第17話 ユルイ

▼▼


 ――そうして、それから7日が経った。


 ――時は夕刻。


 ――2人は全裸で。

 

 ……え? 全裸?


 ――はい、全裸です。


 ……誰と、誰が?


 ――ミキトとサクラが。


 ……ミキトとサクラがっ?


 ――それ以外の『2人』は居ませんから。


 ……なんで? ミキトとサクラ、なんで全裸?


 ――なんで? と言われても。必要があるから、としか。


 ……だから、どういう必要?


 ――それは今から説明するところで。


 ……え? ああ、そうか。そうなのか。


 ――そうなのです。続けても?


 ……あ、はい。どうぞ。ごめんなさい。邪魔しちゃってたね。


 ――いえいえ。では失礼して。


 ……はい。


 ――2人は全裸で。


 ……。


 ――互いに手負いの獣のように、または地を這う2匹のメメズのように、いっそ死ぬ直前のシャケのような勢いで、喘ぎ、睦み、絡まり合っておりました。


 ……?


 ――あの、西日も入らぬ部屋の中、ミキト、つまり俺は蛍光灯の白々しい光の下、サクラの尻を両手でがっしりと掴み、彼女を後ろから貫くようにして、身も蓋も無くせっせと腰を振っていたのであります。


 ……ええと、つまりそれって……?


 ――あ、はい。要するに2人は『セックス』をしておりました。


 ……はぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああんぬっ!!?


 ――ご静粛に。


 ……えええっ⁉ いや、だって、セ、セックスゥウウウウウーッ⁉


 ――セックスです。


 ……セックスって、あの、セックスだよね?


 ――あの、セックスです。逆にお伺いしますが、他にどの、セックスが?


 ……いや知らんけど。


 ――じゃ、いちいち口を挟まないで頂きたい。


 ……いやいや! 挟むよ。挟まざるを得ないよ。なんでミキトとサクラがセックスしてんのよ⁉


 ――『幸せ』になるため、に決まっているではありませんか。


 ……幸せ? はあぁ?


 ――オカシイですか? セックスで『幸せ』を求めることを、そんなにオカシイと思われますか?


 ……いや、それ自体はまぁ分からないでもないんだけど、ミキトとサクラが、あの2人がセックスしてるってこと自体がオカシイって言うか。だって、そういうの出来る感じじゃなかったじゃない。


 ――そうでしたか?


 ……いや、そうでしたかって。なんかもうグッチャグチャだったじゃない。2人。お互いに憎しみ合って挙句に殺し合って、最後は変なことにもなってたじゃない。


 ――包丁パッカァアアンですか?


 ……そうそう、それそれ! 


 ――あれはまぁ、ケッサクでしたね。


 ……ケッサクだったんかい。ウケてたの? いや、それより、またあの着ぐるみすずめも出て来てさ。意味深な感じでコングラッチュレーションとか言ってたでしょ? 


 ――言ってましたねで。

 

 ……とにかくもう、シッチャカメッチャカでパーンとなって、グッチャァッ、オエーッ! みたいな感じだったじゃん。


 ――ちょっと、何を仰ってるのか。


 ………いやいやいや! どう贔屓目に言っても、ヘドロみたいな状況だったじゃん。


 ――ヘドロ。


 ……ヘドロよ。汚泥。しかも有害な産廃とか含んだ、そういうヤバイヤツ。


 ――随分な言われようだ。


 ……とにかくそれくらいの。少なくともアソコから2人が『幸せ』求めてせっせと仲良くセックスするような、そんな流れじゃなかったし、状況でもなかったってことよ。


 ――そう、だったでしょうか?


 ……だった、だった、そうでした。


 ――でもそれって、あなたの感想ですよね?


 ……どこの論破王だ。


 ――ヘドロ、結構じゃありませんか。


 ……へ?


 ――ヘドロが『幸せ』になっちゃいけませんか?


