第二章 原初の復讐

第8話 人族の闇

「そうか……まだ見つからないか」


 氷河のベイルとの戦闘から一日後、ギルバートは魔族の母親を弓で射抜いた男——ライアンからの報告を聞き顔を顰める。


 アムネ・セネスライトは母親と共に逃げていた筈だった。しかし、探知魔法で発見できたのは母親の死体のみ。


 途中まではアムネも探知魔法に引っかかっていたのだが、突然魔力反応が消失した。

 魔物にでも喰われて死んだのか、と当初は考えたが、消失場所を特定して捜索しても血痕ひとつ発見できなかった。


「二人を仕留め切れず懸念点を残したのは私の責任です。申し訳ありません」


 ライアンは頭を下げて謝罪する。


「前も言ったが気にすることはない」


「ギルバート様には頭が上がりません。私の無茶なお願いを聞き入れ、捜索隊の隊長にまで任命していただいて……」


 又もやライアンが頭を下げる。


「それはいいんだが……ザイテン王国には戻らなくて良かったのか?」


「えぇ、大丈夫です。陛下には此度の作戦に尽力するよう言われておりますので」


「そうか、それならいいんだ。報告ありがとう」


 高級感が漂っているものの、生活に必要最低限しかない質素なギルバートの部屋からライアンを下がらせる。





 ギルバートが四魔天——ベイル・セネスライトの首を刎ねた数分後。

 一人の兵士に肩をかしながら切羽詰まった表情をしたライアンが、息を切らしながら報告に来た。


 それによると、アムネとエイラを追跡していた三人の兵士のうち二人は死亡、一人は重症とのことだった。

 完全にベイルの妻——エイラ・セネスライトの力量を見誤っていた。


 ギルバートと兵士でアムネを捜索することも出来た。しかし母親のほうは毒矢で死亡するだろうとのことなので、アムネを一時放置してメリモント魔法王国へ帰還したのだ。


 人族は、魔族や竜族の他にも多くの種族を敵に回しており兵力が不足している。

 特に作戦のかなめとなるギルバートは出来るだけ速やかに戻る必要があった。


 帰還する際はうえに状況を説明し、承認も得た。あの時の判断は間違っていなかったはずだ。


 ——だが、胸騒ぎがする。


 通常はうえ——ゼブラルなどが情報を精査したのちにギルバートに報告がいくが、特例でライアンから情報を直接かつ最速で得られるようにしてもらったのだ。


 何かと制限が多いギルバートにとっては、ゼブラル含めた国家の代表者たちが承認したのは意外だった。どうやらお偉い様方は勇者ギルバートのが余程恐ろしいらしい。


「アムネ・セネスライト……、父も母も卓越した魔法士だった。少し無理をしてでも俺がしらみつぶしで捜索するべきだったか……」


 終わったことにとやかく言っても仕方ないが、不安はどうしても拭えない。両腰に携帯している剣を撫で、心を落ち着かせながらギルバートは私室を出た。


 扉を開け廊下に出る。ギルバートの私室は人族連合国軍総司令部がある建物の中にあり、保護——悪く言えば監視されている。


 廊下に出て右に目をやると、全身を漆黒の甲冑で固めた騎士が私室の扉の前で剣を廊下に突き立てながら直立している。


「【鎖人くさりびと】のところに行ってくる」


 ギルバートはその騎士——【守護者しゅごしゃ】に向かって簡潔に言葉を紡いだ。


 【守護者】は以前不動のままだが気にせず目的の場所に向かう。

 私室がある四階から最上階の五階に上がり、なんの変哲もない扉の前に立つ。総司令部の協議が行われる部屋とは真逆、その部屋の扉を開けた。


 ——途端に視界が歪む。空間が捻れる。


 瞬きをし、目を開けた時には薄暗い、まるで洞窟のような場所へと移動した。ギルバート含む重鎮たちの魔力波形に反応して発動される隠蔽型の空間干渉系魔法だ。


 魔力波形とは、生まれながらに持つ魔力の波ののとであり、たとえ血縁関係にあったとしても異なる。


 それをセキュリティに組み込んだのがこの魔法だ。何度味わっても慣れない独特の気持ち悪さに辟易しながら、ギルバートは歩み始めた。


 ここは総司令部がある建物の地下。人族の中でもゼブラルとほんの数人にしか知らされていない最重要機密。


 歩いて数分、広い空間にでると又もや扉が現れる。特殊な金属と幾つもの防御魔法が練り込まれた巨大な扉だ。ギルバートの背よりも遥かに高く、見上げなければ全貌を視界に収めることができない。


