第7話 竜神

 竜王——世界で最も強い種族、その王様。人族は悪い。竜を倒して、竜王様も倒して、魔王様も倒して、おかあさんもおとうさんも倒して。敵。みんなの敵。おかあさんの敵。わたしの敵。だから倒す。わたしを強くしてくれた竜王様は味方。願いを叶えるための味方。


 見てておかあさん! わたしは人族をみーんな倒すよ!



 ◆



「——あれ? ゆめ?」


 頭の中に沢山の映像が流れてきた。そのせいかな、それに似た夢を見た気がする。


「……ん?」


 なんだが頭がスッキリする。今まで心の中でぼんやりと思っていた気持ちを言葉にできる。知らないはずの言葉を、知識を知っている。


『目覚めたか。よもや一日中足らずで書き換えが終わるとはな。流石は我が見込んだ類い稀なる天稟てんぴんを持っているだけある』


 頭の中の声。竜……竜王様。何故か分からないけど、頭の中の声の主が竜王様であると知っている。


『我は竜王、ガルバレイ・ゼイヤ・ドラゴニア。人族の襲撃に遭い、我は体を失った。

 しかし、かろうじて魔法を発動させることで精神を保存し、宿主を探していたのだ。

 すると、人族に強い恨みを持ち、我の力に耐えられそうな器がいた。それが貴様——アネム・セナスライトだったというわけだ』


 えっーと……心の声は筒抜けみたいだ。それに竜王様が話してくれたことは何故か全部知ってる。


『……きちんと書き換えは成功したようだな』


 その……書き換えっていうのは?


『我の精神を定着できるようにするため、体の構成を作り替えた。頭の方はあまりにも阿呆あほうでは面倒ゆえ、知識を植えつけたまでだ』


 についての知識が頭の中に全くないのはなんでなんだろう? ここだけ、ぽっかりと穴が空いてるみたい。


 ……まぁ、いいか。


 頭もスッキリしたけど心の方も楽になった。整理できたのかな? これも竜王様の力なんだろう。


 だけど落ち着いた今も、変わらず人族は嫌い……憎いままだ。なんたっておかあさん、多分だけど、おとうさんも……ぐすゥん、このことを考えるのはやめよう。


『今や貴様は竜王を取り込み、全ての竜の怨嗟を晴らす神の如き魔族よ。

 これより貴様は竜族に敵意を向けた愚かな人族に裁きを下すべくして現れた【竜神りゅうじん】と名乗れ。復讐の時だ!」


 わたしもだけど竜王様も相当人族が嫌いみたい。


 わたしは人族をみーんな倒したい。そんな願いは竜王様と出会う前のわたしなら無理だった。けど、今のわたしは竜王様の加護を得ているんだ!


 ——術式が頭に浮かぶ。知らない魔法。だけどとても強い魔法だとわかる。戦える!


「竜王様! 最初はどの国に行きますか?」


 頭の中でも会話は出来るけど、やっぱり変な感じだ。口に出した方が会話してる感があっていい。


『ザイテン王国がいいだろう……貴様にとっては因縁の国であるしな』


「えっ? 因縁って……?」


『言葉で伝えるよりも直接感じた方がいいだろう。我の記憶を貴様の精神に送るぞ』


 竜王様がそう言った瞬間、わたしの頭に景色が流れた。

 これは——過去だ。おかあさんがわたしを抱っこしながら走っている。そしてずっと後ろには……鎧を着て、弓を構えた人族がいる。木に隠れているのだ。


 そしてその人族は弓を放った。それは、おかあさんの左太ももに吸い込まれるように——。

 あぁ、あいつか。あいつがわたしのおかあさんを……許せない。


 ——鎧に紋様のようなものが見えた。あれは? いや、記憶にある。竜王様から頂いた記憶が言っている。あれはザイテン王国のシンボル。そうか……だからなんだね、竜王様。


『我が貴様に入る前に、精神体せいしんたいとして宙から観察していた時の記憶だ。

 これで何故、我がザイテン王国を選んだのか分かったろう? 煮えたぎる憎悪が蘇っただろう?』


 地図は頭に入っている。


 一つの術式が頭に浮かんだ。わたしはただ願うだけ。竜王様がそれを叶えてくれる。


魔竜まりゅう召喚】


 体から見えない何かが抜けていく。その何かは、徐々に黒いモヤとして見えるようになった。

 そして——それは竜を形作った。黒い、一匹の竜だ。


 これが竜王様の奇跡!


『その竜は貴様のしもべだ。ある程度の自律思考も可能だが、命令すればより戦略的に用いることもできる』


 ……知ってる。全部知識としてある。竜王様もこういうのは初めてなんだろうな。というかザイテン王国の件も知識としてくださればよかったのに。


『…………、ザイテン王国の件は貴様の心が壊れる可能性を考慮してだ。我が精神の安定を図るまでは廃人になっても不思議ではない精神状態だったからな』


 まぁ、竜王様はわたしなんかよりも賢い。わたしがおかしいなって思うことには大抵何か、そうする意味があるんだろう。


 わたしは【魔竜召喚】によって現れた真っ黒な竜——魔竜まりゅうさんによじ登った。腕の力が信じられないほど上がってる。


 わたしが魔竜さんの背中に乗ると、魔竜さんの背中らへんから生えた黒い触手みたいなのが足と手に絡みついてきた。


 ちょっとかわいい……かも?


 魔竜さんが翼をバタバタさせる。少しづつ空中へと浮いていき、地面がどんどん遠ざかっていく。


 ザイテン王国に行って、人族をたくさん倒したい! 竜王様によると、この気持ちだけで魔竜さんは動いてくれてるんだろう。


 雲が近い。こんな高いところにきたのは初めてだ! ワクワクする!


「ザイテン王国に向けてーーしゅっぱーつ!」


 わたしの声に応えるように、魔竜さんが大きな声で鳴いて加速した。——何故か風を感じない。家の中にいるみたいに空気の流れが体に当たらない。


 じーっと見つめてみると、魔竜さんの体を覆うようにバリアみたいなのがあるって分かった。


 風避けバリアと手足を固定してくれる黒い触手みたいなののおかげで、快適に空の旅ができている。


 ——景色がすごいスピードで流れていく。


 楽しい! これから人族をこらしめに行くからさらに楽しい!


 わたしと竜王様の力で人族をコテンパンにしてやる!


 





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る