第2話

 『サバメノマ』は海藻である以上、本来は水中での栽培をする必要があるのだけれど、賞味期限が短く一度海から引き抜けば3日程度しか持たない。

 しかし僕はこれを都市内の畑で栽培する方法を思いついてはいた。


 『サバメノマ』は厳密には海の中の土に自生する植物であり、同時に理論上では水中でなければ育たない訳ではないと推察している。

 具体的には、魔法によって土の水分量を変質させ続けられれば海から遠い地上での栽培も可能なのではないかという仮説を思いついたのだ。


 実物が手に入った以上、一度成功したデータを取れれば都市内の様々な組織が動いて実行してもらえるし、あとは人任せでも問題ないんだけど……頼れる人間がいない僕にとってこれもまた大きな課題になっていた。


 そう、泳げない、路銀だけで赤字、そんな問題は氷山の一角に過ぎない。

 『サバメノマ』を都会で栽培する研究における一番の問題。



 ――なにせ僕には、魔法の才能なく何も使えない。



 しかも、あったからといって解決する保証もない。

 一ヶ月間複数人で交代交代に水質を調整し続けることを前提にしているから。


 本当に理論だけが頭の中にあった話なのに、学会の連中は理不尽にも僕に押し付けてきたんだ。腹がって仕方がない。



「ってことで、実は採ってきてくれただけじゃ終わらないんだよ、この件……」



 なんて、セレデリナに僕は延々と愚痴り続けていた。

 別にそれらしい答えを期待しているわけじゃない。特に説明もなく語った中ですぐに動いてもらったことに気を悪くしてしまい、現実はこうなんだと伝えたかった。


 だけど……






「なるほどねぇ。戦い以外は分野じゃないけど……問題はないわ」



 セレデリナは平然と返した。なんとかなると。



「嘘だ!? 仮に魔法の才能があったとしても一ヶ月維持し続けるには無限に等しいMRマジックリソースが必要なんだよ!?」



 1日に使用可能な魔法には当然制限がある。本当に不可能なのだ。

 だが、それを問い出してもセレデリナは真っ直ぐな瞳で、



「アタシを舐めるんじゃないわよ。今度納得しなかったら殴るんだからね!」



 なんて返してきた。

 うん、今は彼女にすべてを任せてみよう。僕も僕で、人を信じる能力が欠落しているのかもしれない。お互いに信じ合うことは大切だ。




***

 

「〈セカンド・ウォータールーラー〉ッ! 我慢する分には一ヶ月寝ないでも平気だし、毎日一食でも食べれるならずっとコントロールも維持できるから、それだけは必ず用意しなさい! その代わり最初に出してくれたぐらいの量じゃないと満足しないから!!」



 セレデリナは僕の家隣にある畑に向かうと、生命を持たない物体の水質を意のままに操作する中級魔法を唱えた。

 茶色い土に青いオーラのようなものが憑依しているのが見える。水質がコントロールされている証拠だ。


 試しに一本『サバメノマ』の苗を植えてみたところ、枯れるどころか生き生きしている。僕の推察は当たっていた。実験の第一段階はひとまず成功だ。



 ――それにしたって彼女は規格外である。



 魔法を唱えるには魔法図というモノを脳内で想像し、内に秘めた魔力を身体から放出しなければならない。しかも同じ魔法を継続して使用するならばその魔法図の想像を常に行う必要がある。

 その中で彼女は睡眠を取らず、逆に食事は行う。

 双方ともに集中力が揺らぐ行為で、本来は数時間単位のローテーションでの複数人による交代作業を前提した実験をこなすには確かに必要な能力ではあるのだが……常識的に考えれば非現実的。


 なのに、全てを成立させてしまっている。


 しかも本来必要な詠唱も破棄してだ。魔法図の想像を正確に、素早く行わなければ不可能な行為。彼女は愚直な人間に見えて頭の回転が天才的に早い……ということにして納得するしかないようだ。あまりにも常識を逸脱しているから。

 しかも魔法の使用に必要となるMRマジックリソースも底がないらしい。

 ありえない。このレベルに達している人間なんてそれこそ世界最強と呼び名が高い魔王ぐらいなんじゃないか?