 そしてその巨大な扉の前には門番のように立つ二人の騎士がいる。漆黒の甲冑の騎士——ギルバートの部屋の扉の前にいたのと同じ【守護者】だ。


 哀れな被害者。における悪夢のような副産物。


 ギルバートのように胎児からではなく生まれた後に調整され、強さと引き換えに知能と心を失い、道具として人族のために働く決して裏切らない騎士——【守護者】。


 彼らを横目にギルバートは扉を両手で軽く押した。魔法が一時的に解除され自動で扉が開かれる。


 扉の先には——髪の毛が抜け落ち、皮しかない痩せこけた無数の人々が、魔法陣の中で横たわっていた。


「来たよ……いつもありがとう」


 見慣れた地獄絵図。彼らは【鎖人】。【守護者】よりもこの異種族戦争の被害者であると言っても過言ではない。


 魔法陣から必要最低限の栄養が与えられ、その魔法陣に組み込まれた魔法は不可視の鎖としてギルバートに接続されている。

 あらゆる人知を超えた特殊能力は、いくら胎児から幾つもの魔法で調整されたといっても、個人で到底操れる類のものではない。


 ならどうするか? 


 ゼブラル・ヴァント・ルクスメイル——メリモント魔法王国の中でもずば抜けた才能を持ち人族最強の魔法士と呼ばれる老人。

 天啓のゼブラルと呼ばれた英雄は悪魔的な解決方法を生み出した。


 魔法の鎖でギルバートに繋がれた約一万人の卓越した魔法士——【鎖人】。彼らの魔法行使能力をギルバート一人に集結させることで人の身では発動できない超常的魔法を行使する。


 思考能力全てを魔法行使に割り振られた【鎖人】は昏睡状態となる。


 左腰に吊るされた剣——聖剣ペネン。右腰に吊るされた剣——竜滅剣りゅうめつけんデイル。

 

 剣に触れた魔力を浄化する能力に約二千人。聖剣から放たれる一定範囲内の魔力浄化魔法【聖光】にはそれらに加えて約五百人が。


 剣に触れた竜気を無効化する対竜族の能力に約三千百人。竜滅剣から放たれる指定範囲に球体状の空間消滅を、竜気貫通の効果を付与して行う【竜壊りゅうかい】にはそれらに加えて約千人が。


 竜族のみが扱うことができ、魔力に身体能力の脅威的な上昇と鉄壁の防御力、高度な魔法構築の簡易化という効果が自動付与された竜気。それを人工的に再現した【人工竜気】常時発動に約三千人が。


 そして予備に約五百人。


 彼らは人族の中では優秀な魔法士だった。しかし竜王が一度魔法を行使すれば一瞬にして彼らは灰になるだろう。膨大な数をもってしても超常的存在にとっては塵芥ちりあくあも同然。


 ——ならば凝縮すればいいではないか。


 ゼブラルの二つ名である【天啓】は彼が三日に一度天啓を得るなどという逸話いつわから付けられたらしい。


 人族は、狂気をもって種族の壁を超越したのだ。





 ギルバートは真実を知った時、精神干渉魔法により感情の増幅が阻害されている状態でも抑えられないほどの激情に駆られ、嘆いた。


 だが、ギルバートは逆らえない。


 胎児の頃に植え付けられた五重の精神干渉系魔法がギルバートを縛っているからだ。体の内側では【聖光】の効果範囲外となり無効化できない。


 人工勇者計画の主導者であるゼブラルには傷一つだってつけられないだろう。


 いつも思う。自分は正しいのだろうかと。もっと別の道があるのではないかと。勇者などという肩書きはギルバートにとってあまりにも重すぎる。


 ——ギルバートに人族の存亡がかかっている。


 戦わなければならない。勝たなければならない。


 ゼブラルは語った。ギルバートが死亡すれば連鎖的に【鎖人】の命も尽きるらしい。嘘か実か。ギルバートの自殺を封じるためなのか。


 分からない。故に、生まれた時からギルバートに選択肢などないのだ。


 【守護者】と違い、ある程度の自律思考は許されている筈なのに。結局同じなのだ。


 ——人族のために命を賭して戦う。


 ギルバートは血のような赤い瞳に覚悟を宿し、地獄を煮詰めた部屋から静かに出た。

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