第8話 パックリ割れ濡れ☆ザクロちゃん♡

▼▼▼


『ミキトくんとサクラちゃんの姿、こっちからもバッチリ見えてるちゅんよ~~!』


 などと言いながら、着ぐるみすずめは画面越しの俺たちに向かって、無邪気にその茶色い翼をバッサバッサと振ってみせた。


 邪気の無い振る舞い、なのに邪悪に見えて仕方がない、という矛盾したその姿を目にしつつ、再び壁際まで後退する俺とサクラ。


 2人とも引きつった顔をしていた。


「さすがに、これは……」


「……変、過ぎるよね」


 いよいよおかしい。

 いよいよ変だ。


 ナニコレ? 

 ZOOM? 

 ビデオ通話? 

 うちの旧式テレビちゃんってば、いつのまにオンライン出来る機能を備えちゃってたの?

 え?

 なに?

 イメチェン?

 テレビ、髪切った?

 アップグレードした?


 いやいや違う。

 そこじゃない。

 そこじゃなくして!


 問題は『イカレた着ぐるみビデオを見せられていると思ったら、いつの間にか巷で大流行中なリモート・コミュニケーションに切り替わっていた件について』だ。


 何を言っているか分からないと思うが、俺も何をされているのか現在進行形で分からない。頭がパーンとなりそうだった……って、ポルナレフ構文してる場合でもなくて!


 ああああああああああああああっ!!


 いい加減、思考に回り道ばかりさせるのは止めよう。

 ストレートに考えれば良いじゃないか。

 でないといつまで経っても問題が解決しない。


 今更だけどっ!


 ドア事変、テレビ事変、からの番組ビデオ事変かと思いきや、まさかのリモートなコミュニケーション事変。


 事変事変と事変が次々と津波のように押し寄せてくるこの状況。


 もはやこの状況は偶然なんかじゃなく、誰かに仕組まれているのは明白で疑いようもないわけで。


 でもってその理由ってのが、この着ぐるみがさっきから騒いでいる『愛を取り戻すゲーム』とやらを、俺たちにやらせるため……。


 でも一体、誰が?

 何の目的があって?


 全くもって分からない。


 ……まさかこの着ぐるみすずめが、全てを仕組んだ首謀者って訳じゃあるまいし、実際そうだったらとてもイヤだし……。 


 何にせよ、頭の中だけでアレコレ考えていたって仕方がない。

 

 リモートなコミュニケーションだと分かったのだから、直接この着ぐるみに問い質せばいいのだ。 


 ふとサクラの方を見れば、彼女は絶句し不安気な顔のまま。

 なので俺は意を決して口を開いた。


「……おい。あの、すずめさんよ」


 なんと呼べば良いのか分からなかったので、とりあえず見たままで呼んでみる。


『すめらぎちゃん、です!』


「え?」


 どうやら、この着ぐるみにも名前があったらしい。


 そしてずっとやりたくてタイミングを窺っていたのだろう。達者な動きとポーズ付きで自己紹介をし始めた。 


『ちゅんちゅん! 改めましてはじめまして。私の名前はすめらぎです。花も恥じらう17歳の乙女です。だから、すめらぎちゃん♡ って呼んでね。どうぞよろしくお願します。ちゅんっ!』


 そう言って着ぐるみすずめ、もとい、すめらぎちゃん♡ は丁寧かつ深々と頭を下げた。


 でも何度でも言うが、大きくてリアルなすずめが丁寧な人間の動きをするのは、とても怖い。丁寧な不気味さがある。


 しかも、すめらぎ、って何だ?

 それってすなわち『すめらぎ』で、天皇ってこと?

 すずめが?

 やんごとないの?

 思い上がりも甚だしくない?

 でもって乙女?

 17歳?

 ドユコト?

 ツッコミどころしかないよ。

 ってかこの状況含めていい加減に冗談キツすぎない?


