帰還

第18話

【Aug.31th/2049 AM7:00(2049年8月31日午前7時)】


 ゆっくりと眼を開き、静かに機械音が停止していくのがわかった。

 プロトタイプ機とはまるでちがい、僕は、到着時も意識を保ったまま、時間を飛び越えていたようだ。さすがは実用機といったところか。頭の痛みもまったくない。

 隣のツグミさんはぐったりしている。試しに脈を取ってみたが、大丈夫のようだ。彼女にとっては、実用機であろうと重力の負荷が大きかったのかもしれない。

 突如、ディスプレイの映像が映し出された。

“龍美さん、聞こえる? 戸岐原さん、聞こえていたら応答して!”

 立ち上がりなまった体を少し動かしていた僕は、遅れてディスプレイの呼びかけに応じた。懐かしさのある橘花さんの声だ。

「はい、聞こえます! ただいま戻りました!」

 ディスプレイの奥で歓声が湧いた。

“高橋さんは?”

「そばにいます。彼女は気絶しているようなので、運搬の手配をお願いします」

“わかったわ! すぐに向かわせる”

 そそくさと橘花さんは、通信を一方的に切ってしまった。

 僕はツグミさんを抱きかかえ、ハッチを開き外に出た。


 すでに救護班が待機して、僕がくるのを待ち構えていた。

 橘花さんは透明のマスクをして、防護服に身を包んであらわれた。救護班に指示を出している。まるで検疫を受けていないものを排除する感じだ。神経を尖らせている。だが、2020年のウィルスを持ち込まないようにするには、当然ともいえる。

「おかえりなさい! 龍美さん。実用機の居心地はどうだった?」

「プロトタイプ機とはちがい、だいぶ快適でした。も着なくていいし。ところで、知奈美、は? すぐ会いたいんですが……」

「そうよね。会いたい気持ちはわかるけど、少し抑えておいて。その前に精密検査を受けてもらうわ!」

「ツグミさんも?」

 ストレッチャーに乗せられている彼女に眼を移した。

「もちろんよ。彼女の場合、重力の負担だけじゃないかもしれないから」

「そうですね……」

 僕はツグミさんがテレポート実験で、身体と意識の乖離が長く続いていたことを話そうか迷った。

「あの、橘花さん……」

「ごめん、救護班に付き添うわ! 検査後に話を聞くから、また、あとでね」

 彼女は、そう言い残すと救護班に合流して行ってしまった。

 僕は、精密検査を受けるため第三医療室へと連れていかれ、体の異変がないか、意識に問題がないかをこと細かに検査された。その上、48時間ーー実に2日間ーー隔離室で過ごすことになった。


 知奈美とまともに会えたのは、9月に入って3日目になっていた。

 再会は、レストルームだった。

「知奈美。ただいま!」

「おかえりなさい!」

 僕は久しぶりの彼女の匂い、体の肌をつよく抱きしめた。

「調子はどう? 頭の痛みとか、残ってる?」

 プロトタイプ機で彼女は帰ってきたと思っているようだった。

「橘花さんから聞いてないの?」

 横にいた橘花さんが、

「ごめんなさい。ツグミさんのことで頭がいっぱいだったの。ここ2、3日、バタバタしてたから……」

 と申し訳なさそうな表情で謝ってきた。

「そうですか……」

「どういうことですか?」

 今度は不思議そうな顔で知奈美が言い寄ってきた。

「実は……」

 僕は、2020年での出来事をできるだけコンパクトに説明した。一緒にいた橘花さんもシライ博士が世帯しょたいを持ったことには驚き、さらに娘までいることにもびっくりした。

「へぇ、あの人がぁ……」

 と彼女たちが小さくつぶやいた。

 九籐さんや紬さんと話す機会がある橘花さんだが、2020年の世界むこうでのシライ博士の情報は知らない様子だった。

「……それで、その……リンちゃんが乗ってきた機体で帰ってきたというわけなのね?」

「……はい、彼女の話だと、あとで返してもらう、というような感じなので、プロト機の燃料が確保でき次第、この時代に来ると思います。このことはシライ博士にも伝えてください。たぶん、連絡が入ると……」

