方向から一気に来て、わたしを囲んだ。


 思ってたよりも少ない。


「こんなガキが……。それに誰と喋ってるんだ?」


 正面に立ってる金ピカの兵士が、私に向けて怒りを込めたような声を出した。

 けどその目は、かわいそうなもの見るみたいで——なんで? わたしをこんな風にしたのは人族なのに。


「だめ! 戦いに集中しないと」


 頭を横にブンブン振っていらない考えを頭から追い払う。


 竜王様がさっき倒した兵士は銀色の鎧だったのに、今度は金色だ。綺麗でさっきの兵士よりも魔力が多い。


 赤いローブを着てる人は剣を持ってないけど体からすごい魔力が出てる。

 魔法で戦うのかな?


竜眼りゅうがんを使うと魔力が見えて便利ですね」


『あぁ、その目で相手の力量もある程度は分かる。——が、気を抜くなよ。竜気を纏っていれば大抵の攻撃は効かんが、その度に竜気は削れ、いづれ底をつくぞ』


「はい! わかってます!」


 竜気のもととなるのは魔力だ。魔力がなくなれば竜気を生成できなくなってしまう。


 早めに倒した方がいい。

 わたしはすでに竜王様が召喚した竜剣を、両手でかまえて足に力をこめる。


「クソッ! やれーー!」


 来た! 誰かの声を合図にして、周りに色んな魔法の反応が現れた。 


 ——魔法の組み立てから発動までが遅い。今のわたしならいける! 


 魔力は自動で竜気に変わる。体の中にあるものを沢山外へと引っ張り出すイメージでふんばる。


 体に力がみなぎる。わた、は足に竜気を集中させて、まずは正面の兵士を倒そうと竜剣を強く握りしめて——


「上?」


 私は反射的に、魔法で生成した透明な防御壁を半球上に展開する。


 頭の上からでかい音が鳴り響いた、と同時に視界が真っ白に染まる。空気を震わす衝撃が防御壁越しにも伝わってくる。


 雷だ。魔法の構築スピードが他の魔法士とは全く違う。油断すれば直撃だ。


「パリンッ」


 防御壁が破れた音がした。雷の魔法に加えて、全方位から沢山の魔法攻撃を受けたことが伝わる。構築が遅いって思っていた魔法士たちのものだ。


 わざと遅くしてた? 私を雷で痺れさせた後に一斉に攻撃して倒すために。


 景色が少しづつ戻ってくると、周りを囲んでいた兵士たちが剣を持って近づいてきていた。


 すごい怖い顔だ。その後ろでは、再び魔法士が魔法を構築している。


 ——めちゃくちゃ頭がすっきりしている。戦ってる間も、高速で色んなことが考えられる。

 竜気を使えば使うほど竜王様の知識が滑らかに引き出せるようになる。

 ほぼ無意識に防御魔法を組めたのも、竜王様の経験が頭に走ったからだ。


 足音で周りを見渡さなくてもわかる。全方位から兵士が走ってきている。


 一斉に周りの兵士を倒す方法が頭にパッと浮かんだ。

 お尻あたりから生えてる尻尾に竜気を集め、細かった尻尾を太く、長くする。


「えいッ!」


 尻尾に神経を集中させてくるりと力強く一回転する。

 いきなり尻尾が変化したことに反応できてないみたいで、尻尾は周りの兵士たち全てを吹き飛ばした。


 変な鈍い音が聞こえた気がするけど気にしない。


「あッ!」


 東西南北、四方向からそれぞれ魔法反応が現れた。


 早い! 気づかないうちに魔法の組み立てが終わってたんだ!


「んッ!」


 竜王様が竜気を使い背中から生やした翼を必死に動かす。

 竜王様の記憶をたよりにやったけど、すぐに体がふんわり浮いて、空へと飛べた。

 まだあんまり安定しないけど、これで逃げられた。


 空に浮かびながら魔法士たちが放った魔法を眺める。光の矢みたいなのがたくさん纏まって、四方八方から私がいた場所に向かってきていた。


 このままいけば、お互いにぶつかって消えてくれるはずだ。



 

「ヘッ!? えーーー!」




 なんでッ!? 


 魔法の光の矢が、お互いにぶつかる直前に直角に曲がった。私を追ってきてる!


 やばい。もう一度、翼に——


「ちょっとまっ、やめ」


 思わず目をつむって両手で顔をガードする。

 直後に衝撃が下から体に伝わって、上へと吹き飛ばされてるのが感覚で分かった。


 当たった場所がヒリヒリする。竜王様の言ってた通り、竜気のおかげで思ってたよりも大丈夫みたいだ。


 目をゆっくりと開ける。地面に立っている魔法士が驚いたような顔をして——、にやりと顔を歪めてる? 


