第17話

 

 博士は、どこかに連絡をいれ始めた。

「…………だが、すぐに研究所に来れるだろうか?」

 小さい画面には、あの病院ーーテレポート実験を行ったーーの医師が映っていた。博士は、その医師にテレビ電話をしていた。

 電話口から笑い声がきこえてきた。それに反発するように、博士がひどい剣幕で怒鳴り散らした。

「……いまは冗談に付き合ってはいられないんだ! ECT《エクト》を行った被験者に異常がみられる。たのむ、すぐ来てくれ! その時の動画もそっちに送る!」

 電話を切ると、僕らに向き直りひとこと告げた。

「紬くん、大至急、監察室の彼女の容態をアイサキ医師に送ってくれ!」

「わかりました」

「アイサキ医師が急きょ来ると思う。九籐くん、龍美くんと先に監察室に行っている。着き次第、連れてきてくれ!」

「はい、わかりました!」

 九籐くんの声が響いた。

「龍美くん! いくぞ!」

「はい!」

 僕は語気を強くして返事した。


 特別監察室に到着した博士と僕は、常駐している女性研究員に彼女ツグミさんの詳しい容体を訊いた。

「数十分前から体全体の痙攣けいれんが起こっています。時々、ベッドの音が聴こえるほど激しくなることがありました。不安になって博士に報告を、と思って」

「うん、ありがとう。いま、医師がこちらに向かっている。安心してくれたまえ」

 研究員に博士が、ハンサムスマイルを見せて、やさしくエスコートすると、

「君は、しばらくレストルームで休んでるといい! あとのことは任せてくれたまえ!」

 と声をかけ、女性研究員を監察室から退出させた。

「はかせ……」

 ひとつうなずくとコントロール装置を使って博士が、身体の状況を詳しく調べはじめた。脈拍、脳の血流、そして、心臓の鼓動、すべては彼女の表面的な身体の状況を自分の経験をもとに鑑みていた。

 しばらく様子を見ていた僕は、心臓の鼓動と脈拍に極端ながあることに気づいた。ただ、これがなにを意味するのか僕にはわからなかった。

「この現象……やはり……」

 俯きざまに博士の小声がひびいた。

「なにか、わかりましたか? 博士」

 彼が細縁のメガネを持ち上げた。

「以前、君に話したあの現象だ」

「意識と身体が乖離かいりしている、という?」

「そうだ! 彼女は体に戻ろうと必死になっている。だが、なんらかの不安から体が拒否反応を起こしているのかもしれない。離れたり近づいたりを繰り返すことで、体全体に振動を起こして、その結果痙攣を起こしている可能性がある」

 博士は突然立ち上がり、僕に顔をみえないように壁を叩いた。隙間からは、彼が悔しい表情を浮かべているのが窺えた。

「そんな……」

 手の施しようがないということなのか、諦めたくなかった。このまま、彼女が植物人間に等しい存在になることがどうしても許せなかった。何か方法はないか、僕は博士に訊ねた。

「彼女の意識を、確実に体に戻す方法は、ないんですかっ!?」

 黙ったままなにも答えようとはしなかった。

「残念だが……」

 博士はボソリつぶやきふたたび黙った。

 僕は諦めたくはなかった。次には目の前のツグミさんのそばへ駆け寄るため、病室のドアをあけ、室内に横たわる彼女の両手をつよく握りしめた。


 知奈美に合わせる顔がない……。


「ツグミさん、ツグミさん!! あなたを連れ戻すために来た、僕の立場はどうなるっていうんだっ!! 妹の知奈美に会うんだろっ!! 目を覚ましてくれっ!! 目を覚ましてくれっ!! 戻ってきてくれっ!!」

