第6話 転換点

「おかあさん……どうしたの? なんで? ねぇ……おかあさん!」


 おかあさんが突然倒れちゃった。なんで? さっきまでわたしの頭をなでてくれたのに。


「ひッ! なに、これ?」


 おかあさんの足に……何か刺さってる? 暗くてよく見えないけど、大変だ。


 どうしよう。どうしよう。泣きながらおかあさんのまわりをぐるぐる回る。


「——え?」


 おかあさんの周りであたふたしていると「ペチャ」っていう音がした。


 水たまりかな。でもさっきまでなかったのに。人差し指の先っちょだけでその何かに触れてみる。


 あれ? なんだか温かい。暗くて色は分からないけどほんのりあたたかくて、わたしを温めてくれる。


「ア……アムネ……よく、きいて。魔力をね、外に出さないようにお腹の辺りにグッと……ためながらあっちの方向に向かって走って、おねがい。

 ごめん——アムネ、ごめんね……だいじょうぶよ、あなたはかしこくて自慢な……わたしたちの娘、なん、だから」


 おかあさんが人差し指をたてて右らへんをさしながら小さな声で話している。


 ちょっと前から思ってたけど、おかあさんはやっぱりなんか変だ。変なだけだよ。いつもと少し、違うだけ……。


 それに魔力っておとうさんが教えてくれたやつだ。

 けどお腹にためる——って、いっしょに読んだ本に書いてた気がする。でもおかあさん、あんまり覚えてないよ。どうしよう。もっとちゃんと本を読んでたらよかった。


 それに——


「おかあさんは? おとうさんもだけど、いっしょに行くんじゃないの?」


 なんで? おとうさんの時と同じだ。なんだかもう会えないような気がして胸がキューっと痛くなる。


「ごめんね、あい……して、るよ」


「ひっ、ひとりにしないで、おかあさん!」


 こわいよ。おかあさんの足に刺さってるものを抜けばいいの? どうしたら、どうしたらおかあさんは——


「なんで……こんな、私はもっと……生きて、アムネ、ごめんね。ごめん。こんな時代に産んでしまって、ごめんね」


「おかあさん……おかあさん!」


「そうよ、ひと、人族さえ……人族さえいなければ、こんな、こと、に、は」


「……ひと、ぞく?」


 おかあさんの声が止まった。おかあさんは動かなくなっちゃった。きっと眠ったんだ。今日はつかれた。


 わたしも寝よう。夜ふかしはダメだっておかあさんとおとうさんにいつも怒られるから。はやく、寝ないとね。


 わたしはおかあさんにもたれかかって、ゆっくり目を閉じた。






「うーーーん、おかぁさん……」


 朝かな、まぶしい。


 水たまりはなくなってたけど地面が赤かくなってる。


 おかあさんは——まだ寝てるみたい。いつもはわたしをお寝坊さんっていうのに、今日はおかあさんがお寝坊さんだ。


「魔力をださないように、ださないように」


 おかあさんに言われたことを忘れないようにしゃべりながら歩く。向かうのは、おかあさんが指をさして教えてくれた方向だ。


「……ゥッ……ぐすッ」


 わたしは走った。でこぼこした道で何度もこけそうになったけど走り続けた。


「おか、おかーさんッ! おとうさーんッ!」


 涙が止まらないよ、おかあさん、おとうさん。なんで? なんで? わたしはおかあさんとおとうさんと3人でとても楽しかったのに。


 もう走れないよ。わたしは両ひざを抱えて地面に座って、あふれ出てくる涙を必死にがまんする。


「ぐすッ……おかあさん、ほかに何か言ってたような……」


 なんだったっけ? おかあさんがたおれて、パニックになっちゃって、あんまり覚えてない……かも。


「——そうだ、おかあさん言ってた。ひとぞくなんていなければよかったって! そうだ! 全部ひとぞくが悪いんだ! こんなことになってるのも、みんな! みんな!」


 そうだった。そうだよ。おかあさん言ってた。ひとぞくって本で見たことある。昔もひとぞくにひどいことされたって。


「ひとぞく……ひとぞくをたおせば、おかあさんは……」


『人族を殺したいか?』


「ッえ!? 声が……」


 急に声がしてびっくりした。怖い声だ。おかあさんが怒る時とは何かが違う、もっと、もっと怖い。


 それに、ころすって……ちがう。ころすって悪いことだって知ってる。わたしはたおすの!


『ハハハッ! 倒すだと? 貴様にそれが可能であるならば、そうすればよかろう。

 我なら貴様に全ての望みを叶えられるような圧倒的な力を与えることができる。共に人族を滅亡へと誘おうぞ! さぁ、魔族の少女よ! 我を受け入れるのだ!』


 声が体の中からひびいてくるみたいで変な感じがする。なんか言ってることが難しくてあんまり分からない。

 けど、おかあさんはひとぞくがいなければって言ってた。それはきっとおかあさんの願いだ。


「……わかったよ、見えないひとさん。どうすれば、力がもらえるの?」


『貴様はただ受け入れればよい。ただ耐えるのみだ』


「ッ!? ウッ……うゲッ! なに、これ? きもち……わるいよ」


 何かが体の中に入ってきた。体の内側をかき混ぜられてるみたいで本当に気持ち悪い。

 頭が痛いよ。体が痛いよ。頭をぐるぐる回ってなんだか……考えられない。知らないことが流れてくる。


 あれ? ねむい。起きたばっかなのに。なんで……? 体が動かない。どこも動かせなくてそのまま何もできずに体が前のめりになって、地面が近づいて——


 

 




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