第12話 海から来た男


「自分ちを燃やしてはしゃぐ奴がいるんなら、ぜひともお会いしてみたいね!」


 リーダーはアジトの残骸を指差して尋ねた男に皮肉を飛ばします。理性的な彼が感情まかせの発言をした事に、その場にいた全員が驚いていました。


「わかりきった事を聞いて悪かったな。……お前らの表情見りゃわかるさ、この中に犯人はいねえ」


 男は少年たちを見回して断言します。

 

「アンタも放火犯じゃないみたいだ。安心した」


 料理上手の彼は警戒を解いて頷きました。


「まあな」


「じゃ、じゃあ……最初の質問に答えてほしいんだけど…………」


 瘦せっぽちの子どもは、まだ恐怖心が勝っているのか、おずおずと切り出します。


「おお! うっかりしてた。俺は世界中を旅してる途中でな、ここへは通りがかっただけだ。……ほら、あそこに見える船に乗ってさ」


 アジトは海に程近く開けた場所に建てられていました。塩害を厭う者は多く、近所には人家や店はほとんどありません。犯罪グループである少年たちにとって、ひと気のない立地条件はとても都合のいいものでした。


 男の発言を受けた少年たちは、一斉に海のほうを向きます。視界の端に、確かに立派な海賊船が映りました。この国は交易が盛んではなく、ここを拠点とする海賊はいません。たまに停泊している海賊船も、数日経てばまた海へと消えていきます。

 

 自分の乗ってきた巨大なガレオン船を見る男の瞳は、先ほどまでとは打って変わって生き生きとしており、一気に年相応に若返って見えました。


「あの船って……つまり、おっさんは海賊なのか」


「おいおい、おっさんとはご挨拶だなァ! 俺はお前らと大して年は違わねえよ? でも、そうさ。海賊ってのは大正解だ」


 男は一瞬漂わせた殺気を瞬時に封じ込めると、鷹揚に笑ってみせました。数人の少年は、男の風格にこっそりと姿勢を正します。


「…………いいなぁ」


 年少の子どもたちは、遠くからでもわかる大きな乗り物に心を鷲掴みにされていました。


「お前は海賊に興味があるのか? 合う合わねえはそりゃあるだろうが、気ままでなかなかいいもんだぜ。贅沢はできねえが」


 男は、無言で船に見惚れている少年に声を掛けます。


「はっ! 所詮、悪党じゃないか。オレたちも人の事言えねえけど……」


「お前らも同類だって? …………じゃあ、この惨状は報復されたあとって事か」


 男は顎に手を当て、なにやら考えて込んでいるようでした。


「わからねぇ。でも、たぶんそうなんだろうよ」


「この中に、行くあてがある奴はいるのか?」


「もしいるように見えるとしたら、大間抜けだな」


 またしてもリーダーは年上の男相手に皮肉で返します。ずっと子どもたちのまとめ役だった彼は、頼れるかもしれない大人の登場に、自分の立場が揺らぐ心配をするとともに、この中の誰よりも嬉しい気持ちになっていました。しかし、彼には素直でないところがあり、どういった態度を取ればよいのかと考えあぐねていたのです。


「……ははっ。言うじゃねえか。気に入った! お前ら、俺と一緒に来い」


 話をしながら少年たちをじっくり見定めていた男は、楽しい酒宴の最中であるかのように仰け反って笑い、そして言いました。

 

「来いって、船に乗れってことだよな」


「そうだ」


「無理だ……そんな急に切り替えるなんて」


 突然の誘いに戸惑いを隠せない一同。飛びつきたいのは山々でしたが、彼らは大人たちに無条件に優しくされる事なく育った子どもたち。親切な初対面の男がなにを企んでいるのかと、恐ろしくてなりません。

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