第9話 幸せを取り戻すゲーム

▼▼


「イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


(あああぁまたこのパタァアアアアアアアンッ!!)


『ちゅんちゅんちゅんちゅんちゅぅううううんっ!!』


 ドッタンバッタン大騒ぎ。

 

 ――からの、2時間が経過した。


 あの後、すめらぎちゃん♡ の理詰め攻撃によってストレスを限界突破させたサクラが、泣いて乱れて喚いた挙句、またも弱メンタルのマヒ状態へと堕ち込むというお決まりのパターンを辿ったわけだが……。


『あぁー……やり過ぎちゃった、ちゅんねぇ……』


「あぁ。やり過ぎてくれちゃったねぇ……」


 その間、俺は彼女の横でなす術なく呆然とその姿を見詰めることしか出来なかった……なんてことはせず、早々にポンコツと化したサクラに見切りをつけ、すめらぎちゃん♡ のハナシを聴き、チャッチャと事を進行させていたのだった。


 ええ。

 そうなんです。


 結論から言うと、俺は【ゲームの参加に同意した】のである。

 

 そうしてルールの説明を受けました。


 まぁ、それ以外の選択肢が見当たらなかった、というのが正直なところなのだが、とりあえず俺は表面上は抵抗を諦めることにした。そうして一旦はこの企みに乗っかるカタチをとらないことには、何も解決しないとハッキリしたから。


 それにこの『幸せを取り戻すゲーム』ってヤツ。


 誰が何の意図で仕掛けてるのか、まだ全くもって分からないけど、考えようによっては実に『俺得』でもあるわけで。


 1度は別れると決めた俺たちだが、さっき心情をゲロった通り、俺の方はサクラに対しまだ未練タラタラなわけで……。


 だから、どんなキッカケであれ、2人のヨリを戻せる可能性が与えられるのなら、それを全力で活用しない手は無い。むしろ、しゃぶりつくす位の勢いでフル活用するつもりである。


(まぁ……サクラにとっちゃぁ、生き地獄だろうけど……)


 などと考えながら、すめらぎちゃん♡ のルール説明を聴き流していたわけだが。

 

『……と、ルール説明は以上ちゅん!』


 いつの間にかその説明が終わっていた。


「……おう。あー、はい。ま、概ね了解」 


 細かな部分は聞き流すというか、聞き逃していたが、まぁおおよそは把握した。


 要するに、言葉通りに俺たち2人が『幸せを取り戻す』までは、この部屋からは出られない。そんでもって、幸せを取り戻しやすいようにと12時間ごとに『課題』が出され、それをクリアーすることで、またちょっとしたボーナスが出る、……と、まぁそんな感じ。

 

 しかしその『課題』ってのが、どうにもクセモノ臭い……。


『うんうん、ちゅんちゅん。じゃぁミキトくん、サクラちゃんと2人でしっかり頑張ってね! ちゅん』


「頑張って、どうにか……なるのかねぇ……?」


 地べたにへたり込み虚空を見続けるサクラをチラと見やりながら、俺は率直に思った。


 正直、鬼畜ゲーだろうなコレ、と。

 ぶっちゃけクリア出来る気はしないな、と。


「まぁ、頑張ってみよっか。な、サクラ」


 振り向いて、返事は無いと分かりながらも、戯れに彼女に話し掛けてみる。


「…………」


 当然、反応はない。

 マヒ沼的にも、さっきよりずっと深みまで沈んでいるのは明らかだった。


 俺はそんな予想通りなサクラの姿を見て、フンと鼻を鳴らした。


 そして改めてゲームに参加する気持ちを強くしたのだった。


 サクラが動かないのはいつものこと。

 だから俺が決めて、俺が動くのだ。

 つまり、全ては俺次第。

 

 それに出来なかったからといって、それで失うものは何も無い。 


「……ま、サクラはあんなんだけど、とにかくやるわ」


 改めて画面向こうのすめらぎちゃん♡ に参加の意思を伝える。


『ちゅんちゅん頑張って。あ。念のためにぃ、あとでルールをまとめた紙を玄関の郵便受けに入れとくちゅんね!』


 ありがたい。

 聞き逃してた詳細も確認しなくては。


「そりゃどうもご丁寧に……ってか、それあるなら先に渡してよ」


『ちゅふふwww』


「なに笑ってんの? ムカつくんですけど」


『失敬失敬。まぁ何事も段取りっていうか、持っていき方って大事ちゅん? ルール書いた紙渡して、ハイそれで終わりってのじゃ味気ないちゅん?』


 言ってることは分かるが、分かるだけに余計に釈然としない。

 ゲームに参加することは受け入れた。

 受け入れた、が、この何もかもが全部、相手の思惑通り、ってのが心底気に喰わない。 


『あ、でも、閉じ込められた2人の前に、ペラっとした紙1枚だけが置かれてて、それ読んだ2人がワケも分からず右往左往する……ってパターンも、それはそれでアリだったかも知れないちゅんねぇ……ちゅふふふ』