 ……いや、だってヘドロだよ? いやそれは比喩だけど。とにかくそれくらいグチャグチャってことで……


 ――ヘドロ、大いに結構! そのヘドロの中で、いや、もはや2人が『ヘドロそのもの』になって、そうしてするセックスというものが、それで求める『ヘドロな幸せ』というものもあるのです!


 ……『ヘドロな幸せ』って何っ?


 ――はふんっ⁉ 


 ……えぇ?


 ――お静かに願います。


 ……な、なに急に? 


 ――間もなくです。


 ……はい?


 ――間もなくなのです!


 ……だからなに? 今度はなんなの?


 ――ご覧下さい。ミキト、つまり俺が……。


 ……俺が……? ってか、君がミキトだったのね。


 ――そうです。その俺が、ミキトが……。


 ……なに?


 ――イキますっ!


 ……知らねぇええええええええよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!


 ――うぅ、ああああーっ!!


 ……ヤダッ! 見たくないっ!!


 ――ミキトはサクラの尻に爪を立てながら、これが限界とばかりに腰を忙しなく前後させ、ついにその時を迎える。


 ……描写しないでっ!


 ――「ふっ! ふっ! くっ! ……くくく、くうん、くんくんくんくん、サ、サクラァアアアアアアアアアアアアアアアーッ!!!」


 ……うぁ。


 ――ビュルルルルーッ。ビクン、ビクン……。


 ……。


 ――そうして果て、倒れ込み、汗だくの身体のままミキトは、サクラを背中から力いっぱいに抱きしめた。けして逃がさない、逃がしはしない、この『幸せへの手掛かり』を。そんな思いを込めて。


 ……。


 ――お待たせしました。


 ……。


 ――ご覧の通り、無事にイッテ参りました。そうして恥ずかしながら帰って参りました。


 ……。


 ――ちなみにミキト、つまり俺が、行為のラストに相手の名前を呼ぶタイプだってことがバレちゃいましたね。てへっ。


 ……。


 ――おや、どうされましたか?


 ……死ねばいいのに。


 ――おおぅ、これは手厳しい。ですがまぁ、セックスにおける絶頂、エクスタシーというものはある意味で『小さな死』とも言えますから、あなたのその望みは半ば以上は叶えられた、とも言えるんじゃないですかね?


 ……なんか、そういう口先のレトリカルなハナシはもう聞きたくないって言うか。


 ――そうですか。では、口先ではなく、物語の先へと進んでいきましょうか。


 ……あるの? この物語に先なんて。


 ――ありますとも。


 ……ないでしょ。


 ――ありますとも。それが証拠に、ホラご覧ください。当のミキト、つまり俺ですが、せっかくセックスをしたというのに、何やら不満そうですよ?


 ……はぁ?


 ――どうやらまだ、単にセックスしただけでは、望むものを手に入れられなかったようですね。


 ……なにそれ。どんだけ勝手なんだよミキトは。ってかアンタか。あぁもう面倒臭いな。


 ――面倒臭いですか?


 ……面倒臭いよ。


 ――ありがとうございます。


 ……は? なんで感謝?


 ――面倒臭い、は俺にとっては誉め言葉ですから。


 ……あー……やだ。そこにツッコんで掘り下げるのも面倒臭い。


 ――ますますありがとうございます。


 ……もういい、もういい。分かったから、さっさと進めて。この物語の先ってやつに。コレで終わりじゃないってんなら、もう一山くらいは盛り上げて見せてよ。


 ――はい。それでは見て参りましょうか。ミキトとサクラの、2人が『幸せ』を求める物語の続きを。その顛末を……。


 と、こうして俺は久々(言うほど『久々』でもない)の脳内妄想勢との会話を切り上げ、現実へと意識を舞い戻らせたのだった。


▼▼▼


 俺の意識が舞い戻った先。


 そこはセックスをし終えた男女の、嬉し恥ずかしピローな気怠さが裸体と共にドテーッと横たわっている現実。


 俺のすぐ目の前には抱きしめたサクラの後頭部があり、乱れた彼女の髪先が俺の鼻をくすぐっている。


 荒い呼吸。

 虚脱感。

 流した汗で急速に冷えていく身体。

 そしてコトを終えた下半身の、局部の『ぬるり』として、一刻も早くティッシュを求めてやまない、あの落ち着かなさ。


 ……ああ、懐かしい。この感じ。


 久々。

 ホントーに久々。

 お久しぶり!

