ああ、人生よ

九十九春香

ああ、人生よ

 いつからかずっとここで働いてる。目的もなく、ただひたすらにダラダラと。

 なんでだったかは覚えてない。


 カランカランと店の入り口が開く音が聞こえた。反射的に言い慣れた言葉が出てくる。

「いらっしゃいませー。」

 お客さんは無言で雑誌の方に流れていく。それに伴い自分もさっきまでの作業に戻っていく。

 なんとも虚しい時間だ。同じ作業、同じセリフ、同じお客。いつもと何ら変わらないつまらない風景。

 コンビニなんてこんなものだ。と諦めるのもいいかもしれない。けど仕事をするならちょっとくらい達成感を求めてもいいと思う。

 僕はフリーター。今はとあるコンビニの深夜で働いている。高校の頃から働いてる所でそのまま続けていたら気づいたらフリーターになっていた。

 まあ将来のビジョンなんて無かったし、夢を叶えようと努力するのも疲れるからこれはこれで楽で良い。同僚も良い人が多いし、給料は低いけど一応生活は出来ている。なんら不満はない。・・・いや不満ならある。

 正直来る客によってはかなり面倒くさいし、仕事も多い。それに友人や親戚からの「早くちゃんと就職しろ」コールが鳴り止まないのはかなり憂鬱だ。

 そもそもコンビニで働いて何が悪いのだ。フリーターとは言いつつも一応しっかり働いているし、自立もしてる。普通に働いている奴と何も変わらないだろう。

 でも世間はそうは見てくれない。それは分かってる。だから不満なのだ。

 そんな事を考えながら作業をしていると、後ろから大きい声で呼ばれているのに気がついた。

「おい!聞こえてんのか!」

 あ、客だ。急いでレジにつく。

「チッ、ちゃんと聞けよクソやろう。」

 作業に夢中になりすぎて全く聞こえてなかった。急いでレジを打とうと無言で商品に手をかけていく。

「申し訳ありませんもねぇのかよ!」

 突然言われたから何かと思った。まぁしかし一言も無いのは自分が悪いので謝るか。

「申し訳ありません。」

「そんなの良いから早くしろよ。」

 ・・・どうしろと。無言でやってると謝れ。謝ったら謝ったでそんなのは良い。コンビニはこう言うのが面倒だ。

 しかし八年はコンビニで働いてるのでこういった客の対応は分かっている。文句は言わせておいて無言でさっさと終わらせるのだ。

 その後も何かこちらにぶつくさ言っていたものの、基本合いの手で乗り切り、お釣りを渡すと帰ってくれた。最後に捨て台詞で「二度とこんなトコ来ねぇ。」と言っていたが、まぁバイトの自分からしたら願ったり叶ったりだ。

 こちらこそ二度と会いません様にと頭を下げ、作業に戻る。

 ある程度作業が進んでいくと、後ろから声をかけられた。

「おう、災難だったな。」

 一緒に働いているひろさんだ。もう六十三歳と聞くが未だに昼間の警備と深夜のコンビニで働いている超人だ。

「ああいう客はさっさと帰したほうが良いぞ。」

 そう言うと宏さんはコーヒーを僕に差し出した。

「これでも飲んで休憩して来な。」

 やったぜ。さっきの客グッジョブ。お前のおかけでコーヒーゲットだぜ。

心の中でさっきの客に敬礼をしながら休憩に入っていく。


 休憩中、仲の良い従兄弟からメールが来た。この時間に来るのは珍しいのでちょっと怯えながら確認すると、案の定だ。

『今お前の父親と呑んでるんだけど、すっごい心配してたよ。コンビニなんて辞めて早く就職しな。』

 自分を心配して言ってくれている。しかし親しき仲にもなんとやら。大きなお世話だ。

 別に危機感がないわけじゃない。さっきは夢など面倒くさいと言ったが、一応目的があって続けている。ただそれを知っていてこの連絡が来るのだから多分何を言っても同じ様な事を言われるだろう。

