第7話 未練

▼▼▼


『これから2人の、幸せを取り戻すゲームを、始めたいと思いまぁあああすっ! ちゅん!』


 着ぐるみすずめ、かくのたまいける。


「「…………は?」」


 シンプルに言ってる意味が分からなかった。

 

 分からなさ過ぎて俺たちはまたしてもハモった。

 これで連続6回目。

 『は?』が出るまでの間もピッタリである。


(これはもう、ホントにギネスを狙えるかも知れない……!)


 全くそんな場合じゃないのに、俺は、人知れぬ世界の片隅で有るかどうかも分からないイヤ十中八九無いに決まっているギネス記録の樹立に向け静かに興奮し拳を握った。


 その隣では、テレビ前に近付いてきたサクラが、腕組みをして目を細め、訝し気な表情で画面を睨んでいる。


『ちゅ~ん?』


 そんな俺たちの様子に、画面の中の着ぐるみすずめは「聴こえにくかったかな?」という感じに小首をかしげている。


『……ちゅん、ちゅん!』


 それから何か納得したように、大きな頭をウンウンと2度振ってうなずいた。ちなみにやたら『ちゅん』と口(嘴?)にするのは、やっぱりすずめだからなのか?


 仕切り直すように姿勢を正したすずめは、先程よりも更に声を張り上げ、もう一度同じことを言った。


『だーかーらぁ! 2人にはぁ! 幸せを取り戻すゲームをぉおおお、やぁって、もらうのでぇええええええええええすっ! ちゅぅうううううんっ!』


 ほとんど聞き分けの無い子どもが絶叫する感じだった。

 だが、2回も言われればさすがに意味は分かる。

 ゆえに今度は、その言葉に即座にリアクション出来た。


「「いやムリ」」


 2人同時に否定。

 またもキタ!

 7回目のハモリ! 


 ……かと思いきや。

 後に続く言葉に違いが出た。


「……だよな?」


「……に決まってるでしょ! ふざけないでっ!!」


 無念。

 7回目成立ならず。

 語頭の滑り出しはバッチリだったが、語尾の着地で大転倒。

 俺たちの『意図せぬハモリ』ギネス記録は夢に終わった。


『ちゅんーっ⁉』


 2人のリアクションに心底ショックを受けた! という感じに、両の翼で顔を挟み込んだポーズをとる着ぐるみ。


 そして、ショックは着ぐるみだけでなく、実のところ俺も受けていた。それも……それなりに少なからず、である。

 

 一体なぜか?

 語尾に出てくる『言葉の違い』に、だ。

 

 それすなわち俺とサクラの温度差、立ち位置の相違、想いの向きのアベコベ差。


 『未練』、と、その対極にあるであろう『嫌悪』。

 

 ……まぁ今更なんだが、ここで正直に告白しよう。


 ハナシの進展を阻害してでもゲロってしまおう、思いの丈を。


 そうなのである!

 俺はまだサクラに『未練』タラタラなのだ!! 


 だから『ムリ』に続く語尾の違いは、そのまま俺がまだこの期に及んでも復縁の可能性を信じていて、一方のサクラは絶縁の確定性を揺るぎないものと信じていることの、その差の表れなのであって、俺はそのことにショックを受けていたのだ。


『はぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーっ⁉ なんだよ、それぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっっ!!?』


 脳内妄想勢が『貴様正気か⁉ 何をいまさら』と100人くらいで一斉にツッコんで来るのを感じるが、それはもう、ココではうっちゃっておく。


 それよりも聴いてくれ、俺の胸の内を。


 矛盾した事を思ってるのは重々承知だ。

 承知の上でこんなんな俺なのだ。

 矛盾の肯定なのだ。

 これでいいのだ。

 バカボンパパではないが、バカではあろう。

 でも、こんなんな俺を優しく受け入れてくれるが良いと切に願わずにいられない。

 批判は要らない。

 助言もNOだ。

 欲しいのはただただ優しさだけである。

 そして自分で自分を認めることから始めよう。

 あぁ、そうさ。

 俺はまだ、サクラが好きである。

 数時間前に別れると言った。

 それがどうした?