『追撃だ! 雷が上からくるぞ!』


「うぇ!?」


 竜王様の声に上を向く。でかくて複雑な魔法陣が私の真上にあった。


 さっきまで魔法の反応なんてなかったのに……早すぎる、防御魔法……使わないと。あれ? なんで? 頭が真っ白に……、術式が。


「助け……」


 ——突如風が吹き荒れ、大きな影がすごいスピードで魔法陣と私の間に入ってきた。


 魔法が発動される。でかい影があっても分かるほどの強い光が一瞬視界を覆い尽くして——音が消えた。


 空気が震える。キーンと耳が鳴っている。


 竜気で繋がっているからすぐにわかった。守ってくれた。でかい影——魔竜さんが雷の魔法を私から庇ってくれた!


 竜王様が操った? 分からないけど、とにかく助かった。


 雷を受けた時に魔竜さんが負った傷を修復するため、私の体を通して竜気が送られてるのが分かる。


 かなりの威力だったみたいで、竜気がどんどん体から出て行く。


 のんびりしてたら次の雷が来ちゃう。戦ってる間は余裕がなくて、魔竜さんに何も指示できなかった。


 それに本当は私が一人で全部倒したかったけど、そんなワガママ言ってられない。


「魔竜さんお願い! 炎で倒して!」


「ゥガァァァァァァ!」


 魔竜さんに指示を出すと、それに応えるように大きな声を上げた。

 魔竜さんの口が大きく開き、そこから下にいる魔法士に向けて青い炎が放たれる。


 地上が炎に覆われ、赤く、青く光っている。


 尻尾で吹き飛ばして、気絶しちゃったのか動かなくなった兵士。私を追尾する変な魔法で攻撃してきた魔法士。


 ——私が、燃やしたんだ。


 これで終わった、とそう思ったとき。


「んッ? これは……」


 魔法士たちが即席で防御魔法みたいなのを構築していた。私との戦闘で魔力を殆ど使っちゃったのか弱々しい防壁だ。


 でも、いつもと何か違う? 


 炎への特化……?


 魔竜さんが放った竜炎は防壁ごと焼き付くした。

 だけど、最初に竜王様が命令して放ったときみたいな、火の海にはならなかった。

 飛び散った火の粉が周りに降り注いで静かに燃えてるだけだ。


 炎専用の防御魔法か……まぁ無傷じゃないだろうし、もう私とは戦えないはずだ。

 

 後は雷を落としてきた強い魔法士だけだ。でも場所は分かってる。二回もあんな強力な魔法を使えば場所を特定できる。


 今攻撃してこないのは、防がれるってわかってるから? もしかして何か準備する必要があって時間がかかるとか? それとも、そもそも魔力がもうないのかな?


 まぁ……いいや。


竜槍りゅうそう召喚】


 魔力を竜気に変換し、竜の紋様が彫られた槍を穴の闇から取り出す。


 相当な竜気を使ってる。愉快だ。気持ちがいい。時間が経つほどに竜王様の気持ちが浸透していく。


 私は竜槍を右手で握る。空中に浮かびながら左足を上げ、体を大きく右に捻る。


 右手に竜気を集中させた。左足を前に出し、体を捻った勢いを使い、そのまま反動でめいいっぱいの勢いで竜槍を放つ。


 竜槍は目にも止まらぬ速さで、真っ白なでかい建物——王城へと真っ直ぐに飛んでいく。そのまま城の左側にある大きな窓へ突き刺ささらんとする。


 ——が、パリンッ、パリンッと離れていても聞こえる大きな音と共に竜槍は失速し、王城に到達することなく落下してしまった。


「無理かーーーー」


 二枚の障壁に弾かれちゃった。まだ竜気の使い方に慣れていないのが原因かな?


「ッ! ってか、戦ってる間に人族の数がめっちゃ減ってる!?」


 今更気づいた。探知しても最初の半分ぐらいになってて、私から遠ざかってる反応もある。


 逃げた? いつ? 竜王様どうしよう!? 私、戦いに手一杯で……。


 うーー、失敗だらけだ。初めてだからって言い訳できる域を超えてる気がする。


『竜気を無駄に消費しすぎだ。竜王の力を使ったのにも関わらずこのていたらく。貴様に戦いの才がないことは分かったろう? 戦闘の際は大人しく我の精神を強く混ぜろ』


「で……でも、まだ……は、初めてで」


『これ以上、竜王としての我の誇りを穢すつもりか?』


「……ごめんなさい、わかりました」


 言われたとおりに心を、精神を竜王様に近づけて混ざるように意識する。

 もうちょっとしたら、私が私でなくなるような感覚が襲ってくるはずだ。


 ——あれ? 拒絶反応みたいなのが、起きない。簡単に、滑らかに、綺麗に混ざっていく。


 何で簡単になったんだろう? 私と竜王様が一つになろうとしてるのかな? でも、それは精神構造上ありえないって竜王様が……。 


 私は竜王様に、なんで? 私はどこに? 私、わたしはおかあさんのために人族を倒さないといけないのに。


 でも、だけど、おかあさん、なんか言ってたような……。人族を倒せすことの他にもわたしに——


 ——なんだっけ? 思い出せないや。


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