Another File2: 贈り物(全3話)

第25話 思いがけない出会い

 日差しが照りつける。白く見えるほどの光に、榊本さかきもとあおいは手で陰を作りながら目を細めた。

 日中のほとんどを家に閉じ籠もる、自他共に認めるインドア派には、なかなか厳しい天気だ。


「――にぎやかだなぁ」

「そうだな。葵さんも、もうちょっと日差し下で歩く習慣をつけた方がいい」


 目の前を楽しげに歩いていく子どもを眺めながら呟くと、神田かんだ智輝ともきが苦言を呈してきた。横目で窺うと、智輝の方こそ疲れた表情をしている。

 最近はあまり葵の元に相談に来ていなかったが、仕事が立て込んでいるのだろうか。智輝にしては珍しく、重苦しい思念を纏わせているように見える。

 休みと聞いていたから誘ったのだが、少し申し訳なかったかもしれない。

 眉を顰めていた葵に、元気な声が掛かった。


「葵さ~ん、こっちこっち!」


 タープの下、様々な商品が並んだ机の奥に、手を振る本村もとむら紗世さよの姿があった。以前、ぬいぐるみに取り憑いた霊に関わる問題で知り合った少女だ。


 今日の広場ではフリーマーケットが開かれていた。紗世の招待を受けて、葵は珍しく遠出してきたのだ。

 紗世は母親と共にこの場に出店していて、今は店番中らしい。


「紗世ちゃん、こんにちは。今日は一段と可愛い格好だね?」

「店員さんだからね! 葵さん、神田さん、来てくれてありがとー。なんか欲しいものはありますか? お安くしますよ?」

「ふふ、確かに一端いっぱしの店員さんだ。商売上手だね。ハンドメイド品を売っているんだっけ?」

「うん! ママと作ったんだよ!」


 葵と智輝は、机に並ぶ商品に目を落とした。

 商品の多くは、ビーズやレジンなどを使ったアクセサリーのようだ。素人のハンドメイド品とは思えない仕上がりだが、可愛らしい印象のものが多い。


「アクセサリー……」

「智輝には似合わないね」

「そう言う葵さんも、さすがに無理がないか?」


 休日ということもあり、珍しくスーツ姿ではない智輝にネックレスをあててみたが、笑えるほど似合わなかった。智輝は男らしい容姿なのでそれも当然である。

 ネックレスを机に戻す反対の手で口元を隠す葵を、智輝が半眼で睨んだ。


「葵さんなら、これとかいいと思うよ!」

「え……」


 紗世からヘアピンを差し出された。キラキラした透明な石と真珠のようなビーズがつけられたものだ。猫モチーフのものやハートがついたものもある。

 さすがに成人男性が身につけるには女性的すぎると葵が苦笑すると、智輝が紗世からヘアピンを受け取った。


「前髪長いし、執筆するときとか邪魔なんじゃないか? 俺がプレゼントしよう」

「……智輝、この場から早く立ち去りたいだけだよね?」


 頭にヘアピンをあてられながら、智輝を睨む。思念に敏感な葵は、智輝の発言の裏にある思いに気づいていた。


 アクセサリーを売っている紗世のブースは、女性客に人気らしい。葵たちの近くには、多くの女性が集って商品を眺めていた。

 その一部が商品より葵たちを目当てにしていることには気づいていたが、葵は一切視線を向けない。そうすれば、女性の方から声を掛けられることはまずないからだ。


 そして、この状況に智輝が居心地の悪さを感じ、早く立ち去りたいと思っている一方で、紗世に悪いからと、なにかひとつは買わねばならないと義務感にかられていることも分かっていた。


「いや、これなら、普通に使ってても違和感は少ないと……。それに、家の中なら、誰が見るわけでもないし……」


 図星をつかれた智輝がしどろもどろで言い訳するのを聞き流し、葵は肩をすくめた。


「プレゼントしてくれるって言うなら、受け取るよ。紗世ちゃん、割引とかしなくていいから、むしろふっかけちゃって」

「あはは、お世話になった神田さんにそれは無理~。神田さん、三百円でいいですよ! プレゼント包装しますね!」


 紗世が流れるように智輝からヘアピンを受け取り、あらかじめ作ってあったのだろう小さな紙袋に入れ、リボンのついたシールを貼る。

 机にある表示を見る限り、プレゼント包装は別料金だ。

 葵は智輝の横腹を肘でつつき、顎で表示を教える。


「――紗世ちゃん、悪い、小銭がなかった。お釣りはいらないから」

「え~……、しょうがないですね。ありがとうございます!」


 紗世は智輝が渡した千円札を受け取りながら、苦笑した。その申し出が嘘だと分かった上で、大人の体面を考慮して受け入れたのだ。

 子どもは日々成長していくものだな、と感慨深く見守っていた葵に、智輝から小さな紙袋が渡される。


「ここで渡す?」

「俺のじゃないから」

「渡す前は、お金を払った智輝のものだと思うけどね?」

「どうでもいいから、さっさと離れよう。お客さんの邪魔になってる。――紗世ちゃん、またな」

「ありがとうございましたー!」


 智輝は紗世に手を挙げて挨拶すると、近くの女性に場所を譲るようにそそくさと離れていく。それを横目で確認した葵も、紗世に「またね。ばいばい」と手を振って、智輝の後を追った。