 ご無沙汰ぁ!

 これぞセックス。

 これぞピローぞ。


 戯れに、指先でサクラの乳首をもてあそんでみる。

 クリクリ、さわさわ、コロコロコロ……。

 

 しばらくすると無言で、ガッ! と腕を掴まれ、乳首から遠ざけられる。しかし果敢にも、また指先は乳首を目指す。掴まれる。遠ざけられる。その繰り返し。仕舞いには軽くキレ気味で手の甲を抓り上げられる。


「もぅ、うざいって!」


「痛いっ!」


 これもまたピロー!


 終わったあと、それでもなお女の乳首を目指さずには居れないという男のパトス。その残り火。そしてそれを半ば以上に『鬱陶しいな……』と思いつつ始めはなんとなく受け入れるも、あんまりしつこいので結局キレざるを得ないというのもまた、女のエートス。


 YES! ピロー!!

 我々のセックスに光あれ!

 ハレルヤ!


 ああ。

 なんと喜ばしいことか、この状態。

 どこから見ても妥当な事後よ。

 

 ハレルヤ!


 平均的なカップルのシンプルで普通なエロスに祝福を!  


 セックス!

 セックス! 

 セェエエエエエエエークスッ!!(絶叫)


 俺が、俺たちが、取り戻したくてやまなかったモノ!

 2人が『幸せ』になるためには必要不可欠な契り。


 紆余曲折あったが、ついに俺たち2人はセックスに辿り着けるまでに絆を回復させ、この手に『幸せ』を取り戻したのだ!


 ありがとう神様!

 ハレルーヤ!

 ウチ、ユダヤでもキリストでもなく永平寺で有名な曹洞宗だけど、今日だけは南無釈迦牟尼仏は唱えずハレェエエルゥウウウウウウヤッ!!


 これでようやく、俺たち、普通のカップルに戻れます。


 普通にセックスして、普通にコミュニケーションとって、また普通に2人で生活していって……。


 そうして、普通普通普通、普通の『幸せ』を2人で抱きしめていきますっ!!


 もうサクラを離しませんっ。

 間男の元になんて行かせませんっ!

 いいえ、行かなくて済むように彼女を満たします。

 守ります。

 大切にします!

 愛していきますっ!!


 ここまで俺たち2人の物語を読んで下さった、ひぃいいいじょう~~~に稀有で、奇特な方。今日まで応援してくれてありがとう! 本当にありがとう! そしてサヨウナラ。願わくば、これからも俺たち2人が健やかに居られるよう、祈っていて下さい。俺たちも、貴方が『幸せ』になれるよう祈ってます。


 さぁ!

 俺たちの本当の『幸せ』はこれからだ!

 2人のこれからにご期待下さい! 


 …………完!


 fin.

 HAPPY END☆

 めでたし、めでたし~~~♡


 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………とは、まぁ、いかんですよ。そりゃ。必死にハシャいでみましたけど、もう限界。ヤダ。死にたい。絶望しかない。セックスは出来たけど、確かに射精もしましたけど、でもイケない。イケてない。こんなの『幸せ』じゃない。ああ、クソ。ホント、クソ。クソセックス。求めてたんと全然違う。なんでかって? ハッ! そんなの決まってんでしょ? 


 ユルイ、んだよ……サクラが。

 

 あぁー、やってらんねぇ。


▼▼▼


 間男間男間男。

 ゆみちー、とかいうクソ間男。

 ゲロクソ短小ブサイクキモバカ間男。小学生が床にこぼした牛乳を拭いて洗い忘れて3年放置してた雑巾よりも臭う男。ゴキブリよりもゴキブリらしい存在。


 やっぱりアイツだ。

 アイツのせいだ。

 アイツのせいでサクラの膣がユルイんだ。


 膣。膣圧。なにゆえ膣圧は変化するのか?


