第3話

「ねぇ、アタシは“自分にとっての居場所”が欲しいの。しばらくここへ住まわせてくれないかしら?」


「うん、いいよ!」



 セレデリナはその後も僕の家に住むことになった。

 厳密に言えば、彼女は世界中を旅し続けるものの、たまにここへ帰ってきては僕とともに過ごし、安定した寝床で眠りにつく。そんな環境を求めていたようだ。


 もちろん僕もタダでは受け入れない。年に1回、僕の仕事に協力してもらうよう条件を取り付けた。

 そうすればこれからも魔女との契約は続く。僕はより長く彼女と一緒にいられる。それなら

 そんな思惑が、心胆に間違いなく存在していた。


 その後、まず潤沢に増えた資金で僕の家を2階建てに改装した。

 元々研究資料の保管場所に埋め尽くされた部屋の数々だった中、私室を含めた生活スペースを確保し、広々としたリビングや、当然セレデリナの部屋もバッチリ用意。


 夢の美少女との2人ぐらし、胸が高鳴る。


 別に毎日セレデリナに会えるわけじゃない。むしろいない日の方が多い。だけど仕事となるとセレデリナが手を貸してくれるんだから、その間はしばらく一緒にいれる。最高じゃないか。

 こればかりは寿命が長く時間間隔が短い〈里人種エルフ〉に生まれてよかったなと思えてくる。


 そんな、浮かれ気分な日常を送っていたある日、セレデリナは突拍子なく、あるお誘いをしてきた。



「ねぇ、デートに行かない?」


 

 え?

 ええええええ????????



「デデデデデート!?」



 彼女の言葉を前に僕は、驚嘆しながら頬も真っ赤に染めてしまった。


 したい。めちゃくちゃしたい。否定する理由もない。


 ひたすらおどける僕。

 そこにセレデリナはぐいぐいと攻め込んでくる。



「可愛いじゃない。その顔をもっとアタシに見せてほしいな」



 僕は確実に心を彼女に掌握しょうあくされていく。

 捕まれば二度と抜け出せない蜘蛛の糸に掛かったのだ。



「ねぇ、答えは?」


 

 蠱惑な声音で耳元へ囁き、僕の手を握りしめてきた。

 あぁ……もう、ダメだ。



「……それはずるいよ」



 選択肢を奪われた僕はもう、首を縦に振ること以外、何も出来なかった。

 恋愛においても、セレデリナは魔女だ。



 


***


 身体に捕まりながら山から空を飛んで1時間ぐらい――なお、僕の足で移動すれば一ヶ月はかかる距離――で移動した先は、いわば僕らの住むこの世界で最も軍事力と技術を有する最先端発展国だ。

 〈人種ヒューマン〉しかいない山の下の王国とは違い、〈中身種ドワーフ〉や手足の生えた魚みたいな〈魚人フィッシャー〉、人の形をした動物とも言える〈獣人ビースト〉など、多種多様な種族が住んでいる。


 しかも電車……車……写真……新聞……等など、僕の知らないような日用品から乗り物までいろいろと充実している。警備している兵隊さんを見ると、銃なんて未知の武器を腰にかけていたぐらいだ。


 僕は〈里人種エルフ〉の里に生まれてきたはいいものの、周りと馴染めず、里から離れてあの山に住むようになってからは全然外に出ていない。移動が現実的な距離の遠国まで植物採集へ出向くのがせいぜいだ。

 ホント、セレデリナはこんな僕と比べて広い世界を知っているんだなとしみじみしてしまう。



「ここの王様と縁があってね。今アンタが探してるっていう『カミクイダケ』の栽培に関した資料を融通してもらえると思うわ」


「王様と仲がいいなんてすごいね」


「アタシはボッチ女じゃないからね。でも、アンタにしかできないことだってたくさんあるんだから、そこは自覚して誇りなさい」


「あ、ありがとう……褒めてくれて」



 こうして、セレデリナとのデートが始まった。



「さ、荷物を増やす前にまずは思いっきりはしゃいじゃいましょ。お金はあるんでしょ? ここはご飯も美味しいしたーくさん遊べる場所があるんだから、そんなみすぼらしい白衣だって買い替えて、存分に楽しまなくちゃ」



 僕らはまず服屋へ向かった。


 ――そこでエマ・O・ノンナは、モヤシの植物研究家から進化する。


 白い綺麗なドレスに着替え……僕は見違えるほど綺麗で美しい……本当にお姫様へと姿を変えたのだ!

