第13話 迷い


「切り替えろとは言わねえし、今日傷ついた心が癒える保証もしねえ。というか、それこそ無理だろうさ。でも、もうここにはねえんだろ? なくなったんだろ……お前らが大事にしてきた家は。船の事は、終の棲家じゃなく当分の寝床だと思えばいい」

 

「正直、ありがたいけど…………」


「裏が読めねえから怖いって? 裏なんかねえよ。俺のほうは船こそ残ったが、仲間を失ったばかりでな……。一人残らず逝っちまった。あまり尊敬できる連中じゃなかったが、同じ船で運命をともにした事には違いねえ」


 子どもたちの逡巡を感じ取った男は、先回りして答えます。簡潔なそれは、かえって男の傷の深さを物語っているかのようでした。


「仲間を……? そうか、それはつらいな…………」


 気の毒な男に同情を示したのは、特別仲間想いの少年でした。手先の器用な彼は同胞を失うたびに泣き腫らし、棺に入れてやるための人形を夜なべして作っていたのです。完成した人形は亡くなった子たちの特徴をよく捉えており、来るべきときまで彼の宝箱に保管されているはずでした。


「家を失うのもつらいだろうが。比較は無意味だからしねえけどさ。でも、悲しんでくれてありがとな」


「礼を言われるほどの事じゃないと思うけど」


 少年は照れてしまったのか、つっけんどんな返事をします。


「いや、他人の不幸に心を痛められる奴はそう多くない。自分に余裕がないときはなおさらだ」


「余裕の有無なんか、考えてみた事もない。なくて当たり前のものだと思ってた」


 周りの子は言わずもがな、親や近所の人……彼らの生活圏で出会ってきた人たちは誰も彼も、ぎりぎりの生活を強いられていました。


「ああ、きっと休む間もなく働いてきたんだろうな。必死に生きてきた証拠だ。大したもんだよ。でもな、いまのお前らには、そのせいで足りてねえものや奪われ続けたものが沢山あるんじゃねえか? ゆっくり休んだり、のびのび遊んだりする時間なんかは、その筆頭だろうな」


「休んだり?」

 

「遊んだり?」


 不思議そうに目をしばたたかせる子どもたち。


「そうだ。仲間をなくした俺がこんなに落ち着いていられるのも、いろいろな場所に行って、その土地の空気や文化に親しむ事ができてるからだ。ずっと同じ場所にいて、働いて一日が終わるんじゃ、気持ちの行き場がなくなっちまうだろ」


「そう言われると……」


「あぁ、そうかもしんねぇ…………」

 

 少年たちは、物心つく頃にはすでに重労働に組み込まれており、ろくに遊んだ記憶もありません。犯罪を犯すようになってからも変なところで生真面目で、酒や薬物、賭博などにも興味を示さないどころか、たまの休みもみんなで考案したゲームに興じる程度でした。彼らのうちの誰も、既存のゲームの遊び方を知らなかったせいです。


「俺は一緒に旅する奴が欲しい。今度は、あいつらより尊敬できる奴と過ごしてえんだ……。お前らをそうと見込んで誘ってる。それに、だ……。これだけいりゃ、退屈もしねえだろ?」


 孤独だった男は、自分を取り囲んで熱心に話を聞いている一人一人としっかり目を合わせると、口角を上げました。

 

 少年たちは、この数年間を回顧します。生家を離れた直後は、不衛生な冷たい路上暮らし。挫けてしまいそうになった事も一度ならずありました。しかし、どんなときも横には仲間がおり、その存在に、苦痛や将来への不安も押し流すほどの希望や勇気をもらっていたのです。

 

 選んだ方法が正しいとはいえなくとも、彼らは這いつくばって生にしがみつきました。そうして掴み取ったアジトでの共同生活は、決してつらいだけのものではなく、むしろ楽しいものでした。自分たちの犯してきた罪を忘れてしまいたくなるほどに。

 

「なあ、どうだ。一緒に旅したくなってこねえか? 船に乗る以上、必要な仕事はしてもらうが。見張り番とか掃除とかな。まあ基本的には自由にしてくれて構わねえ」


「ご飯も食べられる?」


 一人の子が、ぽしょぽしょと体躯に見合った小さな声で尋ねます。

 

「当然だ。場所が変われば食だって全然違うものになる。まだ知らねえうまいもんを探しに行こうじゃねえか!」


「すげぇいいな、それ! でも……。たぶん、コイツが聞いてたのは『食事の保証はされんのか』って事じゃねぇかなぁ」


 魅力的な提案に心を弾ませながらも、弟分の本当に聞きたかったであろう事を質問し直した少年に、海賊の男は感心しました。彼は子どもたちの反応を窺うために、わざと的外れな受け答えをしてみせたのです。その子に限らず、ここにいる全員が支え合って生きてきた事は、この数分でも十分に理解できました。

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