意外な存在

第16話


「あの子? ねぇ、九籐さん、って、いったい誰のことをいってるの?」

 紬さんは、どうしても知りたいらしく、九籐さんに訊ねた。彼女は、すれ違いざまに成長したリンちゃんをみたということを紬さんに話すのだが、興奮しすぎているためか、支離滅裂な言い方で紬さんに説明をする。

「まさか……?」

 半信半疑よりも先に、あり得るはずがない、という先入観があり、彼女は疑念の表情を浮かべた。

「もっと落ち着いて話してよ。あなたは想像しているだけで、必ずしも、博士の娘さんが、この時代に来ているという証拠がないでしょ? 考えすぎのように思うわ!」

 九籐さんは引き下がる気配をみせず、強気の表情をする。すぐさま僕にも振ってきたのだ。

「間違いないわよ! だって、龍美くんもみた、と言っているのよ! 証拠がなくても、証人がふたりもいるのよ!」

「本当なの?」

 まじまじと紬さんは僕に近寄ってくる。

「紬さんには、まえ、話しましたよね? 子供がいたって話を」

「ええ……その子が……」

 僕はうなずいた。

「遠くからだったので断言は難しいですが、あれはリンちゃんだった、と思います。

 彼女の疑いのある表情は、僕の言葉の羅列でも晴れることなく、曇り空で彩られていた。

「確かに、龍美くんのいうあの時間帯明け方に、博士の娘さんのリンちゃんが外に出ている、というのは考えにくいわね。でも一概に、あの子だという根拠が……」

「そうですね。何か理由があって、にきた、もしくは本当に見間違えている、というのが妥当な考え方だと思います」

 九籐さんは自慢げな顔で言った。

「わたしの憶測だと、誰かと一緒に来ている様に感じるわ! いくらなんでも中学生くらいの子が複雑な装置を扱うなんて……」

「そうだとしたら、いったい、誰と?」

「そこまでは、さすがにわからないけど……」

 意気揚々と声をあげたが、紬さんの一言で首を横に振った。

 紬さんの質問には、答えることができずに、九籐さんは首をすくめた。



『つ……ぎさん、……える』

 どこからか、橘花さんらしき声が聴こえてくる。

『聴こえる……? つむぎさん……』

 声が鮮明になった。

 タブレットの端にある青いLEDランプが点灯しているのが見えた。

『紬さん……』

 僕はランプを指で差し示した。彼女はすぐ反応しタブレットに向きあう。

『聴こえる? 紬さん…』

「はい、紬です! たちばなさん……、ですか?」

『ええ、そうです。よかった。音声は回復したようね。ごめんなさい。お話が中断してしまって……』

「いいえ、こちらこそ……突然、映像が途切れてしまって……」

『まだ……と感じているわ。ところで、さっきの話の続きだけど……』

「ええ、と、なんだったかしら……?」

 彼女たちはスピーカーとマイクで会話を再開した。

 ちょうど、会話を始めてからシライ博士が入ってきた。

「どうだ、つながったかね? 九籐くん」

「博士! はい、いまさっき音声が受信できたようです」

 うむ、とひとこと頷くと博士が扉がわに振り向いた。

「入ってきたまえ!」

 博士は誰かを招き寄せているのか、開いている扉に向かって叫んだ。

 おそるおそる入ってきたのは、ひざ近くまである赤いジャンパーを身にまとったあのだった。頭には茶色いニット帽を深々とかぶっている。

 室内にいた全員が、彼女に注目し、音声会話に集中してしていた紬さんまでもが、扉がわに振り向き唖然あぜんとしている。


「博士!! この子は、いったい!?」

「ふむ、みんなが驚くのも無理はない。紛れもなく僕の娘、リンだ!」

 僕は混乱していた。以前、博士の家で会ったあのリンちゃんは、いったい……。

 博士の口から意外な真相が明かされた。

「僕も最初会った時は驚いたよ。これまでの妨害状況と先ほどの妨害受信の正体は、リンが行っていたことだったんだ!」

「ごめんなさい。まさか、と交信している時に、混合受信されて影響が出ていたなんて……」

 九籐さんの言っていたことは、ほぼ合っていた。

「やっぱり、あなただったのね! それじゃぁ、龍美くんがみたというのも……?」

 僕は成長した彼女に向きあい話しかけた。

この時代2020年にきた理由というのは……?」

