第11話 モラハラ思考のテンプレート

▼▼▼


『ほとんどの加害者は、自らこそが本当の被害者なのだと思い込んでいる』


  ……てな事を昔、何かで読んだ。


 読んだ当時は全くの他人事としか捉えていなかったので


「ファッキンッ!」

「居直ってんじゃねぇぞクソ加害者が!」

「自らの罪を認めないとか、恥を知れバカが!」


 などと思っていたものだ。


 が、いま、少しだけ冷静かつ客観的に自らを省みれば、正に自分が


「けっこー、そんな感じじゃね?」


 と思ったりもする。


 なぜなら。

 これまでの俺、曰く。


『先にやったのは自分じゃなく相手』


『先に間違ったのも相手』


 つまりは


『先に傷付けてきたのは相手だから相手が悪い』


 そう信じて疑わなかった。

 

 確かに俺は傷付けられた事実がある。


 とてもとても、

 深く、

 ザックリ、

 

 傷付けられて痛かった。


 何より傷付けられた【理由】が、まるで分らなかった。


 だから


『自分の攻撃はその傷付けられた事に対する正当な反撃』


 であり、かつ


『【理由】を知るために必要なこと』


 なのであると。

 そう考えて許されるのだと。


『正義は我にこそ有り』


 そして


『【理由】を知り、相手の間違いを正しさえすればきっと、元の、平和な日常が戻ってくる』


 サクラに対するアレやコレも。

 端から見りゃぁ、モラハラDVだとか言われるヤツだが。

 それらは断じてコチラから始めた一方的な加害などではないわけで。


 全ては、ただただ俺が傷付けられた【理由】を知りたいがためにやってきたことなのである。だ。


 ・・・・・・そう主張してきたわけだ。


 まぁ……まーんま、


『加害者こそが真の被害者理論』


 を、地でいっているわなぁ。


 かつて自分がブン投げた罵詈雑言のブーメラン。


 その鋭い刃が今、ブッスリと自分の後頭部に突き刺さり、あまつさえその先端が額を割って顔の前にコンニチワしてて、なんだかメタリックな角が生えた鬼みたくなってる。


 きっと今の俺は、そんな塩梅なのだろう。


 そんな頭に「く」の字を突き立てた、残酷なんだか面白いんだかどっちかよく分からないような塩梅の男に出来ることと言ったら……。


 それはもう、開き直って別の世界のドアをバーンと開け放つことくらいではなかろうか? 


 そういうわけでサッサとゲロる。


「……俺さ、お前と昨日別れるって決める前に、もう他の娘と懇ろになってたんだわ」

 

 己が『秘密』を。

 

「もう半年くらいになるかな? 新しいバイト先で知り合った娘でさ。飲んで口説いてその流れで寝て。ちょいちょい今も会ってる」


 『浮気をした』という『罪』を。


 言いながらスマホを操作し画面にLINEでのやりとりを表示して、サクラの方へと差し向けた。


 そこには巷でよくある類の、俺と浮気相手とのめくるめくエロい体験の画像や、サクラに対する罵詈雑言、ちょっと前に流行った卒論の提出はいつ? ・・・・・・みたいな事は映っておらず。


 ◆◆◆◆◆◆


「また飲みに行く?」


「いいですよ」


「駅前でいい?」


「大丈夫です」


 ◆◆◆◆◆◆


 ・・・・・・という感じの、割と淡々とした男女のやりとりが映し出されていた。


 別段エゲツナイ内容のものを隠している訳ではない。


 俺が浮気相手との間で交わしたやりとりのトーンが、LINEに限らず実際に会っている時でも、全般こんな感じだった、というだけだ。


 サクラがあの男との間で交わしていたメール・・・・・・いや、違う。


 メエェェェェェェエル。 


 敢えてそう言わせて貰おう。


 メエェェェェェェエル。 

 

 あれらに含有された「憎さ」「おぞましさ」「エゲツナサ」を表現するには、「メ」と「ル」の間を「ー」一本でなく「エェェェェェェエ」とでも表記せねば到底伝えられない。


 そのメエェェェェェェエルに比べれば、俺のLINEのやり取りなど何ほどでもない。


 ◆◆◆◆◆◆


「今日いける?」


「今日はバイトです。明日なら」


「OK。じゃ19時に△△駅前で」


「了解です」


 ◆◆◆◆◆◆


 どうよ?

 素朴なものでしょ?