 今日のために化粧も整えていただけあってすべてが様になっている。もはや別人と言っていいだろう。


 今までキミのことをお姫様なんて言ってごめん。

 その言葉は僕にこそふさわしかったよ。

 お姫様と魔女のデート、最高のシチュエーションじゃないか。


 そうして、2人でブラブラと街中を練り歩いていった。



「うん、じゃあここも僕のおごりね」


「ごめんねー。貧乏な女で」



 しかし、このデートには問題もあった。


 なんと彼女は路銀を全く用意しておらず、デートスポットに案内されながらあらゆる支払いを僕がするハメになったのだ。

 豪勢なレストランで食事も摂り――僕は種族柄少食なのでほぼセレデリナが1.8人分食べた――、その上で僕が奢る。そんな繰り返しだ。


 まあむしろ彼女のおかげで資金には余裕もある。ここでどれだけ散財しても困ることはないんだけどね。




***


 そして、次に向かったのは遊園地だ。


 電気なる動力で動く遊具を前に老若男女問わず皆が浮き上がる。

 魔法なくして成立するその娯楽は全てが未知であり新鮮で、僕の心を大きく動かしていった。



「はやあああああいいいいいいいいい」


「このぐらい平気ね」



 そこでまず、最初に乗ったのはジェットコースターだ。


 上がって落ちて更には上下に激しく突っ走る勢いに僕は押されるがままだった。

 ついさっきセレデリナと一緒に空を飛んだのに全然慣れていないんだろうなぁ。



「なにか楽しい。牧歌的な気分になれるよ」


「長い時間を過ごせるんだから、べったりいきましょう」


「あっまって、それ、ずるい」



 続いてはメリーゴーランド。


 ジェットコースターと比べて大人しく、小さく上下運動するブリキの馬に乗ってゆったりぐるぐる回る遊具だ。

 2人並んで、馬の動きに合わせて手を触れ合っていると僕は非常に落ち着かない心境に追い込まれる。


 ただ、楽しい。

 すごく楽しい。


 この遊園地なる娯楽施設が作られた理由が十二分に理解できてしまう程に。


 でも、この遊具自体はセレデリナと一緒だから楽しく思えるのであって、僕1人で乗るのは心に虚無をいざないそうだ。

 



「セレデリナすごい! 百発百中じゃないか!?」


「ふふっ、魔法だけじゃないわ。武器の扱いも完璧よ」



 その次に選んだのは射的である。


 コルク式のおもちゃの銃で景品を打ち落とすゲームだが、セレデリナは支給された5発の弾全てを1つの景品に定めて発射し、見事に打ち落とした。


 両手で抱えないといけない程に大きいクマと人の手足が生えたシャケが手を繋ぐぬいぐるみが手に入り、持ち運ぶには大きな荷物が増えてしまったが、思い出の品になるしまあいいかと割り切ることにした。どうやらこの国の女王と王をモチーフにしているらしい。



「うわああああああ!!?!?」


「アンタ、怖いのダメなのね」


「そもそも縁がないから……」




 そして次は……お化け屋敷だ。


 暗い迷路の中、急に幽霊や怪物に扮した仮装の人間や小道具が脅かしてくるこの施設は非常に冷や冷やさせられた。僕、ビビりなんだな……。


 ちなみに、セレデリナは昔こそお化けが苦手だったらしいけど、そんな自分が嫌で霊能力者から除霊方法を学んだ結果、『倒せる相手』へと認識が変貌し克服できたようだ。いくならなんでも克服手段が暴力的じゃないか?