「ふ、へぇー……」

 

 諸々の疑問と憤懣に背中を押され、反射的に罵詈雑言溢れるツッコミを入れそうになるも、『ふざけるなっ!』の『ふ』を同じハ行の『へ』に辛うじてスライドさせ、彼女(?)に半眼の愛想笑いを向ける。


 偉いぞ、俺。

 よく耐えた。

 さぁ、そんな事より状況の説明を……。 


『でねっ♪ あのねあのねっ♪ 好きな食べ物はね、豆乳っ! 豆乳が大好きっ♪』


 しかし愛想笑いを肯定と取ったらしい彼奴めは、更に自らの好物に関する情報を押し付けてきおった。


 豆乳。

 豆の乳。

 大豆をすり潰し煮詰め漉した汁。

 イソブラホンが健康に良いという、あの。

 なにそれ?

 買って来いってこと?

 俺に豆乳買って来いって言ってんの?

 え?

 バカにしてる?

 すずめの分際で俺をパシらせようとしてる?

 鳥類が霊長類に対して上から目線でモノ言ってる?


「へー……ひき肉するぞテメェッ!!!」


 我慢できずツッコんだ。

 

 『へ』から『ふ』へ引き返そうとして、それすら通り越して『ひ』にブチあたるようにしてツッコんだ。

 

「あと豆乳は飲み物であって食べ物じゃねぇええええええええ!!」


 かつ、追いツッコミもバッチリ決めた。

 

 ……どうだっ⁉ コノヤロウッ!!


 いや、なにが『どうだっ⁉』なのか良く分からないかも知れないが、とにかく俺は『勝った』気になった。


 コミュニケーションにおける勝ち負けは重要である。


 特に初対面で、かつワケの分からない奴の相手をする時は尚更であろう。ハナシの主導権争いというやつだ。ただのマウント行為と蔑む向きもあろうが、俺はそうは思わない。


 相手のペースに乗せられないためにも、決めるところでガツンと決める。


 それによってこの後の展開が有利になるのだとすれば、むしろ『勝つことこそが重要』とすら言えるだろう。


 それゆえの、どうだっ⁉ なのである。

 

 まぁ要するに、恫喝してドヤ顔かましただけなのだが、多少の脅しにはなったろう。これで少しでもハナシのペースを掴めれば……。

 

『じゃ、自己紹介も済んだことだし、ゲームのルール説明にうつりたいと思いま~す! ちゅんっ!』


 俺のツッコミも諸々の思惑もキレーさっぱりスルーされた。


「……おい」


『ちゅん! ちゅん! ちゅんちゅんちゅぅううううんっ!!』


 スルーしてんじゃねぇ、と、再び口を挟もうとした俺を遮り、ひと際カン高い声を張り上げるすめらぎちゃん♡。


『それじゃぁ、改めてイクちゅんよぉ~~~っ!! 盛り上がってまいりまちゅん! 2人の幸せをぉ、取り戻すぅ、ゲェエエエエエム! イィェエエエエイッ!! ウェイウェイウェエエエエエエイッ!!』


 そして端から主導権争いなど存在しなかったとばかりに、そのままハナシをもっていこうとする。


 奇声をあげ、バサバサと翼を羽ばたかせながらグルグルと走り回り、大興奮の体である。羽ばたき過ぎて羽が数枚抜けて宙に舞っているほどだ。


「おい! 勝手に盛り上がんな!」


 いつかYouTubeで見た『ずっと欲しかったオモチャをプレゼントされ狂喜乱舞するチャイルド』みたいな。あの幼子特有の狂気じみたテンションを感じ、ちょっと引いてしまいつつも、何とか制止しようとコチラも声を荒げる。