「それは……」

 彼女は言いにくそうな顔で、シライ博士をじっと見ていた。

「実はな、家庭の事情というのも含まれてしまうのだが、僕が、2020年6月中の行う実験で、命を落とすそうなのだ! ただ、その実験というのが、非常に危険らしい。僕自身としては、常日頃から実験には注意を払っているのだが、なにせ日常茶飯事に実験を行っているために、把握ができない。リンも、どの実験で命を落とすことになるかわからない、というんだ。そこで、リンが自ら僕を監視にきた、ということだそうだ! この子は、幼い頃から感性が鋭くて、僕の研究も近くでみている。タイムマシンの原理を理解していても不思議はない」

 褒め称えられていたためか、彼女は照れた様子で、だまって父親を見つめていた。

「そこでだ……6月中の実験を延期して龍美くんとツグミくんの帰還を優先的に問題解決したいと思う」

 シライ博士は、とんでもないことをみんなに提案してきた。

「龍美くんが乗ってきたテスト機とツグミくんが乗ってきたテスト機は何かとが多いようなので、リンが乗ってきた機体をふたり乗りに改良して帰還してもらおうと思う」

「その問題、というのは? 施工、ですか?」

「いいや、施工ではない。龍美くんはあまり気にしていない部分だっただろう」

 気にしてない部分……?

 なんだろうか、気になる部分がすぐ出てくるが。

「エネルギー、つまり、燃料だ! プロトタイプの2機は、燃料となるエネルギーがほとんど残っていなかった」

「燃料、ですか……」

 確かに、搭乗者がいくら無事であっても、元の時代に戻るための燃料がなければ、タイムマシンもただのガラクタになってしまう。エネルギーの問題も他人事ひとごとではないのだ。

「龍美くんの時代のに2機の詳しいプロトタイプタイムマシンの設計図と概要のデータはもらっていた。本来は貴重な鉱石をエネルギー源にするのだが、どうも使用した燃料鉱石は人工的な鉱石のようなんだ! おそらくだが、20年後には、エネルギー源となる鉱石の需要も枯渇が進んでいるようだ。仕方なしに人工的な鉱石を使わざるを得なかったのだろう」

 九籐さんがなにかを思い出した様子で声をあげた。

「博士、もしかして、龍美くんの到着設定がずれていたのも、エネルギー不足が……?」

「うん、その可能性は、十分考えられる!」

「でも、エネルギーの分量によって設定日時に行けないことが今までにあったのですか?」

 率直に気になった。エネルギーの問題がまさか設定日時にまで影響するなんて。

「いいや、一つの可能性だよ。燃料の負荷が原因の場合もあれば、機体の整備不足、不安定に陥ることもまだまだある。少しずつでも改善しなければいけない課題なんだ!」

 だからこそ、試作型プロトタイプという名称がついているのかと思った。ただ、博士の提案どうりなら、リンちゃんが今後、自身の世界に戻る時にはどうするつもりなのだろうか。このまま僕らがリンちゃんのタイムマシンを使って戻ったとしても、燃料のない機体では、戻れないはずだ。

「戸岐原さん、わたしのことは心配しないで。お父さんなら、なんとかしてくれるわ!」

 僕の不安な表情を見越していたのか、彼女はやわらかな表情を浮かべた。

「リンちゃん……」

「まだ、あの機体実用機には、2、3回使用ジャンプできるほどの燃料が残ってるし……」

「ありがとう、リンちゃん!」

 彼女の言葉を信じる気になった。




 突然に、スクリーン画面の上部に設置されていたランプが赤く点滅しはじめた。この上ない予感が僕の中に走った。

 マイクのスイッチを入れた博士は呼びかける。

「どうした?」

「こちらは、特別監察室です。博士、すぐきていただくことは可能でしょうか?」

 女性の透き通った声が、スピーカーを通して響き渡った。

「緊急かね?」

「はい、実は、高橋さんの容態が……」

「モニター接続することはできるか?」

「はい!」

 数秒後、特別観察室の映像がスクリーン画面に映し出された。ガラス越し中央にみえる高橋ツグミさんが寝台に載せられているが、小刻みに痙攣けいれんしているのが、僕にもはっきり見えた。


 

つづく

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