 俺とこの娘のやり取りなんざ。

 

 LINEのやり取りだとすぐにバレそうだからって、わざわざ他では使ってないEメエェェェェェェエルに限定して、あの男とコソコソやってらっしゃった、そちらさんに比べればさぁ。


「ホラ。これでよく見えるだろ」


 滾りそうになる思いを抑えつつ、しかし、よく見て比べてみろや! とばかりに、移動してサクラの眼前でスマホをプラプラしてやった。


「・・・・・・」


 まぁ、相変わらずサクラはマヒっているので虚空を眺め続けたまま無反応なのだが。


 しかし俺は知っている。

 ええ、知っているのです。

 

 こういう状態のサクラは、一見、外部からの情報の一切を受け取っていないかのように見える。


 しかしその実、ぼんやりとでも『目』に物事は映っており、『耳』に至ってはけっこう聴こえているものなのだ、ということを。


 つまり今、反応こそ示さないが、サクラは俺の言葉を告白を記憶には刻んでいるのである。って言うか、強制的に刻み込んでやってるのである。


 理解も追ってする事だろう。


 そして恐らくだが、俺の浮気の事実を理解したとしても、彼女は一切動揺しないだろう。


 それどころか怒りもしない。

 嫉妬もしない。

 キィーーーッ! 悔しぃいいいっ!! なんて望むべくもない。


 むしろ手を叩いて喜び、笑顔で祝福してくるまである。


「ミキトがようやく『私の他』に好きな人を作ってくれて、本当に良かった」


 くらいは平気で言う女だ。


 なんたる屈辱。

 全くもって忌々しい。


 これは彼女がマヒ状態だからではない。

 例えサクラが平常運転の状態でも、十中八九結果は一緒だろう。


 サクラはもう、俺の事など『要らない』からだ。   


 こういった「私、あなたとの関係にもう執着なんぞは持ちえませんの」という態度にはこの1年、ずっとイライラさせられ通しだった。


 俺だけが執着し。

 俺だけが復縁を願い。

 俺だけが関係修復のために動き続けた。


 サクラはただ俺の差し出す言葉や行為に、頑なに『NO』を突き付けるだけで、彼女自身では、何一つ関係修復のためのアクションなど、しようともしていなかった。


 サクラが興味あるのは、


『誰がメンタルの弱い私をケアしてくれるか?』


 ということだけだったのだ。


 だが、今はそのことはいい。 


 とにかく今は、俺が『罪を告白した』という既成事実を作るこの方が重要だ。それさえ済ませてしまえば、次はなし崩し的にサクラの秘密を聞き出すターンに出来るのだから。


「・・・・・・まぁ、この後この娘と付き合うか、どうなるとかは分からないけど。とにかく、俺もまぁ、サクラがやったように? 他の女のところに行ってた。そういうことしてた。勿論、サクラが浮気しなきゃ、俺はこんなこと自分からしようとは絶対思わなかっただろうけどさ」


 物のついでで、言い終わりに浮気の理由をまるっとサクラに押し付けてみたりもする。


「・・・・・・」


 当然サクラはそんな言い訳じみた俺の責任転嫁にも無反応なままで。そのことに俺は少しだけ不満で。だから俺はフンと鼻を鳴らしてスマホをテーブルに置き、


「せいぜいが、そんなとこ。俺の罪なんて」


 と、そう言って自らの告白を締めくくった。


▼▼▼


「それじゃ、次はサクラの番。サクラの罪を告白するターンなわけだけど……」


「・・・・・・」


「サクラ、いま、そんなだしな・・・・・・」


 彼女は相変わらずのマヒ状態のままでは、告白どころか満足にコミュニケーションをとることも出来やしないのはご覧の通りだ。


「だから、俺の方で勝手にやらせてもらうけど、いいな? いいよな? じゃ、そういうことで……」


 言うが早いか、俺はソファに置いたままになっていたサクラのカバンに手を掛けた。


 途端に久々の脳内妄想勢ががなり出す。


『ゥオイッ!!』

『ちょ、っと待てよ!』

『元カノのカバンに何しようってんだ。お前まさか……⁉』


 そのまさかである。

 勝手にサクラのスマホを覗き見ようというのである。


『『『はぁあああああーっ⁉』』』


 五月蠅いな。

 だぁってろ。


『おいおいおい、ヤメロって!』


 やめないよ。


『それだけは……人としてどうよ⁉』


 これぞ「人」だよ。


『正気の沙汰じゃねぇぞ、おい?』 


 正気じゃないのはサクラの方。

 だから仕方なく俺がこんな事してんの。


『……絶句!』


 絶句、って口で言ったら、それはもう反語表現じゃなくてただの矛盾じゃね? それとどうでもいいけど、脳内妄想勢、お前らってだいたいいつも3人1組で出てくんのな。


『文句があるなら自分の脳に言え』


 とにかく今は邪魔するな。


 サクラのスマホを見ることで、ようやくコイツの罪の全貌を暴いてやれるんだから。


『絶句! 絶句! 絶句ぅううっ!!』


 バカじゃねぇの?