「龍美くん!!」

 またも激しい体の痙攣が起こりはじめた。

 僕は強くねがった。戻ってきてくれ、と。

 何度も心で叫んでいた。やがて、激しかった痙攣が鎮まる。嵐が過ぎ去ったように静かになった。



 どれくらい彼女の手を握っていただろうか。いつの間にか、病室には、壮年の医師と紬さん、九籐さんの姿があった。

 彼女の生気が戻っているように感じとった。

「……みくん」

「ツグミ……さん、目を覚ましてくれて、ありがとう!」

「なんども呼びかけてくれたわね……ありがとう……」

 彼女の言葉を言葉通りに受け取った。

 出番のなかったアイサキ医師が、不満顔で大声を上げた。

「シライ、まったく、お前の研究所にはヒヤヒヤさせられっぱなしだ! いつから宗教家の若造を研究者に入れるようになったんだ?」

 僕が、彼女の手を祈るように握っていたことで、聖職者のように見えたのだろうか。

「お前、酔ってるのか? 彼はこの前、お前の病院に行った戸岐原くんだ!」

 僕はアイサキ医師に振り向き軽くお辞儀する。

「い、いや。す、すまん。悪かった」

 瞬間、彼は申し訳なさそうに顔を背けた。

「俺、疲れてるのかもな……」

「気にしてないです。それよりも、彼女の診察、お願いします」

「お、おう……」

 部屋の奥へと下がり、アイサキ医師が、簡単な診療をはじめた。

 診療を終えると、博士に向きあい、

「お前から送られてきた動画が嘘のようだ。どうやったか知らないが、彼女は健康そのものだ! 体力さえ回復すれば、退院も考えていいだろう」

 と時折、彼女に目を向けて話をした。

「すまないな。緊急に呼び出してしまって……」

 ハンサム博士はアイサキ医師に詫びを入れていた。

「治療代は高くつくぞ! 覚悟しておけよ!」「戸岐原くんに対する暴言を差し引いといてくれよ!」

「……! ちゃっかりしてるなぁ。お前の性格には感服するぜ!」

「おたがい様だ!」

 彼はそういうと、九籐さんと紬さんに連れられ、部屋から出ていった。


 アイサキ医師の言うとおり、彼女の回復は早かった。数日のうちに退院が決まり、博士が夕食を招待してくれる。その中で、成長したリンちゃんは、幼い彼女と対面した。

 幼いリンちゃんには、まだ理解が難しいのか成長した彼女に対しては、打ち解けるまでに時間がかかっていた。



 タイムマシンの改装が済み、僕らが出発する時になった。

 出発の間際、ツグミさんは僕に話があるとレストルームに呼び出された。

 彼女の言いたいことは僕には予想がついていた。

「龍美さん、あなた、あの子からミサンガをもらっていたのね」

「ええ、この時代に来る前に……」

 手首に巻かれていたミサンガを彼女に見せようとしたが、

「あれっ? なくなってる……」

「あの子は、昔から自分の感情を押し黙っていることがよくあったの。でも、あなたには知奈美の気持ちがとても理解できているようだわ!」

 彼女が差し出してきたのは知奈美に巻いてもらったミサンガだった。しかし、すでに切れていたために役目を終え一本の紐になっていた。

「あっ、どこで……?」

「わたしが寝ていたベッドよ。あなた、切れたことに全然気づかなかったのね?」

 そうか、彼女の手を握っていた時に、何かの拍子で……。

「これをみて、わかったわ。妹の知奈美が好きになった人なんだって」

「えっ……? それは……どういう」

「わたしがもともと知奈美にあげて、あの子に言ってたの」

「……?」

って!」

 ツグミさんが、僕の手首にミサンガを巻きはじめた。

「ツグミ、さん……」

「よしっ、と。これからはなにがあったとしても、妹のもとにかならず戻ることを約束して!」

「はい!」

「それじゃ、博士のところへ向かいましょうか」

 彼女の清々しい笑顔を見ながら、僕らはシライ博士のもとへ急いだ。



 実用機のタイムマシン内は、どこになにがあるという装置の明確さがはっきりしていた。

 飛行機に似た操縦桿とスマホのサイズぐらいのディスプレイが設置され、プロトタイプ機とはちがう音声のクリアな面も一新されている。

“龍美くん、聞こえる?”

 ディスプレイには画面いっぱいに紬さんが映し出されている。

「はい、問題ないです!」

“すでに到着日時は設定してあるわ。ディスプレイ横の羅列が到着時間よ!”


【Aug.31th/2049 AM7:00(2049年8月31日午前7時)】


 未来と交信した日時から5日後に設定されていた。僕の娘が存在する世界だ。

「了解です! 確認しました!」

 ディスプレイの横から成長したリンちゃんが顔を出した。

“戸岐原さん、準備ができ次第、その実用機を取りにわたしもあなたの時代へ行くわ! 待っててね!”

「ああ、楽しみに待ってるよ!」

“ツグミさんもまた会いましょうね!”

「ええ、その時には妹の知奈美を紹介するわ!」

“楽しみに待ってます”

 ふたたび紬さんに代わると、

“通信を切るわよ! オペレーターのカウントダウンにしたがって”

 プツンと映像が切れた。


「戸岐原さん、高橋さん、準備はよろしいでしょうか?」

 AIらしき音声が再生される。

「カウントダウンを開始します。20、19、18……」

 僕は、深呼吸をして緊張をほぐした。

「……10、9、8、7、6……」

 何かのモーター音が響き渡り、小刻みに振動が伝わってきた。

 いよいよだ。知奈美、待っててくれ、もう少ししたら君に会える。

「……3、2、1」

 眼を閉じて下からくる重力に身をゆだねた。


つづく

 

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