 しかし、すめらぎちゃん♡ の勢いは止まらない。


「聴けって!」


『はぁい! ルールその1!』


 ビシィッ! とキレのある動きでポーズをキメ、指を立てるように翼を立てて『1』を表現する。


『ミキトくんとサクラちゃん。2人がぁ……』


 いやいや、ホントにちょっと待ってくれ。


 これ、リモートなコミュニケーションじゃなかったのかよ。こんな一方的でハナシ通じないんじゃ、イミフなビデオを見せられてるのと変わらないっつーの。


 とにかく何か口を挟んで、すめらぎちゃん♡ の勢いを止めなくちゃ、このまま完全にアチラのペースでハナシを進められてしまう。


 そうは思いつつも、何と口を挟めば良いか咄嗟にひらめかず、焦りと苛立ちで俺は頭をガリガリと掻きむしった。  


「あぁ、もうっ!」


「いい加減にしてぇっ!」 


「え?」


 ――と、そんな俺を尻目に、ココでサクラが鋭い声を上げた。


 思わず振り返る。

 

 眉を寄せ、息を荒げ、怖い顔のサクラ。


『ちゅぅん?』


 そんなサクラの剣幕に思わず説明を止め、小首を傾げて様子を窺うすめらぎちゃん♡

 

 怒りからかわなわなと震え、両手の拳をギュッと握り込みサクラは画面越しの相手に食って掛かった。


「ふざけないでよっ! なんで私がそんなゲームなんかやらなくちゃいけないの⁉ イヤだから。絶っっ対にイヤだから! 私は、そんなゲームやらない。絶対にやらないからねっ!」


 心の底からの不参加表明。


 一気に言うべきを言い切ったサクラは、ハァハァと肩で息をしている。


「お、俺だってやらねーし……」


 その隣で慌てて追随するも、本音ではちょっとくらいやっても良いかなーなんて思わないでもない俺に、立つ瀬などなかった。


「……だからお願いよ。早く私をココから出して。ドアを開かなくしたのも、アンタなんでしょ?」


 そんな俺を置いてけぼりにして、己の主張を訴えるサクラ。

 

 俺よりも上手く交渉しているようでそこはかとなく悔しい。が、まぁ目的は同じなわけなので、ひとまずここはサクラに任せて成り行きを見守ってみることにする。


「ねぇ、お願い。全部、アンタの仕業なんでしょ?」


『ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ……』


 サクラの懇願に対し、古い映画で外国人が、チッ、チッ、チッ、と舌を鳴らし指を振るあの仕草をしつつ、たしなめるようにすめらぎちゃん♡ は、のたまう。


『アンタじゃなくて、す・め・ら・ぎ・ちゃん♡』


 またそれかい。


「そんなの今、どうでも良いから!」


 たしかに。


『どうでも良くないちゅぅうううんっ!』


 譲らないな、おい。


『ぷんぷんっ! 激おこぷんぷん丸っ!』


 それ、古くない?


『サクラちゃんだって、間違ってザクロちゃん、って呼ばれたらイヤちゅん?』


 なにその呼び間違い。


「だから今、そんなハナシはしてないでしょぉっ!」


 たしかに、ふたたび。


『じゃぁ、サクラちゃんのことは今後、パックリ割れ濡れ☆ザクロちゃん♡ って呼ぶちゅん! それでいいちゅんね?』


 卑猥感がスゴイ。


「それだけはイヤッ!」


 あぁ、さすがにそれだけはイヤなんだ。


「特に『濡れ』と『ザクロ』の間の星マークが許せないっ!」


 そこなの⁉


「漫☆画太郎みたいじゃないっ!」


 そんな理由っ⁉ 


『でしょ? 画太郎呼ばわりされるのはイヤちゅん?』


 画太郎呼ばわりて。

 ってか、ザクロ関係なくね?


「イヤ……画太郎だけはイヤ……」 


 ガクブルするほど?

 それよりオメーら、後で画太郎先生に謝れよ。


『だったら! すめらぎちゃん♡ のことも、アンタじゃなくて、すめらぎちゃん♡ って呼ぶちゅん』


「わ、わかったわよ」


 あーぁ。

 サクラ言い負けちゃった。


『オーケー! レッツ、コールミー、スメラギチャン♡ セイッ!』


 全部カタカナやんけ。


「す、すめらぎちゃん♡」


『イェア♪ アイム スメラギチャーン♡ アーンド、レッツ、セイッ! アイ、パーティシペイト、イン、ザ、ゲェェェム』 


 え?

 なに?

 いま、なんて?