 俺のそんな気に喰わなさを知ってか知らずか、いや多分、絶対、知ってて、わざと煽るようなことを言ってくるこのクソすずめ。


「ウルセー。ずっと言ってろ、キモすずめ」


『キモくないっ! すめらぎちゃん♡ ちゅん!』


「はいはい、すめらぎちゃん」 


『ちゃんの後の、♡ マーク!!』


「うるせぇよ」


 この後、こなれたくなどなかったが、それなりにこなれてしまった、すめらぎちゃん♡ との下らないやり取りを繰り返すこと数回。


 ようやく何がしかの欲求が満ち足りたのか、すめらぎちゃん♡ はペコリとお辞儀をして、この場から辞する意を表した。


『ではまた夜の7時に。ちゅん』


「あいよ」


 ようやく終わる説明タイム。

 ここから本当にゲームが始まる。


 なんとなく、しっかりと気を引き締めねば……などと思う俺。


『……それじゃあのっ! バッファファーイちゅーん!!』


 そんな俺の虚を突くように、去り際のすめらぎちゃん♡ は声を張り上げ、手を振るように翼をバサバサさせながら、とてもよく分からないフレーズを口にした。


 しかしそれはいったい何なのかと俺に問わせぬ内に、ブツッ、とテレビの電源が落ちる。


「……バカじゃねぇの」


 率直な罵倒が口から漏れた。

 すると、


『バカじゃないっ! バッファファーイちゅーん!! ってのは、すずめ界での正式なお別れの挨拶ちゅん! バーカバーカ! バカって言う方がバーカ! お前がバーカ! ちゅん!』


 パッとラグ無しにテレビが再点灯したかと思えば、いかにも憤慨したという体のすめらぎちゃん♡ がプリプリ叫ぶ。と思ったら、またすぐに画面の電源が落ちた。


 何なんだ。

 今更驚きもしないが。


「……結局そっちの方がバカって言ってるじゃん」


 お約束なので小声でツッコんでおく。 


 それから5秒ほどの間があって、再び電源が入るテレビ。

 

 しかし、そこにすめらぎちゃん♡ の姿はなく、代わりに目に痛いほどのブルースクリーンな背景に、細い白文字の文章がゆっくりと浮かび上がってきた。


 そこには……


『課題1 お互いの「罪」を告白せよ ~19時まで』


 ……と、そう書かれていたのだった。


▼▼▼


 そんなこんなから、また30分ほど時間が経った。

 現在、時刻は午前9時41分。


 普段ならこの時間はとっくに仕事場に到着しているはずなんだけど、ご存知の通りドアがピクリともしないので俺は相変わらず部屋に居る。勿論サクラも、マヒったままで部屋の隅に座ってる。


 仕方がないので、とりあえず俺はシャワーを浴びた。

 

 昨夜は夜半までサクラと別れ話をしていたので、入りそびれていたのだ。ようやくサッパリ出来て気分が良い。着替えは仕事用のソレではなく、Tシャツとジャージのハーフパンツ。うん、楽でいいね。


 ……え?


 何をくつろいでる?

 もっと必死になれって?

 

 いやまぁ、そう慌てても仕方ないでしょ。

 一休み一休み、ってヤツですよ。

 それに何もしてないわけじゃないのよ。

 思い付くことはさっき試したの。

 窓からの脱出?

 うん、それも試した。

 試したけどね、ダメでした。


 なんでダメなのかって理由はまた後で説明するけど、とにかくまぁ、どうこう出来るもんじゃなかった、窓という名の幻だった、という事だけ先に言っとく。


 でもって、スマホね。

 そしてPCね。


 皆さんがまず思い付くだろう通信機器ね。

 これらもね、アウト。

 アウトでしたー。

 わはは。

 そりゃそうだよ。

 人を閉じ込めようってのに、そこの対策してないわけないよ。

 いや動くの。

 動きはするのよ? 機械自体は。

 だけど電波が届かない。

 回線もまるで繋がらない。

 ただ手元で目の前でピカピカと光る板と箱ってだけ。


 まぁつまりは、通信機器でもって、誰かにいま俺たちが置かれている窮状を伝えて、ここに助けを呼ぶなんてのが出来ない望めない、そういう状態です。


 あと、壁とか床とかドンドンバンバン叩いて騒音立てて、アパートの他の住人に異常を報せるってのも試したんだけどね。10分近く頑張ったけど、ただ手が痛くなっただけで、どういうわけか誰も反応してくれなかった。


 周りの住人たちは皆もう出掛けちゃって留守なのか、俺が『あたおか』だで関わりたくないと思われているのか、それとも『ゲーム』を企てた奴に協力してるのか……。


 ま、何にせよ、現状は打つ手なし。


 ……で、いま。


 風呂上がりの俺の目の前には、レンジでチンしてホカホカと湯気をたてる白飯と総菜の数々、そして何本もの缶ビールがテーブルの上に所狭しと並ぶ光景が広がっているのであった。


 つまりは朝飯の用意を整えたのである。


 は?