 従兄弟のメールには適当に返し、別の事を考える事にした。したものの、まぁ無理だ。気になってしまう。

 辞めようとした事が無いわけではない。でも辞められないのだ。


 メールを頭の片隅に置きながら休憩を終え、レジに向かうとまたしても後ろから声を掛けられた。

「や、こんばんわ」

丁寧に揃えられた白髪の短髪に、綺麗に洗われたスーツ。背が高いので貫禄を感じるが優しい雰囲気でそれを緩和させている。

 彼は常連の〈コーヒーR《レギュラー》〉さん。あだ名の由来は毎日この時間にコーヒーのレギュラーだけを買いに来るから。

「こんばんわ。今日も寒いっすね。」

「そうだね。段々冷えてきた。」

 何でもない日常的な会話。しかしこれが心の休息だったりする。

 ここから話題が膨らんだりする時もあれば、ここで会話が終わる時もある。

 一見何処が楽しいのと聞かれそうだが、もし聞いてくる奴がいたらそいつは分かってない。

 いつも同じ作業に同じ客。何にも変化のない仕事に、いつも違った会話をするという刺激をくれる。それが何とも楽しい事か。コーヒーRさんが来た日は、こっからあと三時間は頑張れる気持ちになるものだ。まぁ三時間だけしか頑張れないと、終わりまで時間は足りないのだけど。

「そういえば、あれはどうだったんだい?」

 コーヒーRさんの言葉に一瞬体が固まる。このまま黙り込む事もある意味回答になると思うが、心配して聞いてくれたのだと分かるので一応言葉にして伝える。

「・・・駄目でした。まぁ仕方ないっすネ。バイトも忙しいし。」

 少し言い訳じみてしまったが本心だ。

 もしあの時バイトが入っていなかったら。もしあの時もっと良い案が浮かんでいたら。

 考えたらきりがない。しかし無駄なことは考えたくないので、廃棄の商品を片付ける事で頭をリセットする。

「そうか。残念だったな。」

 本当に残念そうにしてくれている。ああなんていい人だ。敬礼!