 パ、パーティシ?


「NO.I don't participate in the game(いいえ。私はゲームに参加しません)」


 やだサクラ、語学堪能~!


『ちゅちゅっ⁉ で、でもでもでも。ゲームやらないと、ココから出られないちゅんよ? ……一生♡』


 ハァッ⁉

 いまコイツ、さらりと信じられない事を言わなかった?


「Jesus F××king Christ!(なんてこった! マジかよっ!)」


 ねぇ、待ってサクラ。

 英語ネイティブなの?

 君の知られざる一面に、俺もマジかよっ! って感じよ。 


「もうイヤぁあああああああっ!」

 

 ところが一転。


 サクラは感極まったように両手で顔を覆い、ネイティブからジャパニーズな涙声になった。


「お、おい、大丈夫か? ……痛っ」


 思わずサクラの方へと伸ばした手をパシッと打ち払われる。


 そして顔を覆った指の隙間から鋭いひと睨み。

 ひっこんどけ! ということか……。

 

「ねぇ、お願い! お願いだから! 早く私をココから……この部屋から……出て行かせてよぉ……」


 今度はお得意のメンタル弱い系女子の型、壱の呼吸『弱い私を追い詰めないで』である。


 攻め方が多彩~。


 でもこれが出るってことは、再びサクラのメンタルが消耗しつつあるというサインでもあるわけで……。


『サクラちゃん。泣かないで。……ちゅん』


 そんなサクラを慰めるように、すめらぎちゃん♡ が優し気な声を発する。


「……うん。うん、ごめん。急に泣いちゃって……でもね……」


『泣いて問題を解決させられるのは、乳幼児までちゅんよ? 20代も後半になって、恥を知った方がいいちゅん』


「っ⁉」


 優し気なのは声だけだった。

 

『だからね、ザクロちゃん……じゃなかった。サクラちゃん』


 しかも今それ、わざと間違えたよね?


「……な、な」


 釣り上げられた魚のように、口をパクパクとするしか出来ないサクラ。そんな彼女に、すめらぎちゃん♡ はトドメを刺しにかかった。


『メンタル弱いから~とか言って、泣いてダダこねてる暇があったら、とりあえず目の前の事に集中しよう、ちゅん。逃げが通用する状況なら、逃げ方を模索するのも無駄じゃないちゅんけど、でも、それでも逃げたところで問題そのものは消えないし、まして今は逃げることすら叶わない状況ちゅん? だったら、思考リソースを逃げることに割くのは全くのムダであって、それよりも目の前の問題に如何に取り組むか? に使った方が建設的で生産的ちゅん。差し当たっては、すめらぎちゃん♡ から、ゲームのルール説明をちゃんと聴くことが肝要だちゅんよね。ザクロちゃ……いや、サクラちゃんは、それくらいの事も理解出来ないのかなぁ? それとも理解出来るけどしたくない、それでも逃避したい! ってことなのかなぁ? 逃げ癖がスゴイ! のかなぁ? だったらもう逃げることを止めないけど、それだとさっきも言った通り、ココからは一生出られないちゅんよ? それで良いちゅん? まぁ結局のところ、選択権とか拒否権とかはそもそも存在しなくて、サクラちゃんたちは、参加する、の一択なのちゅんよねぇ……』


 雄弁だった。


 そして完膚なきまでにサクラの、いや俺たち2人の完敗だった。 

「あ、あ……」


 ヨロヨロと、力なく後ろに下がるサクラ。


『分って、もらえたかなぁああああああああ?』


 そんなサクラに、追い討ちとばかりにカメラへと迫って、ドアップの姿で圧をかけてくるすめらぎちゃん♡


 その着ぐるみのプラスチック製だろうと思われる黒々とした瞳が、妙にギラつき輝いているように見えた。


 そしてお察しの通り。


「あああああ……」


 サクラは限界だった。


 瞳孔が開き、肩で荒い息をし、ぷるぷると震える両手を髪の中に差し込み頭を抱えている。


 そして――


「イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 あらんかぎりの声でもって叫んだのだった。

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