第12話 王の夢

 ザイテン王国首都にそびえ立つ純白の王城。普段は静謐せいひつな雰囲気を纏う城内は今、突如として現れた漆黒の竜によって慌ただしく変化していた。


 黒竜の炎により、平民が主に住む第2区画は半壊。

 これを受け、ザイテン王国の現国王——ハルラクス・オルティノ・ガルム・ザイテンは国家の非常事態を宣言。


 民の避難を最優先事項とし、王直騎士団と宮廷魔法士が侵略者と対峙している間、馬車で他国へと避難させる算段を立てた。


 ——だが、民の混乱により想定よりも避難が進んでいない。





「状況は芳しくないな……」


 ザイテン王国軍事会議室、普段は他種族との戦争について協議する一室にて、その男——現国王ハルラクスが沈痛な面持ちで呟いた。


 齢五十のハルラクスは筋肉質のたくましい体を持ち、左腰には王国の宝剣を携帯している。


「えぇ……雷での不意打ちも防がれましたし、場所も特定されました。宮廷魔法士と王直騎士もこれ以上戦闘に割けません。陛下、どうか考え直していただけませんか?」


 ハルラクスの隣に立つ、腰が曲がり白髭を胸の辺りまでたたえている老人——ロム・ディノルークは落ち着いた口調でハルラクスに語りかけた。


 何とか杖で支えているように見えるヨボヨボの体とは対照的な、全てを見通すかの如き力強い目がハルラクスを射抜く。


じいの考えも理解できる……だが私は戦うぞ。民をこれ以上見殺しにはできない」


「しかし陛下……民は、兵士は貴方様の在命を願っております」


 ロムは、先代の王の時からザイテン王国を支えてきた宮廷魔法士だ。遠距離からの雷魔法による奇襲を得意としており、数々の功績を立ててきた。


 そして三十年ほど前、先王にその功績が認められ、当時王位継承権第一位であったハルラクスの教育係という大役を任されるほどになったのだ。


 ハルラクスがロムを爺と呼ぶのも、ロムへの敬愛の証である。


「兵士が不足している今、少しでも時間を稼ぐ必要があるのだ。

 他種族との戦争を見越して、息子たちにいつ王位を譲っても問題のないよう準備をしてきた。強硬派の王族との外交や政務の補佐もこなして見せたのだ、もはや私などいなくとも問題ない。

 ……爺よ、民は宝なのだ。国には王などよりも民が必要なのだよ」


 小国であるザイテン王国は大国——メリモント魔法王国とバルバテル帝国から獣族、エルフを侵略するために多数の兵力を要請された。


 その兵力には、あのような化け物に対して戦力として期待できる宮廷魔法士と王直騎士団も含まれている。


 よって、現在ザイテン王国にいる宮廷魔法士は約半数、王直騎士団は七割ほど。


 それ以外の一般の兵士は、侵略者の前ではあまりにも無力すぎる。であるならば、民の救助や混乱を緩和させるような任務を与えた方がよほどいい。

 

 ——圧倒的な戦力不足。


 そのため、護衛としてつくはずだった王直騎士と宮廷魔法士を、ハルラクスの命により少女のもとへと向かわせた。


 それ以外の宮廷魔法士は竜の炎による攻撃が放たれた時、耐熱防御壁を展開するために市街地の各地へ配備した。


 今は一人でも戦力となる戦士が必要だ。それならば……国を守る為ならば王でさえ戦う必要がある。





 ——ザイテン王国の王族は強い。


 ザイテン王国は武力により独立を果たし、幾度となく侵略を跳ね除けてきた。

 そのためか、ザイテン王家に連なるものは幼少の頃から徹底した戦闘訓練を受ける。


 ハルラクスも同様だったが、その身には類い稀なる才能を秘めていたのだ。

 ハルラクスの戦闘に対する渇望もあり、瞬く間に王国軍の中でも上位陣と並ぶほどの力を手に入れた。


 ハルラクスには自信があった。自分に戦闘の才があることを理解し、訓練にのめり込んだ。

 第一王子である自分では戦士になれないと知っていながら、いつか終わるこの幸せな時間を余すことなく楽しむかのように。


「陛下の強さは理解しております。しかし、かの少女は余りにもいびつです。二撃目の雷霆らいていは確実に意識外からの奇襲でした。にもかかわらず、少女は魔法で作られた竜を動かし防御してみせた……」


 ハルラクスが最も信頼を寄せるロムの雷撃は相手の反応を許さず、奇襲として完成された一撃必殺の奥義とも呼べるものだ。


 ——だが防がれた。

 

 遠視の魔法で見ていたが、一度目はまだしも二度目の雷撃に少女は全く反応できていなかったはずだ。


 漆黒の竜が少女により作られたものであることは、宮廷魔法士たちの解析によりすぐに判明した。

 ならば何故、魔法の発動者が反応出来ていない雷をあの黒竜は防げたのか。


 高度な擬似生物系統の魔法には自律思考が備えられていることもあるが、あのような動きは不可能だ。


「それに、我が国の兵士との戦闘中に、黒龍が空中で何もせずにとどまっていたことも気になります。

 通常、あのような状況ならば自律思考により自動で戦闘に参加するようになっているはずです。

 邪推かもしれませんが……少女ではない何者かが黒竜を操り、何もさせなかったのではないかと。——例えば、少女の戦闘訓練のためなどで」


「……爺、悪い癖だ。いつものことだが未知に対して少々憶測がすぎる。

 それに選択肢など端からない。相手に対して協議を重ねる時間を侵略者は許してくれない。ギルバート殿が来るまで耐えるのみだ」

 

 ハルラクスは真っ直ぐと爺の目を見つめ、迷いなき言葉を爺に浴びせる。


 メリモント魔法王国には黒竜襲来後、すぐさまギルバート含めた増援を求む趣旨の連絡を魔法により送った。


 当初、勇者は決して失えぬ人族勝利の鍵であるためか消極的だった。しかしすぐさま一変して、約半日でギルバートがザイテン王国に到着するという連絡があった。


 大方、人族内の分断を避けるために仕方なくといったところだろう。小国が他種族に侵略されても、大国は助けてくれないなんて知られれば反発が起きかねない。


 同様の理由でザイテン王国の難民も手厚く保護してくれる筈だ。


 もはやうれいはない。


「爺……私が幼い頃の夢は何だった?」


「……戦士です」


「あぁ、そうだ。ようやく私の夢が叶う時が来たようだ。私は……俺はもはや王ではない。愛する国を守る一人の戦士だ」


 ハルラクスは左腰に吊るされている宝剣——【血を継ぐ星エマティノス】の柄を撫でながら落ち着いた声で語る。


 爺は半ば諦めたような表情をしていた。


「貴方様は子供の頃、戦士になりたい、戦士になりたいと泣いておられましたからな……。今まで本当に、お疲れ様でした。微力ながらお力添えしましょう」


「爺、ありがとう」

 

 あの槍以降、城への攻撃はない。少女の目的は征服などではないということだ。ただ民を虐殺する、それだけ。


 ——断じて許すわけにはいかない。

 

 ハルラクスはロムと共に部屋を出た。その目には憤怒と覚悟、そして隠しきれぬ自責の念を宿していた。

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