 ……などと脳内で言い合いつつ、サクラのハンドバックの中をガサガサと掻きまわす。


 ポケットティッシュ、違う。


 手帳、違う。


 財布……中身には興味ある。特にレシートとか見れば、色々と分かる事もある。でもそれはまた後。


 コツン。

 指先に触れる固い感触。


「……あった」

 

 茶色い合皮製のカバーに包まれたソレをカバンから取り出す。


「あれ? 機種、変えたのか」 


 手帳式のカバーを開くと、おそらく同棲を解消してたこの1年の間に変えていたのだろう、中には見覚えの無いスマホが収まっていた。


 電源ボタンを短く押す。


 何の変哲もない、おそらくプリインストールの壁紙と現時刻が画面に写し出される。


 ……良かった。


 ここで待ち受けに、サクラの浮気相手とのツーショット写真とかを設定されていたら、反射でスマホを床に叩きつけるところだった。


 さぁ、ではいよいよ……。


 罪の証拠、その生々しいやりとりの数々を拝見しましょうか……と画面に指を添わせれば、再び奴等が脳内で一斉に騒ぎ出す。 


『ヤメロヤメロヤメロォオオオーッ!!』

『思い止まれっ! 今ならまだ引き返せるっ!』

『本当に、本当にソレだけはやっちゃダメだって!!』


 ……ピタッ。

 指を止めてみる。


『思い止まってくれたか!』


 違う。

 思い止まったわけじゃない。


『え?』


 そこまで言うなら、教えて欲しいのよ。


 もしもお前等が、俺の納得できる理由を教えてくれたら、その時は言うように思い止まってもイイ。


『な、なにを教えて欲しいって?』


 なにゆえ? 


『あ?』

 

 なにゆえ、元カレが元カノのスマホを勝手に覗き見ることを、やっちゃいけないの? 


『はぁ?』


 この行為の、一体何が【悪い】んだと?


『『『全部だろうが!』』』


 ……ハッ!


 果たしてそうかねぇ?

 全部、なんて言い切れるかねぇ?


『なにぃ?』


 そりゃまぁ一般常識に照らし合わせれば、他人の持ち物を勝手にどうこうするのは、それなりに悪いことなのだろうけれどもさ。


『当たり前だ。考えるまでもないだろ』


 でもよ。

 でもねぇ。

 でもですよ?


『ああ?』


 そもそもが「見られて困るような秘密」を隠している事の方が、もっと【悪い】と言えるんじゃないのかなぁああああああああああ?


『……それは……』

『いやまぁ……色々と事情ってのがあるんだよ』

『そ、そうそう。好きで秘密にしてたんじゃ、ない、って言うか』


 って言うかさ。

 今更だけどさ。


『あ?』


 サクラのスマホを覗き見るのって、なにもコレが初めてって訳じゃないんだよね。


『『『はぁああああああああああっ⁉』』』


 いや、そんな驚くところじゃなくね?

 

 俺の脳内妄想勢なんだから、それくらいのこと知ってたでしょ?

 

『おまっ⁉ おまぁああっ⁉』

『えぇえぇえぇっ⁉』

『あsdfjklちゅお☆ぽ……⁉』

 

 ハイハイ、自演乙自演乙。

 ってか、いい加減鬱陶しいから消えろ、お前ら。 


『えっ?』


 ハイ。

 脳内妄想勢強制終了。


 妄想勢の怒声や罵声が急速にフェイドアウトしてゆく。


 それとクロスフェイドでインしてくる、こめかみの辺りでジンジンといってる血流の音。己の浅い呼吸音。ピィィィーーッと耳の奥の方で微かに聴こえる耳鳴り。


 いつの間にか、じっとりと汗もかいていた。


 ……緊張?

 強張る身体が発するサイン?

  

 サクラのスマホを目の前にすると、いつもこうなる。

 

(これから、絶対に嫌な気持ちになるものを見る)


 ホラー映画、グロ画像、ス〇トロ動画よりもずっと衝撃的で俺に直撃して心を抉ってくるであろう内容のもの。


 確実にダメージを負うと分かっていても、それでも見ずにはいられない。逃げられない闘いがここにある。 


 いつの間にか、スマホの画面は真っ暗に戻っていた。

 再び電源ボタンを短く押し、待ち受け画面を表示させる。

 それから意を決し、そっと右手の人差し指を画面に添わせ、上へとスライドさせる。


 スッ。


 画面が白く輝く。


 そして表示されるテンキー。


【ロックNo?】


 ――果たして、サクラのスマホにはバッチリとロックが掛けられており、当然俺はその解除ナンバーをご存じないのであった。


 ファァァァアアアアーーーーック!! 

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