 愛しちゃっているのである。

 言ってることと、やってることがチグハグなのも愛ゆえよ。

 なんか、モラハラっぽいのもDVっぽいのも、あの『素直になれなくて、好きな娘をついついイジメちゃう♡』的なやつなのだ。

 そう解釈してくれるが良かろう。

 だからサクラ。

 分かってくれ。

 俺を。

 受け入れてくれ。

 俺を。

 ホントは俺、まだサクラと別れたくなんかないんだよ!

 お前の浮気とかマジで許せねーことも色々あるけど。

 あと、おまーのメンタル弱い系なとこも辟易してるけど。

 でも俺は受け入れるぜ。


 それでも愛してるんだぜっ!

 サクラァアアアアアアアアアッ!!


 以上。

 告白、終わり。


 ……といった秘めたる俺の胸中を踏まえた上で現実に戻ってみよう。


 脳内妄想勢の総ツッコミ? 

 そんなものは機銃掃射で一掃した。


 さて。


 改めて俺の置かれた状況……というか、これまで俺自身の言動やらなんやらによって、もはや行くとこまで行った感溢れるこの状況。『もう目も当てられない!』というのは、正にこの状況を表すためのものだろう。


 愛に、幸せに対する提案。


 その回答の違いに、同じテレビ画面を見つつも、1人は何だかしょんぼり落ち込み、1人は憤懣やるかた無しとプリプリ怒っている。


 同じ時、同じ場所で、同じものを目にしているというのに、まるで同じ思いにはならないこの切なさ悲しさ寂しさよ。


(孤独だ)


 状況としてはガッチャガチャにとっ散らかってて、騒がしいことこの上ないのに、まるで切なさに孤独死させられそうな心地である。


 そっ。


 思わずサクラの方へ手を伸ばしかけ、しかし、途中で止めて、すぐその手を引っ込める。


(触れたい)


 でも触れられない。

 それは許されることではない。

 さっき首筋から耳まで舐め上げた輩が何を言ってんだ、と思われるだろうが、そういうことじゃないのだ。誰がすき好んで生理的嫌悪を引き起こしたいと思うだろうか。


 触れなんとすれば拒絶され、もっと傷付くことは明白なのだ。


(傷付くのは、辛い)


 ゆえに俺は、引いた手を握り込んで拳を作る。

 

 傷付くのが辛いなら、どうすればいいのか?

 それは傷付ける側に回るしかない。

 しかし、だからといってここで唐突にサクラを殴打しては、それはいくらなんでもあんまりだ。狂人の蛮行である。俺はそこまでイカレているわけじゃない。……たぶん。


 だから着ぐるみすずめを殴ることにする。


 まぁ正確にはテレビのディスプレイだが。

 バチコーン! と殴って液晶を破壊すれば、それはまぁ八つ当たり以外の何物でもないわけだが、それでもそれなりに俺の切なさは紛れるだろう。


 そんでもって、その唐突な俺の動きに、サクラも少なからず驚きショックを受けるだろう。今はそれでヨシとする。

 

 自らの衝動に対しようやく交通整理をし終え、その全てを着ぐるみすずめ(液晶画面越しの)に叩きつけるべく、ギリギリと弓を引くようにして拳を振りかぶった。


 ――のだが。


『ちゅん! ちゅん! ちゅぅうううううんっ!!』


 その動きを牽制するように、画面の着ぐるみすずめが再び騒ぎ始める。


『なんでっ⁉ なんで、やる前からムリとか言っちゃうのぉ? そんなのダメだちゅん! ダメダメちゅん!』


 ふ。

 もう遅いわ。

 そしてダメでケッコー、コケコッコー。

 今から貴様もディスプレイごとダメにしてやる。

 すずめよりニワトリの方が卵とか肉とか美味しくてエライ事を思い知りながら、くらえっ!

 俺の渾身の八つ当たりをっ!

 ぬおおおおおおおーっ!!


