第12話 DV どめすちっく・ゔぁいおれんす

▼▼▼


 元カノのスマホチェックをしようとしたら、画面ロックが掛けられていて中身が全然覗けなくなっていた件について。


「おうおうおう、御大層にロックですかい。こりゃまた、随分と見られたくない内容がてんこ盛りなんでございましょうねぇ……」


 言いつつチラとサクラの方へ視線を向ける。


「……」

 

 窓際の壁に、もたれるように座り込むサクラ。

 変わらず俺の言葉にも視線にも無反応だ。 


「チッ!」


 聞こえよがしに大きな舌打ちをひとつ。


「……」


 当然これもスルー。 

 分かってはいるが、相手の反応が無いと苛立ちは募るばかりである。


「……ロックナンバー言えよ。って言うか、サクラのクセにロックなんかかけてんじゃねぇよ!」


 酔いと苛立ちに任せて飛び出す暴論。

 自分で言っててさすがにムチャクチャだとは思う。


 だが朝っぱらから立て続けに吞んだビールが、良い感じ脳内の血流を促進させ(と、酒のせいにしておけば罪悪感が薄れる)、気持ちの昂りは治まるところを知らない。


 俺は立ち上がり、サクラの前に近付いた。


「ロック、解除しろよ」


 そして座り込むサクラを見下ろすようにして、彼女の顔、その30cm手前のところにスマホの画面をぶら提げ、命令する。


「……」


 だけどサクラは無反応。


「……おい。ロック。解除しろって」


 30cm手前から15cmのところまでスマホを近付け、重ねて命令する。


「……」


 なおも、それでも無反応。


「おいって! ホントは聴こえてんだろ?」 


 さらに詰める。

 それこそスマホ画面が鼻まであと1cm! というところまで。


 けれど、あぁ、やんぬるかな。

 鉄壁の無反応。


「……ゥオイッ!」


「…………」


「……ナメてんじゃ、ねぇぞ!」


 とうとう俺から怒りが噴き出した。

 実に身勝手な「怒り」ではあるが。 


 俺は苛立ちを堪えきれず、スマホの画面をサクラの鼻っ面に押し当て、そのまま張り倒すようにグイと腕に力を入れ、そして振り抜いてしまった。


(あ。やべ……)


 やった瞬間、後悔した。

 いやさ、正確には。

 衝動を制御できず『行為』へと移してしまうその最中、すでに『後悔』は立ち現れていて、なんなら行為と仲良く肩を組み、あまつさえフュージョンして『行後為悔』みたいなことになってさえいた。 


 要するに、やった瞬間、じゃなく、やりながら後悔した。


 妙にスローモーションだった。

 俺の動きも。

 倒れてゆくサクラも。


 パンパカパーン!


 そして脳内に鳴り響くファンファーレ。


 ついに出ました直接的な暴力!

 イルマ ミキト君、目出度く【モラハラ彼氏】から【DV彼氏】にランクアッープ!

 スキルも習得!

 スキル【軽めの暴力】を手に入れたね!

 やったよ!

 コレでもう何も怖くない!

 暴力は全てを解決する万能スキルだ!

 ドンドンこのスキルを磨いていこうっ! このスキルを極めれば、きっとサクラちゃんは何でもいう事を聴いてくれるようになるよっ!


 がんばってネッ!

 

 ……などと、頭の中でステータス画面的な黒背景に浮かぶ白文字が、空恐ろしいことを伝えてくる。


 がんばってネッ! じゃないだろう。さすがに。


 などと思っている間に、スマホ画面にぐちゃっと鼻っ面を潰されるようにして、でもそれでも無反応無抵抗なままだったサクラは、座った姿勢まま窓ガラスの方へと倒れ込んでいく。


「……あ」


 ――ガンッ!


 あの、人がガラスにぶつかった時の、あっ⁉ ガラス割れちゃうっ! ケガしちゃうっ⁉ という刹那にパニックを引き起こす嫌な音。


「きゃっ」


 思わず声が漏れた。


 サクラの、ではなく、俺の、だが。


 幸い窓ガラスは割れていなかった。が、サクラはしたたかに頭をぶつけた。ガラスの代わりにサクラが割れた? いや、どうやらそれも無さそうだ。


「お、おい。だいじょ……」


 大丈夫か? と聴こうとしたら、それよりも早くサクラはズルズルズル、フニャァッと、力なく床の上へと崩れていった。


 その様は、なんだがそのまま溶けゆきそうな。または液体の入ったビニール袋を地面の上に置いたときのあの広がっていくかのような感じで。


 およそ骨をもった脊椎動物の身体とは思えない、無脊椎動物もかくやといった、そんな不可解な脱力具合。


「え? あ……」


 まさか⁉ と不安になり、思わずサクラの顔を上から覗き込む。 


 殺った?

 俺、殺っちゃった⁉

 サスペンスドラマの冒頭シーンみたいなことになっちゃっちゃ?


「……」


「……なんだよ。おどかすなよ」

 

 サクラはちゃんと息をしていた。

 勿論どこからか血を流しているわけでもなかった。

 つまりは大丈夫だった。


 なにが大丈夫か?