 その時、偶然にもアナウンスが聞こえはじめた。施設内の備え付けられたスピーカーからだった。

『物理量子研究所属の橘花真衣たちばなまい副主任、第一研究室へお越しください。繰り返します……物理量子研究所属の……』

 スッと立ち上がり橘花さんは席を立った。

「呼ばれてるみたい……」

「今のアナウンス、ですか?」

「ええ、もしかすると、2020年からの連絡かも……」

「一緒に行っても?」

 彼女橘花さんは頷いた。

 僕らは第一研究室へと向かった。



 扉を入るなり、天然パーマのシライ博士と鉢合わせした。

「おおっ、ちょうどよかった!」

 彼女たちは、天然パーマで触ればポヨンとした髪型と僕のさっき話した彼の結婚していることを思い出してか、じっと見つめていた。

 いつもよりもまじまじと見つめてくる彼女たちに、

「ん? 僕の顔に、何かついているのかね?」

 と博士は不思議そうな顔を浮かべた。

「い、いいえ、なんでもないです」

 彼女たちは、同時に発した。

 天然パーマの博士は、疑いのある顔を見せるも、「まぁ、いいや」とつぶやいた。


「もうすぐ、九藤くんと連絡が入る。橘花くん、例によって窓口をたのむ!」

「はい!」

 大型スクリーンには、九籐さんの姿が映し出された。

『お疲れ様です。橘花さん』

「お疲れ様です。九籐さん、戸岐原さんも高橋さんも無事に戻ってこれたわ。彼から聞いたわ。博士の娘さんからお借りした実用機で帰ってきたことを。その子は今そこにいるの?」

『今は、急ピッチでプロトタイプ機の改良の現場サポーターにまわっているわ! 近々、そちらの時代に行くことを楽しみにしてるわよ。それで……』

 ふたりの何気ない会話からはじまった。

 通信の技術も進んだようで、ほぼテレビ電話やタブレットに匹敵するほど、遅延ラグがなく話がすすんでいた。

「龍美くん……、祖父の行方探しのことは覚えているだろうか?」

「はい……」

 僕はこの時緊張していたかもしれない。博士の約束を果たすとなれば、また、知奈美とはしばらく会えなくなるからだ。今度は1年ではすまない。


『……ええ、そういう日時で伝えてもらえる? また何かあったらわたしの方から連絡をするわ!』

 いつの間にか、スクリーンには、リンちゃんとハンサムのシライ博士が映っていた。

「はい、リンちゃんが来るのをみんなで心待ちにしてるわよ。臨床の実験にはくれぐれも注意するようにね」

 橘花さんは九籐さんに話しかけたつもりでいたようだが、隣にいた博士がこたえた。

『心配ないさ、橘花くん。リンは僕よりもかしこい。それよりも、ちょっと、龍美くんの隣に居座ってるに代わってくれるかな?』

 はにかんだ笑顔を橘花さんがみせつつ、

「はかせぇ、ハンサムな博士が呼んでますよぉ〜」

 押し黙ったまま、彼は橘花さんの近くへと歩いていった。

 僕との話の腰を折られてしまった壮年の博士は、落ち着いた表情でスクリーンの前までいった。

「うむ、みるからにだ。これなら女性が寄ってくるのもうなずける」

『うん、僕もあなたとこうして対面して色々考えることはあるが、いまはやめておきたい』

「それで……君が僕を呼んだのは何かあってのことだよな?」

『ええ、あなたが龍美くんに改めてしようとする情報のかてにしてほしいと……』

 いぶかしく天然パーマの博士が、スクリーン越しの博士に首を捻った。


 依頼? というとだろうか……。


「君はまさか……」

 2、3頷きをみせ、若いハンサム博士が真剣な表情で見つめる。細縁のメガネが照らされたわずかな光によってかがやいた。

『龍美くんから聞いたのです。行方不明になった祖父をさがしたい。そうですよね?』

「ああ、その通りだ! 僕は、ツグミくんを抜てきしたのも、祖父を探すことが最大の目的だった! 曽祖父の残したテスト機を僕自身でも改良を重ねて、試験も繰り返したが、何かの暴走が働き、彼女を危険な目に合わせてしまった」

「博士……」

 知奈美がつぶやいた。

『龍美くんの協力でツグミくんも無事戻ることができた。だが、また龍美くんに依頼している』

「君のいう通りだ!」

『僕が疑問に思っているのは、どうしてそこまでしてとするのです。その動機です。お答えによっては、協力し、情報もあなたに提供したい』

「2020年のシライ博士。その動機はわたしから説明します!」

「ツグミくん!」

「おねぇちゃん!」

 扉の前にいたのは、白衣姿の聡明な顔をした彼女だった。


つづく

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