 他にも様々な遊具を共に乗り、心を弾ませながら好きに遊んだ。

 とっても楽しかった。




 そして、夜になると最後の遊具として観覧車に乗った。


 風車の羽に丸い建物を何本も吊るしたようなこの遊具は……僕の人生において、最も深い思い出を焼き付けてしまう。



「こんな高いところにずっといるのは何だか不思議な気分になるよ」


「そう? さっき一緒に魔法で空を飛んだのに」


「移動自体はすぐに終わっただろ? ソレに対してこのゆったりとした空間ってなると何だか心持ちとかが変わってくるのさ」



 僕は地に生える植物を研究している。だからこそ、『高い場所に釣られたまま座る』なんて体験をするのはどうにも平常な感覚に揺さぶりをかけられて、心臓だけが体から消えたような感覚に陥るのだろう。



……

………



 それからしばらく時が経ち、観覧車が天辺まで登る。すると、遊具の時限機能として一時的に停止した。



「ねぇ」



 その瞬間セレデリナは――艶めかしい声音を出す。



「な、なんだい」



 勢いに気圧(けお)されてしまい、少し返事に困った。

 妙に顔を近づけてくるセレデリナ。

 一体何を企んでいるんだ。


 僕はキミに逆らえない。どう頑張っても勝てない。

 言いたいことがあるなら言ってくれ。

 オドオドするしかできないじゃないか。





 ――そんな僕の唇を、セレデリナは不意に奪った。




 強く、厚く、深く、彼女は僕と唇同士を重ねる。

 空の上でのキス。

 それが僕にとって初めてのキスだった。



「デートって言ったでしょ、これぐらいやんなきゃ」



 唇を離してすぐ、セレデリナは僕にそう言った。

 多分30秒ぐらいはしていたはず。向こうは全然呼吸が荒くないし、息が続かないと思われのかな。

 でも、そういう問題じゃないんだ。



「え、え、え、え、え、」


「知ってたわよ、アンタが――エマがアタシのことを好きなの」



 どうやらセレデリナは見透かしていたようだ。

 僕が、キミのことを好きだって事実を。



「ラッキーね。アタシの恋愛対象は女の子だけ。恋愛経験も多いのよ。あんまり長続きしないけど……」



 明かされる事実を前に、僕は困惑よりも先に――神に感謝した。


 ただでさえ彼女に出会えて僕は幸福な気分だった。

 この想いは報われなくてもいいと思っていた。

 なのに、叶ってしまった。すべてが。

 


「よ、よろしくお願いします……」



 観覧車が頂上からガタンとまた動き出し降りていく。

 そんな中で僕は現実を素直に受け入れ、晴れてセレデリナと恋人関係になった。




***



「以上、このキノコはあらゆる植物の栄養を食い殺しますが、同時にさっき述べたように加工すれば万能の栄養剤として高級品にこそなるものの流通させることが可能だとわかりました。別に不老不死になれるわけではないのですが」



 その後『カミクイダケ』の資料も融通してもらえ、欲しいデータも揃ったことで論文を提出、またも学会発表で称賛を浴びた。

 最近は発表中に冗談を織り交ぜる心の余裕も増えてきた。どこをとってもいい調子だ。



「ノエル君は我が国に多大な貢献をする素晴らしい研究家だよ」


「うむ、憧れてしまう」



 僕は、個人として褒め称えられることも以前に増して多くなっていた。

 学会での居心地もよくなり、少なからず彼らに協力を求めてもナメられない立場へと出世している。そうなればますます仕事が捗っていく。人生絶好調だ。



「最近のキミはコネクションも増えてまさに成り上がっているようだな」


「匿名の協力者とやらと会ってみたいのう」


「その才能、まるで“魔女”だな」



 一方で僕のことを妬んで悪く言うヤツも増えてきた。

 まあいいさ、聞き流せば。


 それに、。それはセレデリナのための言葉だ。


 しかも、その言葉をかけてくるのは学会のおっさん共だけじゃない。



「おお、魔女様!」


「エマ様、貴女はこの国最高の魔女だー!」


「魔女最高!」



 街ゆく人々まで僕のことを魔女だと持ち上げる。

 正直鬱陶しくてしかたない。

 あくまでボクは魔女と契約した愚者。送るべき相手を考えてほしいものだよ。

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