第9話 竜炎

「あーーー! みえた!」


 魔竜まりゅうさんの背中に乗って十分ぐらい。楽しくて時間の感覚がおかしいかもだけど、とにかくあっという間に目的地近くだ。


 遠目からでも、でかい街とでかい真っ白なお城が見える。


 魔竜さんがゆっくりと止まった。わたしの意思じゃないから竜王様が操作したんだろう。


『あれがザイテン王国の首都だ。他国からの増援の都合上、猶予は半日。半日で首都を落とすぞ』


 あそこには沢山の人族がいるはずだ。それを一日の半分で全員倒すなんてできるかな?


「なんで半日なんです?」


『メリモント魔法王国からの増援——特に勇者と接敵するのを防ぐためだ。体を再構築したからといって、すぐに竜の力を万全に使える訳ではないからな』


 うーーん。勇者、勇者……あった。わたしは空を見つめながら記憶の中を探して、見つけた。竜王様を倒した人族のことだ。結果しか記憶にないけど……。


『母親の時と同様に貴様の精神状態を考慮した結果だ。我の最期は少々惨烈さんれつだったゆえな』


 そうなんだ。てっきりわたしは竜王様が負けところを見られたくないからだと思ってたけど、違うんですね。


『……戯言ざれごとも程々にしろ。それにあの敗北は珍妙な術に意表をつかれたからだ。二度目はない!」


 でも普通は一度倒されたら……いや、なんでもないです。勇者の顔は記憶にあります! 見つけても戦わなければいいんですよね?


『今の我——貴様では逃げきれるか怪しいが、まぁいい。ザイテン王国には脅威になるような人物はいない。存分に竜王の力を振るい、体との親和性を高め、いち早く完全な力を取り戻すぞ!』


「わかりました! いくよ! 魔竜さん!」


 再び魔竜さんが速度を上げて、街がどんどん近づいてくる。


『結界を破るぞ』


竜炎りゅうえん


 魔竜さんが青くて綺麗な炎を吐いた。わたしが命じたんじゃない、竜王様がやったんだ!


 それにしても結界か……よく見たら殆ど透明な膜みたいなのが町を覆っていた。それが今や炎に溶かされて、でかい穴ができている。


『まずは城から離れた市街地に降りるぞ』


 魔竜さんが結界に空いた穴に向かって急降下する。相変わらず風は感じないけど地面がどんどん近づいてきてちょっと怖い。


 地面スレスレで魔竜さんが翼を大きく羽ばたかせて、一瞬体がふんわりと浮く。さっきまでのスピードがなくなって、そのまま地面に着陸した。


「えッ……黒い……竜?」


 誰かの声がスタートの合図みたいに、みんなが悲鳴を上げてわたしたちから逃げていく。思わず両手で耳を塞いでしまうくらいのうるささだ。


「魔竜、焼き払え」


 え……? 誰の声? ……違う。わたしだ。わたしの声だ。竜王様がわたしを操ったんだ。


 魔竜さんの口に青い炎の球が現れた。それは美しい光線になって——わたしの目の前が急に真っ赤になった。


『我と貴様は一心同体。特に竜の力を使えば一時的に精神が強く混ざる』


 赤くなった景色が少しづつ元に戻ってくる。


 あぁ……みんな燃えてる。人族は悪い。これは、おかあさんのためだ。そうだよ、おかあさんのために……


『人族は貴様の母をころ……倒したのだ。我らが同様のことをして何が悪い? 母親も望んでいるのだろう?』


 ……そうだよね。せっかく竜王様の加護をもらったんだ。


 竜王様がわたしを操る時、頭の中がぐるぐる回って、自分の気持ちなのか竜王様の気持ちなのか分からなくなる。それが少し変な感じ。わたしがわたしでなくなるみたいな。


『安心しろ。元は貴様の精神だ。上書きして乗っ取ることなど生物の精神構造上不可能だ。これも記憶にあるはずだが?』


「記憶にはなんとなくあるけど難しすぎてわかんないんですよ! 曖昧で理解できない状態じゃ不安なんです!」


『…………』


 こんな会話をしている間も、ずーーっと目の前は炎で真っ赤。家も人も燃えて、燃え移って、このまま一生燃え続けるんじゃないかな? って思えるくらいだ。


 ——ん? なんかムズムズする。記憶にある。これは魔法の……反応?


「水?」


 雨が降り始めた。でも普通の雨じゃない。上を見てわかった。結界の中に雲がある。最初はポツポツぐらいの小雨だったのに、それは突然痛みを感じるぐらいの凄い勢いの雨になる。


 ——火が一瞬で消えちゃった。


 よく見ると真っ白な城の上に複雑で変な模様の魔法陣が浮かんでいた。城の上だけ雨も降っていなくて晴れてる。


「布告もなしに市民を無差別に攻撃……よくもやってくれたな!」


 力がこもった、怖い声が聞こえた。


『敵だ。最初故、我が手を下す』


 自分で倒したいのに……でも仕方ないかぁ。


 ——わたしは自分の心を奥に、奥にやる。竜王様の精神がどんどん近づいてくるのがわかる。


 距離が縮まれば縮まるほど、わたしと竜王様の心が混ざっていく。混ざって……。






 ——鎮火された竜炎りゅうえんの中、一人の男の兵士が近づいてきた。銀色の鎧はそこかしこが溶けており、右手には溶解して形の変わった兜を持っている。


 顔は焼け爛れ、目には光がなく、焦点があっていない。復讐だ。わたしは、は人族に今、鉄槌を下すのだ。


 竜気を体に循環させる。この体では長時間竜気を纏えない。もっと竜の力に馴染ませなければ。


 意識が混濁する。思考が纏まらない。頭と心がもっと変な感じだ。だが悲願は一致している。人族への復讐。これがある限り……いける。倒せる! 戦える!


 うつろな目をした目の前の兵士は私の姿を見て、止まった。

 激情が疑問へと変わっていくのが見てとれる。漆黒の竜——魔竜しか見えていなかったのだろう。


「……は? しょう……じょ?」


 兵士は呆然とただそうつぶやいた。


 


 





 


 

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