世界最強の魔女を拾った植物学者のエルフは彼女と共に数々の新発見をするも妬まれ最終的には国から嫌がらせを受けたので仕返しに2人で王国ごと燃やすようです

リリーキッチン百合塚

第1話

 ある日僕は、魔女を拾った。


 今は私室のベッドでぐっすり寝ている。

 彼女は透き通った白い肌、血液にも見まごう真っ赤な髪、顔は若く美しく耽美、それ故に見惚れしまうが、素肌を隠し手足まで覆い尽くすような黒いローブを着ており、どこか面妖だ。


 一目見て、『魔女だ』と思えてしまった。


 彼女の身体は好奇心を誘うが、流石に脱がす訳にはいかない。……一応、同性ではあるんだけど。

 今は眠らせておいてあげよう。


 うん、彼女は可愛い。瞼を閉じたその姿は美のバランスが整っていて芸術品とすら言える。



「まるで、童話の世界のお姫様だ」



 ずっと見ておきたい。この出会いに感謝しよう。




 ――そう感嘆していたところ、彼女は急に目をパッチリと開けた。



「今アタシのことお姫様扱いした?」



 僕は驚き彼女から距離を取る。

 なんというか、殺気のようなモノを覚えたから。


 強ばった顔つきをしている、機嫌が悪そうだ。朝に弱いという訳でもなく、きっと私の独り言が彼女にとって怒りの琴線に触れるような言葉だったのだろう。



「す、すまない。つい勢いで」



 ひとまず謝罪した。

 不思議に満ちた謎の人物でこそあるが、こんな美少女に嫌われるのはゴメンだ。


 ……だって、可愛いモノが大好きだから。



「ねぇ」



 謝罪を受け入れてくれたのか、彼女が何かを尋ねようと一声をあげる。

 すると、



 ぐぅぅぅ〜〜〜〜〜



 腹の虫が鳴るような音が私室に響く。


 私は耳が角張った細身の〈里人種エルフ〉であり、元々食事は1日に1回少量摂れば生きていける種族の特性がある。

 彼女は耳も角張っておらず、かと言って身体にも背にも目立った特徴はないことからおそらく〈人種ヒューマン〉だ。ずっと寝ているだけでも腹が減る。



「お腹す――」


「わかった、作ってくるよ」



 僕は言われるまでもなくキッチンへと走り出し、彼女のために調理をはじめた。

 〈人種ヒューマン〉どころか他人に料理を振る舞ったことが一切ないのだが一人暮らし続きで腕には自信がある。



「なんとかなれぇー!」



 今思えば、彼女に良い格好をしたかったんだろう。



***




 ……作りすぎた。


 我々エルフは少ないエネルギーで活動できる関係上低カロリーかつ栄養を摂れることもあり菜食主義だ。

 だからといって家にあったすべての食材を使い、野菜炒め、漬物、生スティック、スープ、大豆煮、玄米等など、過去に旅行先で見た一般的な〈人種ヒューマン〉の食事量を遥かに――3倍は用意してしまった。


 彼女に美味しいものを食べてもらいたくて気合いが入りすぎたのだ。

 なまじ振る舞う相手は女性、少食である可能性が高い。


 嫌われたくないなぁ。



「で、できたよ~」



 僕は機嫌を損ねてしまうことを畏れながら、全て彼女を料理が並ぶ食堂へ案内した。



「へぇ、美味しそうじゃない」


「た、食べきれないなら残していいからね」



 幸運なことに、僕の手料理を見つめる彼女は目を輝かせている。お気に召してくれたのだろう。

 フォークで突き刺し、まずは野菜炒めに口をつけた。

 あとはちゃんと美味しく頂いてくれるのか。それが重要だ。



「美味いっ! ちゃんとしたスパイス使ってるわね? 焼き加減も程よいわ」



 良かった、好評だった。


 〈里人種エルフ〉は少食な分味にこだわる。野菜も良質な物を揃え、自家製なら手入れに妥協を許さない。特に油や調味料や香辛料は基本都会から仕入れた宮廷用の高級品を使うぐらいだ。

 それでも他種族からすれば一ヶ月あたりの食費は安く済む。それを前提に社会も回っている。

 ハッキリとしたカラクリもあるが、功を奏してくれたのならありがたい限りかな。



「これも美味しい! うわこれも! なんなの最高じゃないッ!」



 目を離した隙に、彼女はバクバクと他の料理にも手を伸ばしていた。

 朗らかな笑顔を見るに本心なのだということもわかる。


 良かった。これで嫌われずに済みそうだ。


 嵐のような勢いで食べている彼女は健気で可愛い。ずっと見ていられる。



「はぁ〜ごちそうさま。ありがとうね、ここまでしてくれて」



 しかも、10分もしないうちに私が作った料理の全てを完食した。

 テーブルの上には空の食器の山々が並んでいる。


 女性だからと侮ったのは失礼だったなぁ。

 同性としても恥ずかしい。そりゃいるよ、人より沢山食べられる健啖家けんたんかさんは。



「食後のコーヒーは如何かな?」



 僕は彼女の可愛さあまり調子に乗った。

 まだまだ奉仕したくなり、更なるサービスを彼女に与えようとしたのだ。



「あーごめん。アタシは苦いのが苦手でね。ミルクで割れるなら飲めるのだけれど」


「……それは無いかな。保存も効かないし、山を降りてもあんまり出回ってないから」



 くっ、好みに合わせられなかった、不覚!