 オンナの膣のカタチは、求める男の『モノ(チムコ)』に合わせ変わっていくという。それは本能というか、人体の不思議といおうか、子孫繁栄なるグローバルな観点から見ればごく自然な変化だそうで。つまり何が言いたいかというと、この膣なる臓器は、より愛する男の『子種』をひとしずくでも漏らさぬよう、相手のモノに合わせ己がカタチ寄り添わせ、よりよく『締まる』と、そういった仕様なのである。


 つまり。


 俺 < 間男


 であり、

 

 俺(ユルイ) = 間男(シマル)


 なのであって、


 俺(愛してない) = 間男(愛している)


 と、なるから、


 サクラ + 俺(愛してないからユルイ) = 不幸せ


 となる。逆に、


 サクラ + 間男(愛しててシマル) = 幸せ 


 が、導き出される結果となる。

 しかしこれではいけない。

 あくまでも、


 俺 + サクラ = 幸せ


 を求めなくてはならないのである。

 つまり大前提として、


 俺 > 間男


 と、ならねばならない。

 そのためにはどうすれば良いか?

 俺がサクラにとって、間男の存在よりも色々な意味でビッグになる方法。

 

 これはもう、俺一人で考えるよりも、直接サクラ本人に聴いてしまった方がハナシが早いだろう。


 まぁ、もっと手っ取り早い方法としては……


 間男 = 0


 とすれば良いわけで。


 俺 > 0


 これならば確実に問題ないし、楽。

 つまりは間男を亡き者に……って、いやいやしかし、実在してしまっている間男を「0」にするのはなかなかに難しいものがあるわけで……いやでもその方が確実なのは間違いなく……え?

 

 なに?

 なんだって?

 俺は(-)なんじゃないかって? 

 つまり……?


 -俺 < 0


 にならないか、と?

 間男を「0」にしても結局は同じだって?

 シャラップ!! 

 あり得ない!

 誰が虚数か!

 俺はここに実存してる!

 正数ぞ! 

 居るだけでマイナスの存在って、どんな人間やねん!


 あ?

 さっきから数式っぽいのを並べ立てて退屈?

 にも関わらず言ってることが滑稽で醜悪?

 へっ!

 ぺっ! 

 くわぁーっ!!

 それで結構!

 コケコッコウッ!!

 コケェエエエエエエエエエーッ!!

 コッ! コッ! コッ!


 要するに、だ!


 サクラの中の、それはもうメンタル的にもフィジカル的にも、心身両面から間男の存在よりも、俺の存在の方を大きくすれば「俺 > 間男」にすれば良いわけだろ? それなら問題ないんでしょ⁉


 ああ、もう!

 えい!

 チクショウッ!

 いくら俺が『面倒臭い』が売りの人間とは言え、回りくどくゴチャゴチャ考えてばかりじゃ埒が明かない。ここはもう、スパッ! と潔く、サクラに思いを伝えて『答え』を教えてもらおうじゃないか! 大丈夫。セックス出来るまでになったんだから、どうにかなるっしょ。ああ、でもなんと伝えれば……ええい、ままよ! まま! とりつくろわずに本音を言っちゃえ! ドンッ!


「……なぁ、サクラ。お前のマムコ、なんかユルイんだけど。それって俺よりも間男の方が大きいって感じでイヤなんだよね。だからさ、俺ももっと大きくなるように頑張るからさ、お前ももっとキュッ! ってなるようにさ、頑張ってくれない? お前の中のさ、俺を、間男なんかよりもずっと太くて硬くて、大きい男にしてくれよ!」


 と、サクラの背中越しに、正直な想いをぶつけた。


 ……ぶつけてから、さすがにちょっと言葉を選ばな過ぎたかな? ってか、壊滅的に間違ってたかな……と後悔したがもう後のカーニバルだった。


「………………………………………………………………………………………………最低」


 たっぷりとした沈黙の後、絶対零度の声音で、サクラはその一言だけを口にした。


 うん。

 俺、またやっちゃいました。

 伝え方、間違っちゃったネッ!

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