「まあ、こんな中年に言われてもあれかもしれないが、自分に対する言い訳は止めたほうがいい。言葉は言霊、本当にそうなってしまうぞ。」

 今度は僕は何も言葉を発しなかった。


 コーヒーRさんの退店を見送り、作業を続けていると、朝の三時くらいになっていた。

 この時間になると、常連さん二号が来店するのだ。

 そう思い入り口に目を向けると、カランカランという音と共に女性客が入ってきた。

 胸元の見える服の上からコートを羽織り、後ろに束ねた髪が似合う整った顔立ち。

 通称〈リップ〉さん。由来は簡単だ。毎日付けてるリップの色が違うから。

 リップさんは大抵この時間に一人で来店し、パンやサラダ類をカゴに入れると、雑誌を手に取り少し読む。決まったルーティンだ。

 しかし今日はいつもと違った。連れがいたのだ。スタイルが良くて、マスク越しでもイケメンとわかる程顔が整っている。

 何だよ彼氏持ちかよ、と勝手にショックを受けた僕は、一気にテンションが下がり、作業スピードが落ちた。

 彼氏の持つカゴには二人分の食事と一本のウイスキー。

 ああ、この後二人で仲良く宅飲みか、良いなぁ。と思うと何だかここにいる自分が途端に情けなく思えてきた。

 ふざけるな!彼女などいなくてもそれなりに楽しめるぞ!僕は何故か怒るようにして自分を鼓舞すると、素早くリップさんの会計を済ませ、退店を見送った。


 六時になり、朝勤務の人と交代の引き継ぎをすると、事務所には既に引き継ぎを終えた宏さんが座っていた。

「おう、お疲れ。」

「お疲れ様です。」

 一見無愛想に見えるが、実は割と優しくて、仕事もできる凄い人。僕は密かにこんな人になりたいな、と思っている。

 宏さんは少年漫画誌の新人賞の欄を僕に見せてくれた。

「惜しかったな。今回は駄目でも次があるだろ。頑張れよ。」

 宏さんの真っ直ぐな応援に少し照れて、下を向いてしまう。

 そう、僕は漫画家になりたいのだ。中学生の頃に好きだった子に「君、絵上手いね。」などと言われて調子に乗り、高校卒業後に漫画家を目指すためフリーターになったのだ。

 しかし、経てども経てども落選の日々。最近は応募すらしていないが、それを宏さんは知らない。言おうと思ったが、諦めたと思われたくなくて、今日まで言っていない。

 僕はその後、宏さんに「頑張ります!」とは言えず、苦笑いを浮かべてその背中を見送った。

 帰る直前、朝早く来たオーナーに「あの件考えたか?」と言われたが、これもまた適当に返事をしておいた。今はあんまし考えたくなかったからだ。



 帰宅中、コーヒーRさんの言葉が蘇る。

「自分に対する言い訳は止めたほうがいい」

 よく出来た言葉だ。しかし胸に突き刺さる。

 本当は全部分かっている。漫画賞にも出してないのに惜しいもクソもない。今回は駄目?出してないからずっと駄目だ。

 彼女などいなくても平気だと?いたほうがいいに決まってる!当たり前だ。だってその方が楽しいもの。

 ずっと分かっていた。分からないフリをしていた。オーナーに言われたのだ、「正社員にならないか」と。

 フリーターとして六年も働いていたら声もかかるだろう。しかし、胸の奥のつっかえのせいで答えが出なかったのだ。

 不意に、目の前を中学生のカップルが歩いているのに気がついた。

 どうやら朝練に向かっているようで、見た目からしてサッカー部だろう。僕は会話に耳を澄ます。

「ねえ、来年は勝てそうなの?」

「どうだろう。先輩達引退しちゃったし、メンバー的にも分かんねぇなぁ。」

「ふーん、自信ないんだ。」

「自信なんかねぇよずっと。でも、何も変わらなかったらずっと成長しねぇだろ?自信なんて無くていいんだよ。そんなもん、結果の後に勝手についてくるよ。」

 たかが中学生の言葉。もしかしたら彼女に良い格好したかっただけなのかもしれない。しかし、その言葉は僕に思いっきりぶっ刺さった。

 ああ少年よ、僕は君のお陰で変われそうだ。心の支えが取れた気分だ。歳は下だが心の先輩に敬礼!

 僕は早速帰ったらどんな漫画を描こうかと考えていると、少年達がまだ喋っていることに気がついた。

 もしかしたらネタになるかもしれないと、更に聞き耳を立てる。

「ねぇ、じゃあプロ、目指してるの?」

 彼女の真っ直ぐな言葉に少年は息を飲む。

 言え!言うのだ少年!君のその言葉が僕を更にその先へ連れて行ってくれるのだ!

 少年は彼女の目を真っ直ぐ見つめると、ゆっくりと、口を開いた。

「いや?プロは無理だろ。」

 ・・・え?

「流石に現実見ないとな。だって俺中学の部活サッカーよ?ユースに入ってりゃ考えてたかも知れねぇけどな。そりゃあ部活の中の原石はいずれプロになるんだろうけど、俺がそこまでだとは思えねぇし。てかそもそもプロとか何とか言って、いつまでも現実見れない大人にはなりたくねぇもん。」

「・・・現実感あって素敵!」

 少年少女は腕を組みながらその場を去っていった。ただ一人を置いて。



 僕はスマホを手に取る。電話の相手は当然決まっている。打ち慣れた番号を素早く押した。

『・・・はい。こちら〇〇コンビニ。』

「オーナー、俺・・・正社員になります!」

 そろそろ俺も、現実見ないとね!


 ああ我が人生よ、幸あれ!

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