 何を隠そう僕はコーヒーが大好きだ。

 独特苦味と香りもそうだけど、飲むと心がホッと落ち着く。

 その楽しみを彼女と共有することができないのは少し寂しい。



「あ、自己紹介してなかったわね」



 そんな個人的な感情に左右されている僕を前に、彼女は満足気な面持ちのまま私に話しかけてきた。

 思えば彼女の名前すら僕は知らない。

 その名をしっかり耳と記憶に刻んでおかないと。

 



「私はセレデリナ、苗字はない。最近は〈大炎だいえんの魔女〉と呼ばれることもあるわ」




 ――彼女は、本当に魔女だった。







***


 僕はエマ・O・ノンナ。ある王国の隣りにある山の奥地に1人で住んでいる。

 性別は女、背は170cmと平均より高く、金色の髪を長く伸ばしており顔も人から美人と呼ばれることこそあるが私生活や対人関係は適当で、仕事柄もあって毎日白衣を着回している。他の衣服はここ500年縁がない。


 え、普段はなんの仕事をしてるのかだって?


 それは植物研究だ。

 自前で植物を栽培し、様々な環境における成長のデータを観測する仕事をしている。

 〈里人種エルフ〉は3000年と長い寿命を持つ種族な分、こういった研究役職に向く。誰にも邪魔をされず、ゆっくりと植物と向き合い続けられて、しかも自然に満ちたこの環境での業務となると、まさに天職だ。

 