 朝飯?

 『幸せを取り戻すゲーム』は?

 さっき出てた『課題』とやらは?

 ってか朝からビール?

 ビビビ、ビール⁉

 飲むの?

 飲んじゃうの?

 この状況で?

 キサマ貴族か⁉ 

 

 ……と、思う方もおられよう。


 しかし安心して欲しい。

 俺は貴族ではなく庶民だ。

 しかもがっつり底辺寄りだ。

 なにも朝ビールは貴族だけの特権ではない。

 底辺寄り庶民にだって朝ビールする権利はある!


 ……考えてもみて欲しい。


 だいたい、今日はもう仕事行かないのだから。

 ってか、行けないのだから。

 そもそも部屋から出られもしないのだから。


 そんな俺が朝ビールして何が悪かろう?

 いーや悪くなどない。

 断じてないっ!

 

 もはや俺の心と頭は不安と疑問とストレスでパーンッ! となる寸前なのだから。早急に癒しが必要だ。

 

 だったら!


 もう、飲むしかないっでしょ。

 ってハナシ。

 気分的にも脳的にもアルコールを求めてやまないでしょ。

 ってハナシだ。

 飲酒不可避。

 アルコール欲求、待ったなし。

 

「はい! いただきまーす」


 そうして俺は手を合わせ、アルコールと食事への感謝の念を払っいつつ、待ちかねたとばかりに缶ビールの蓋に指を掛けたのだった。

 

「……カァーーッ、いいね!」


 立て続けに3本の缶ビールをプシュッ! といわせ、喉を鳴らして琥珀色の液体を胃の腑へと流し込む俺。


「おい、サクラ。お前も飲むか?」


「…………」


 ビール缶をフリフリ、一応サクラにも勧めてみる。

 が、勿論彼女からの返答はない。


 そんな様子に小さくため息をついて、俺は4本目の缶ビールに手を掛ける。


 飲みすぎ?

 バーロー、まだまだ序の口だったつの。


 ちなみにだが、これらのビール総菜食材ジュース他などは、いつの間にか冷蔵庫がパンパンになるくらいに詰め込まれていたのを先程発見した。まぁ、ゲームを仕掛けた奴の計らいってことなんだろう。色々と疑問は尽きないが、とりあえずそこはスルーして有難く頂くことにした。


 え?

 それより、サクラをどうにかしないのかって?

 はははーん。

 どうにもしませんねぇ。

 とりあえず、はねぇ。


 いや、少しは俺の立場になって考えてもみて欲しい。


 よしんば、さっきと同じ方法でサクラを覚醒させようと思えば出来る。出来るがそれを今すぐやったところで、何かメリットあるのか? と。


 短い時間の間に何度もワーワーギャーギャーしたくない。

 したところで得られるものも特にない。

 どうせ文句ばっかで、自分で考えることもしない。

 だったら、しばらく放っておくのもアリでしょ、ってことだ。


 ぶっちゃけ面倒臭い。

 それが本音だ。


「でもさ、お前もその方が楽だよな。な? サクラ」


「…………」


 俺はジュルジュルとビールをすすりつつ、言い訳するようにサクラへそう言い、それから手に持った1枚の紙へと視線をおとした。

 

 シャワーを浴びている間に、誰かが玄関ドアの郵便受けに放り込んでいったらしい、この、A4サイズのペラ紙1枚。


 さっき説明の終わり際にすめらぎちゃん♡ が言ってた、『幸せを取り戻すゲーム』のルールやら注意事項などがビッシリと書き連ねられたものだ。


 ちなみに残念ながら、郵便受けの隙間から外の様子を見られないかと覗き込んでみたがコレもダメだった。コチラから向こうを窺えないよう細工されていた。抜かりないことである。


 で、この紙だ。


 ううん。

 一言で表現すると、とっても気持ち悪い。


 なにが気持ち悪いって?

 

 それはプリントされたものでなく、人の手で書かれたものだったから。細かで綺麗な、おそらくは女性が書いたであろうことを想像させる書体で、しかしやや筆圧高めの肉筆で、A4の紙は上から下まで異様ともいえる執念で漏れなくビッッッシリ埋め尽くされていた。


 どう贔屓目に見ても、まともな人間が書いたとは思えない、そういう類のアレだった。 


 ――で、以下、紙にビッシリ記されたゲームルールの詳細である。

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