第11話 失い、残されたもの


 数時間後、帰宅した少年たちは、呆然と立ち尽くすほかありませんでした。出かけるときにあった家はなく、燃え残り崩れかけた塀の遥か彼方には、かつて勤めた工場街によく似た風景が広がっています。いまも鼻腔にこびりついて離れない煙の臭いは、自分たちの家でもあったアジトが残した最後の思い出として、いつの日か上書きされるのでしょうか。


 みんなで遊んだリビングに、一人ひとつ持っていた大きめの宝物入れ。いつも争奪戦になっていたハンモックに、ねずみの足音のするキッチンも、もうどこにも存在しません。肩を寄せ合って暮らしたあたたかな家は失われてしまいました。


「なんだよ、これ…………」


 最初に声を上げたのは、いちばん素直な男の子。いつまでも幼い頃のように天衣無縫な彼が悪事を働いているなど、誰も思いはしないでしょう。


「ぼ、ぼく……ちゃんと火の始末をして出たよ……」


 こわごわと顔色を窺うその子は周囲に比べて頭ひとつぶん小さく、痩せ細って目も落ちくぼんでいました。脚に至っては細すぎるがために不自然な隙間が目立ちます。この子は頑として自身の境遇を語りたがりません。


「大丈夫だ、おまえを疑ってる奴はいない」


 すかさず答えたのは、個性豊かな面々を取りまとめていた少年です。面倒見が良く切れ者の彼は俯瞰を得意とし、幾度となく仲間の窮地を救ってきました。


「ひでぇな……」


 と、ひとこと呟いたのは、ひときわ短気で根っからの乱暴者。彼はしょっちゅう世に蔓延る理不尽に腹を立てており、倍以上ある体格の大人に喧嘩を挑んでは生傷を作って帰ってきます。


「まあ、でも、ある程度は覚悟してたろ? 命を取られてねえだけでも感謝しねえとな。オレたちは殺されても文句なんざ言えねえ……。そういう事を何年も続けてる」


 冷静な分析をした少年は料理が得意で、町を歩いて仕事を探していた時代から、少ない食糧を効率的に組み合わせて、みんなの健康をどうにか保つ事に貢献してきました。工場に来る前、炭鉱で働かされていた彼は、死と隣り合わせの環境で長く過ごしていたので、誰よりも現実を見つめる力が強いのです。


「…………そうだな。おれら、ひでぇ事いっぱいしてきたよな……。けどよぉ、あんなに楽しい生活は初めてだったんだよ。だから、まだ……受け止められない……」


 そう言って涙ぐんだのは、ひどい虐待を受けていた少女です。潰れた顔面や歪んだ骨は労働のせいなのか、それとも暴力によるものか、いまとなっては本人にもわかりません。彼女は影響を受けやすい性格で、元の雇用主や両親の乱暴な言葉遣いが染みついている事に苦しんできました。いまも、みんなの協力を得て少しずつ直していっている最中です。


 今日の出来事を受け止められずにいたのは、彼女だけではありません。大半の子は押し黙り、彼らの会話に耳を傾けています。今後について考えなければならないというのに、話し合う気力も湧いて来ず、一同はいつまでもぐずぐずとその場にとどまっていました。


「ここんちには、大人はいねえのか?」


 そんな中、突然降ってきた声に、少年たちは身構えます。


「うわあ!」

 

「誰だ?」


 彼らは短剣や銃を握りしめ、警戒心を剝き出しにしながら闖入者に問いました。


「ああ、驚かせてすまねえな。このへん散策してたら、焼け跡に子どもがいたもんで……。まさか、お前らがやったって言うんじゃねえよな?」


 そこにいたのは見覚えのない男でした。おそらくまだ若いのでしょうが、疲れ切った顔をしており、実際の年齢より老けて見えます。身なりからして、この国の人間ではなさそうでした。

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