 

 俺、勢い余って元カノをコロっとしちゃった⁉

 いいや、ノンノン。

 ちょっと頭ぶつけただけ。

 元カノ、コロリとしてないよ。

 大・丈・夫☆


 ……の、大丈夫だ。


 サクラの体調・メンタル・ケガ云々の『大丈夫』は、ここではひとまず議論しないでおくことにする。

 

「ああ、もう。ビックリした……」


 俺は安堵した。

 そして気持ちを切り替えられた。

 それなりにドキッとした分、そのお陰で少し冷静にもなれたからだ。

  

「スマホ……は、まぁもう、後でいいや」


 そう言うと俺は、横たわったサクラの顔の前に、彼女のスマホを立てて置いた。


 手帳式のカバーをイイ感じの角度に開いて「く」の字にし、床に寝そべったままのサクラでも画面がよく見えるようにしたのである。


「置いとくから。な? 解除する気になったら、解除しろよ」


 スマホを指差し、念を押す。


「――」


 勿論サクラは反応しない。


 ……が、今度のは『無反応』と言うよりも、もっと意識的な、嵐の前のひとときの静けさのような、後に来るビックでパワフルなストームを秘めた、危険な雰囲気を醸し始めていたのだが……そのときの俺は気付いていなかった。


 俺はサクラの前から踵を返してソファに戻り、再びサクラのハンドバックを手に取る。 


「それじゃぁ、スマホ解除するまでの間、コッチ見せてもらうから」


 言うが早いか、ひっ掴んだカバンの口をガバッと開いて、無造作に逆さにしてバサバサ振り、その中身という中身を全てを床にぶちまけてやった。


「ゴチャゴチャ入れてなんぁ。いらないモノは整理しろよ」


 余計なお世話も言い添えながら。


 そして床の上に散らばったカバンの中身。


 ハンカチ。

 ポケットティッシュ。

 化粧ポーチ。

 イヤホン。

 ペン。

 飲みかけのカフェオレが入ったペットボトル。

 何かのチラシ。

 ブランド物のキーケース。

 同ブランドの長財布。

 

 ……そして、手帳。


 色々出てきた物の中で一番の目当てがコレだ。

 コイツが一等怪しい。

 この中には、確実に何かが潜んでいる。

 その確信があった。


「やっぱ、コレだよな……」


 またも醜悪極まりない笑みが顔に浮かぶ。

 これから目にするであろう、最悪を予感して。


 このスマホ全盛の時代においても、サクラは予定だけは手書きの手帳派なのだ。加えてレシートなどの行動の手掛かりとなるものを手帳に挟んでおくクセもあった。


 ※レシートに印字されている店舗の住所を手掛かりに、パートナーの目的地や行動範囲を推察するのは、浮気をされた全人類の常識である。


 これをじっくり見分すれば、自ずとサクラの隠された罪への道も開けて行こうというものだ。


「さてさてさぁて……今度はいった、どぉんな事が記されてるかねぇ……」


 俺は手帳の留め金をピッと外し、パラパラとページをめくった。週替わりのリフィル。まずは直近の1週間から。 


 10日(日) 午後から打ち合わせ


 違う。


 11日(月) 夕方から友人・Kとお茶


 関係ナシ。


 12日(火) 朝一で会議


 コレジャナーイ。


 ……え?

 妙に手慣れているじゃないかって?

 

 YES!

 手慣れてますが何か?


 こうやってサクラのカバンやら手帳やらを漁るのも、別に初めてってわけじゃないですから。


 えええええええぇ―っ⁉


 えええええええぇ―っ⁉ じゃ、ねぇよ。 

 何を今更。

 えぇ、やってましたとも。

 しょっちゅうね。


 プライバシーの侵害? 

 最高っ!


 望んで始めたと思うか?

 コノヤロー。

 

 サクラの浮気が発覚してからというもの、事あるごとに彼女の目を盗んでね。こうやって彼女の情報を盗んできたわけですよ。


 そして証拠を集めてやったわけですよ。

 何も好き好んでこんなことやってるわけじゃない!


 やらなきゃ盗まなきゃ、サクラの不貞を暴けないからやらざるを得ないだけ!!


 ……まぁ、コチラは彼女そのものを浮気相手に『盗まれてる』わけですから、差し引きで言うとマイナスが大いに勝つって言うか、惨敗なわけですけどねワハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!


 死ねっ!

 クソがっ!!


 ドス黒い感情が醜悪な笑みとなって顔に張り付き、俺の表情を悪鬼のごとくに歪めているのがよぉっく分かる。


「ハハハハハハハハハハハハハハハ……うぎっ?」


 おえっぷ。


 不意に、喉の奥から胃の内容物がせり上がってくるような、あの嫌な感覚。


 ゲロ。

 来るのか? ゲロ。

 この黒い笑顔の俺に。

 ゲロと黒笑顔。

 ゲロ黒笑顔。

 人としてヤバイレベルだ。

 それでもやめられない止まらない。

 手帳をめくる手は休まない。

 ペラペラペラペラペラーッ!

 そして嘔吐感も止まらない。


「……ゲヘッ」


 ゴプッ。

 グッ、……ウベロペァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーッ!!


 噴射した。

 クリーム色した吐瀉物を。

 その成分の主なところは先ほどから痛飲していたビールによるものなので、やや黄色がかったクリーム色、例えるならコーンクリームスープなカラーであった。


 ペァペァペァペァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーッ!!


 床に撒き散らしたサクラのカバンの中身。

 更にその上に、俺の胃の内容物を盛大に撒き散らしてゆく。 


 あああ。

 手帳もゲロまみれ。

 当然、俺自身もゲロまみれ。

 

 いいさ。

 ゲロの中からゲロ以下の臭いがプンプンするゲロクソな真実を見つけてやろうじゃないの。


「あははははははは、はぁああああああーっ!!」


 俺は覚悟を決め、ゲロの中心にドンッと尻をつけて胡坐をかいた。そして手帳の続きに目を通してゆく。


 酸っぱくて不快でどこか切ない臭気が部屋いっぱいに満ちる中、世にも奇妙なゲロ人間と化した俺は、恐るべき集中力でもってサクラの手帳を読み続けるのであった。


 そして、辿り着く。

 

『19日(火) 夜、“ゆみちー”のところへ』


 探していたその一文に。

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