 しかも、後から聞いたところ――この世に存在する中級魔法はすべて唱えられるらしい。




「わ、わかった。任せるよ」



 それから僕は、毎日のように彼女を支え、見守った。


 野菜は自家栽培しているけど、彼女の食事量ではとてもじゃないけど一ヶ月は持たない。

 調味料や香辛料の質を落として良いと許可をもらえたので赤字にはならなかったけど、それでも過去のあらゆる研究と比べた上で最も経費がかかることになると思う。


 ただ背に腹は代えられない。素直に諦めもついた。

 あぁ、彼女は間違いなく魔女だ。







***


 一ヶ月半後。


 今や畑に緑一面、立派な『サバメノマ』が生い茂っている。


 結局苗から種を、種から苗へと段階も踏んだため、予定より半月時間がかかった。それなのにセレデリナは平然とした顔で事を成し遂げた。

 これは魔法の才能だけじゃない。凄まじい精神力だ。

 彼女は間違いなく、世界最強を目指すに値する人間。そこにおごりなんてない。



「さっさとデータをまとめて学会に報告しなさい。あ、協力者にアタシの名前は書かなくていいわよ。実は下の王国じゃ顔を出したときに暴力沙汰を起こしてお尋ね者になってるからね。匿名にしておいて」


 

 実験終了後、セレデリナは不穏な自供を述べると同時にバタリと畑の前で膝を崩し倒れ伏せた。

 おそらく集中力も体力も使いすぎて意識が飛んでしまったのだろう。

 ガッチリとまぶたも口も閉じ、てんで動かない。



「本人に言うと怒られそうだけど……眠りについたお姫様にしか見えないや」



 それから僕は彼女を追加で購入したもう1つのベッドに寝かせ、実験開始時からつけていたレポートを完成、その後改めて論文を執筆した。

 なまじ1人でいるときの集中力は人並み以上で〈里人種エルフ〉の性質上眠らないでも長時間過ごせる。実験終了後は進捗に困ることはない。




***


 結局一週間の間セレデリナが起きることはなく、僕は論文を完成させたことで山の近くにある王国へと向かった。



「エマさん、ここへ来るってことは論文発表ですか?」


「ああ、そうだよ。買い出しと仕事以外で山を降りることはないからね」



 目的地へ向かう途中、町中で一般市民に声をかけられた。

 僕はそれなりに功績のある学者なだけあって顔が割れている。尊敬されるのはいいけどいちいち声をかけられるのはどこかむず痒いんだよね……。見ず知らずの人に返事するなんて嫌ほど体力を使うし。 



***




 数十分後、到着した。植物学会の論文発表会に。



「で、あるからして、『サバメノマ』は魔法使い交代制度を前提としますが地上での栽培が可能です。生産量も人手次第でいくらでも増やせます」



 今回の論文について学会のおっさん共に語る僕はイキイキとした眼をしていた。

 やはりこの時間は好きだ。何故か僕は大舞台でのあがり症だけは患っておらず、こういう場面で話す時だけはペラペラ喋れて、質問をされてもスパッと返せるから。



「おぉ、すごい!」


「素人ながらの質問もできないとは……」


「相変わらず、孤独な学者とは思えんな」


「〈里人種エルフ〉の癖に早い仕事、裏がありそうだ」


「まま、今は受け入れましょう、これは我が国の発展に大きく関わる学説です」



 なので困ることも特になく、僕の新たな学説は皆に拍手喝采を受けながらこの国にて浸透していくこととなる。何か文句を言う声が聞こえた気がしたけど……。


 また今回の発表は非常に好評で、以後の実験に対する期待から今まで以上の資金援助を貰えることになった。

 それこそ、研究経費を差し引いた利益で家を改築できるぐらいに。


 何だかセレデリナのおかげで一気に成り上がれた気がする。


 ただこれは、悪魔との――をしているような寒気がしてくる功績だ。


 


 けど、セレデリナとの出会いを否定したくはない。

 どこか後ろめたさを覚えながらも、僕は浅ましく今は得た幸運を享受することに決めた。

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