「――次はどこに行く?」

「飯食いたい」


 智輝の横に並び、スマホにダウンロードしておいた案内マップを開く。すると、道端で立ち止まった智輝が覗き込みながら即答してきた。

 時計を見れば、昼をだいぶ過ぎている。この時間ならフードコートも人が減っているだろうかと思いながら、マップで探した。


「なに系がいい?」

「これ美味そうだな」


 智輝が指したのは、ご飯の上に鶏肉がのったカオマンガイという料理の写真だ。東南アジアの料理を提供する店の代表メニューらしい。


「結構ガッツリ系だね。そんなにお腹空いていたの? この店なら……あっちだ」

「……寝坊して飯食い損ねたんだ」


 言い訳のように呟いている智輝に苦笑しながら、いい匂いが漂ってきている方へと足を向けた。


 しばらく人混みにうんざりしながら歩いていると、フードコートのすぐ傍に客がいないブースを見つけた。


「――おや」

「葵さん、どうした?」


 足を止めた葵に気づいた智輝が、数歩先で振り返って尋ねてくる。それに曖昧な頷きを返しながら、葵は頭を掻いた。

 雑多な思念で溢れるこの空間で、不思議なほど澄んだ空気を放つものを見つけたのだ。それがどうにも気になって、足が進まなかった。


「――智輝、ひとりでご飯食べてきて。僕はあんまりお腹空いてないから」

「……そうか。分かった。なんかあったら連絡を入れてくれ。後で合流しよう」

「うん、またね」


 納得していない様子だが、智輝はなにも聞かずに立ち去った。

 体調が悪いとか、なにか不都合があるとか、そのような雰囲気が葵になかったからだろう。心配そうにしながらも葵の意思を優先してくれるのだから、つくづく優しい男だ。


 智輝の後ろ姿が人混みに消えるのを見送って、葵は気になったブースに足を向けた。


「――いらっしゃいませ」

「こんにちは。こちらはなんのお店ですか?」


 退屈そうに机の傍でスマホを触っていた青年が、顔を上げて意外そうに目を丸くした。葵が視線を落とした先の机の上には、古そうなものがところ狭しと並んでいる。


「アンティークショップですよ。まあ、店主が亡くなったんで、在庫処分も兼ねてますが」


 軽く肩をすくめて説明した店番の青年は、亡くなった店主の孫らしい。店主の妻である祖母から、ここでの販売を任されたのだと教えてくれた。


「なるほど……結構良いお品ばかりですね」

「ええ、まあ……だからこそ、人気がないんですけど」


 手近な商品につけられた値札を見ると、フリーマーケットの相場としてはゼロが二つ多い。ここで長居する客があまりいないのに納得する。

 クレジットカード対応可と書かれた紙を見てから、葵はこの店に引き寄せられた原因を手に取った。オレンジがかった黄金の石がついたネクタイピンだ。


「――これは琥珀こはくですか」

「そうですよ。小さい上に封入物もありませんが、琥珀らしい色合いが綺麗でしょう? こっちは封入物があって、その分高くなるんですけど――」


 店番を任されるだけあって、青年はアンティークへの知識があるらしい。淀みなく説明をしながら、葵が惹かれたもの以外にも琥珀を使った商品を並べてきた。

 他の商品も一応確認したが、葵が惹かれるほどのものはない。


「これが一番琥珀らしいですね」

「そうですか? まあ、その辺は好みもありますからね。どうぞゆっくりご覧ください」


 肩をすくめた青年は、他の商品を強く推すつもりはないらしい。葵がネクタイピンを気に入ったのを察すると、他の商品を下げて待ちの体勢になった。

 買えと言うような思念も伝わってこないし、だいぶさっぱりとした性格の青年だ。葵としては付き合いやすいが、あまり今時の商売には向かないタイプに思える。


「――まさか、こんなところで出会うとは……」


 ネクタイピンにはまった琥珀を見下ろし、その横で『おーい』と手を振っている小虎を確認して、葵は苦笑した。

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