「へぇ、地味な仕事ね」



 僕の自己紹介に対してセレデリナは、どうにも大きい態度で批評する。

 そんな彼女は世界を旅しながら、とにかく強い人間に会っては倒すを繰り返す武人だと言う。

 〈大炎の魔女〉と呼ばれているのも、炎のように赤い髪を持つ女が一個師団を燃やし尽くした逸話が伝播していったのが理由だ。

 美少女と思いきやその中身は正に豪傑。


 お姫様という言葉に不機嫌を示したのも、自ら遠ざけている概念そのものだからに思える。


 僕より10cmも背が小さいというのに……人は見かけに寄らないとはまさにこのことだ。


 けど、彼女は山の近くで苦しい表情をしながら倒れていた。きっと飢え死にしかけていたのだろう。どんな超人も飢えには勝てないということか。



「そうだ、この借りを返したいわ。何かできることはない?」



 今はまたベッドのある私室に移動しており、互いに自己紹介が済んだところだ。

 急に借りを返すと言われても……正直困る。



「貸しにしなくていいよ。困ってる人を助けるなんて当たり前だろ?」



 僕の返事にどうにも納得できない表情を見せるセレデリナ。

 同じ女だからこそわかる。こうなってしまうとどちらかが結論を出さないと一向に話が終わらない。


 なら、これがいいかな。



「じゃあ、僕の仕事を手伝うってのいうのはどうだい? だからって今すぐ具体的な指示はできないけど」



 僕は元々ひとりの時間が好きで植物研究の仕事を選び、山奥に住んでいる。

 だから手伝ってほしいことなんてパッとは思い浮かばない。適当に思いついたことを言ってみただけだ。

 そもそも専門性の強い職業なだけあって、あまり素人に手出しされたくないというのもあるんだけど。



「ふーん、じゃあ」



 だがセレデリナは揺さぶりをかけるどころか、間髪入れずに口を開き、提案する。


 あまりにも突拍子がなく、規格外な、それでいて僕に都合のいい話を。






「アンタが遠出しないと手に入らないような植物を取ってくるわ。なんでも言いなさい、海だって砂漠だって空だって超えていくわ」





 ……僕は年に一度だけ山の下にある王国でその年の研究発表をしなければならない。

 けど、よりにもよって今回取り扱いたい植物は『サバメノマ』。この山に自生しておらず、はるか先の海中に生える海藻。


 食用植物としては豆でもないのにタンパク質を多く含む優れもので、『これを改良して海から遠い王国でも安定して供給のではないか?』と考えてはいた。

 それが、最初は軽く話題に出していた程度だったのに、学会から「是非とも今年の研究議題にしてくれ!」なんて無茶振りをされてしまい、今や引くに引けなくなった。


 いや、それだけならまだ良かったんだ。似たような経験はいくらでもある。



 ただ……僕は泳げない。



 そう、あまりにも致命的な問題を抱えていた。

 しかも場所も遠くて移動だけで10日かかる。行脚あんぎゃのための路銀だけでも軽く赤字だ。

 人の手を借りようにも、コネなんてないし、学会は回りにナメられると終わりの社会なせいで彼らから人を紹介してもらうのも厳しかった。

 1人でも多く手を貸してくれる人がいるなら渡りに船だ。



「本当かい? 冗談を言ってこの場から去りたいだけとかじゃないよね?」



 とはいえ、僕はまだセレデリナの強さを理解しきっていない。

 口で語るだけなら自由だ。誰だって世界最強を名乗れるし、勇者にも魔王にも魔女にだってなれる。


 でも、ただただ強者との戦いを求めて旅をしている話が事実なら……話が変わってしまう。



「アタシの話を法螺話か何かと思ってるでしょ。でも証拠になるものが必要よねぇ……」



 セレデリナは頬杖をつきながら僕の疑問を読み取ったかのような返事をする。

 そして、なにか答えを得たのか――



「よし、この身体を見なさい、それが証拠になるわ!」




 その場で衣服を脱いだ。

 下着のみになった。

 黒いローブに包まれ謎を秘めていた彼女の肉体は僕の視界にバッチリと映り込む。



「あわわわわわ」



 僕は大きく赤面した。

 ただでさえ人と話す機会を意識的に減らしているんだから、他人の裸を見るのは久しぶりだ。


 そ、それに、同性だからって、他人を不埒な目で見ないとは限らないだろ!?


 最初は手で目を覆ったが、見て欲しいモノがなければそもそもこんな奇行をするのは非合理的。恐る恐る、彼女の下着越しの裸体を視界に入れることにした。

 そして、衝動的に、ポツリと言ってしまった。 



「綺麗だ……」



 と。 

 だって、そうとしか言いようがないのだから。


 見える全身の脂肪が限りなく絞られ、どの部位からも美しい線をなぞるようにスジが入っている。

 腹筋は当然6つに割れ、正しく美体。

 三角筋、僧帽筋、腹横筋、背筋、大胸筋。

 その他あらゆる全てが筋肉そのものだった。


 流石に女性だ、衣服を着ている分には筋肉量にも限界がありむしろ細身に見える程度ではある。


 まるで名工が掘った彫刻のよう。こんなに美しい裸体なんてあるのかい? 



 

「ずっと戦ってるうちにこうなってたのよ。良くも悪くも顔のパーツが綺麗に整っちゃってるからねー、コンプレックスってほどでもないけど、変に素肌を見せちゃうとアンバランスだから隠してたの」



 彼女は可愛いだけじゃない、ワイルドさまで兼ね備えている。

 鷲掴みにされてしまった、彼女の顔にも、肉体にも、心そのものを。


 どうしたらいいんだ……こんなの。



「おーい、おーい。起きてるー?」



 僕は、その場で固まったまま気絶してしまった。






***


 翌朝。


 セレデリナは僕を私室のベッドに運んで寝かせてくれていたようだ。

 つまり、彼女の裸体を目にした衝撃で一晩も気絶していた。

 それだけ、今までにない程に心が動かされ、身体がついてけなかったのだろう。



「すごい鼻血出してたわよ。慣れてないのね、人の裸を見るの」



 セレデリナは何か孤独な人間のように思えるけど、僕と違って人と関わる中で心に壁を作ってはいない。言葉の限りきっとこれまでの旅先でも数多の出会いがあったのであろうことが伺える。

 でも、そんなことはどうでもよかった。




 私室のテーブルの上に、青と銀で2色のラインで彩られた、根も葉も太い植物『サバメノマ』が水槽の中に保管された状態で置かれていたから。



「え、え、どういうコト!?」


「アンタが寝てる間に取ってきたのよ。この家を探ったら空の水槽が見つかったからいけそうだなって。それに、現地へは移動するだけなら10分で行けたわ。帰りは慎重に走ったけど」



 ああ、間違いない。肉体、行動力、実績、すべてにおいて彼女は本当のことを言っていたんだ。



「セレデリナってすごいんだね」


「まあね。目指すは世界最強の女だから」


「なれるよ、セレデリナはなれる。世界最強だなんて夢も全然荒唐無稽じゃない、現実的な目標だよ」



 気づけば話がはずみ、僕はもっと深く、セレデリナのことを知っていった。

 確かに職業柄学会の学者おじさんたちと話すことが多く、同性と話す機会だってそうある訳じゃない。でも、その上でセレデリナは唯一無二な娘だってわかる。こんな娘に関われるだなんて僕は幸せものだ。


 しかし、諦めかけていた仕事の進捗が大きく進んでしまった。なら、これで彼女とはお別れかな?

 僕はそろそろ幸運な機会も終わりに近づいているのだと覚悟を決めていた。






「ところでアタシ、今お金も宿も無いのよ。ちょっとの間、この家に泊めてもらえないかしら?」



 なのに、セレデリナは自らその幸運を引き伸ばさんとする。



「えええええええ!!?!?!?!?!?」


「旅先で嫌われて宿無しになることも多いし、こういうちゃんとした家で眠れる環境がちょうど欲しかったのよね」



 ダメだ、こんなの僕にとって都合が良すぎる。

 一時的とはいえ美少女と同棲できるだなんて、そんなこと許されるのか?


 困惑するまま、あっという間に僕とセレデリナの共同生活が始まった。

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