 ぶうんっ。


 ついに俺は拳を打ち出した。

 32型液晶テレビ39,800円(購入時)に向かって。


 しかし固く握った拳がディスプレイに届くその寸前、着ぐるみすずめが鋭く叫んだ。


『ミキトくん! サクラちゃぁあああん!』


「⁉」 


 思いっきり振り抜き、ディスプレイを粉砕&電子部品をブチまけさせるはずだった拳(あくまでイメージ。実際にはせいぜいがテレビ台からガタッと音を立てて後ろに落ちる程度が関の山)。

 

 その渾身の一撃をディスプレイ3センチ手前でキキィイイイイイッ! と急制動させる。


「「……え?」」


 そして、ハモリ再び(正確には6連チャン後の7回目失敗。からの再出発)。


 いま。

 コイツ。

 俺たちの名前を……?


『ちゅふんっ!』


 固まった俺を画面越しに睨むようにして、ひと鳴き。


『何事もチャレンジ! やる前から諦めないで、とにかくやってみることが大切だちゅん! ……ね、ミキトくん。サクラちゃん』


 呼んだ!

 やっぱり名前を!


「ええええええっ⁉」


 ズザザザザーッ! と、テレビ前から壁際まで一気に後ずさる。

 見ればサクラも不安気に、俺とは逆側の壁際へと下がっていた。


 息が詰まり、すぅっと血の気が引く感覚。

 そして、とても嫌な予感が頭の中に浮かび上がる。


 目覚めてからここまで。


 今朝に限って、アレヤコレヤと変な事ばかり起きてきたが、ここまでの事は全て偶然なんかじゃなく、ひょっとすると誰かの思惑によって仕立てられた作為的なものだったのじゃないか?


 薄々、そんな気はしていた。

 だけど力ずくで「そんな気」を無視していた。


 だっておかしい。

 普通、そんなワケの分からない事なんて起こるはずがない。


 だがしかし、いよいよそれを証明するかのように、その根本というか原因というか、いわゆる『核心的な何か』がその姿を現そうとしている。


 嫌な予感は、たちまち頭の中を埋め尽くした。


 そんな俺を嘲笑うかのように、画面の向こう側ではリズムをとりながらその大きな頭を左右に動かし、コチラを窺ってくる様子の着ぐるみすずめ。


 奴から目を離せないまま、俺は予感を確かめ……いや、出来れば『否定する』糸口を探すべく、サクラに問い掛ける。


「いま……呼んだよな?」


「……うん」


「俺らの名前、呼んだよな⁉」


「うん、呼んだ」


「なんで? なんで俺らの名前が出てくんの?」


「私が知るわけない」


「コレ、ビデオとか、そういうのだろ?」


「だから知らないってば」


「おっかしいじゃん、こんなの」


「おかしいね」


「何なんだよ、コレ?」


「だから、私は知らない!」


 サクラの非協力的な態度にイラっとしてしまい、思わずまた彼女を責めるような口調になってしまう。


「おま、知らない知らないって、ちょっとは頭使って考えろよ!」


 しかしサクラも黙ってはいない。即座に返す刀である。


「ミキトこそ自分で考えればいいでしょ! いっつも『俺は頭が良い』とか言ってるんだから!」


「はぁ⁉ 俺がいつそんな事言ったよ?」


 受け入れ難い出来事を前に、またも不毛な口論へと横滑りしそうになる俺たち2人。


「だいたいお前は、いっつも……」


『ちゅんちゅんちゅうぅううん!!』


 だがそれを遮るようにして、またしても着ぐるみすずめが声を張り上げる。


『はぁあああああいっ! こっち見てぇええええ。2人ともケンカしないでぇえええっ!』


 そして自分の方に注目せよと、画面の向こうで羽をバタバタいわせた。


「……あ?」


 その姿に微かな違和感があった。


 なんだろう?

 どこか。

 どこかがおかしい。

 いや『どこか』って言うか全部おかしいけど。

 でもそういうことじゃなくて。

 着ぐるみの姿……それよりも言葉……いや喋り方……。 


「…………⁉」


 頭の中でバチッと何かが繋がった感じがして、反射的にテレビ前へ駆け戻り、画面の中の着ぐるみを凝視する。


 その俺の視線に応じるように、着ぐるみはおどけたポーズをとる。それでも尚も見詰め続けていると、やがて奴はモジモジと身体をくねらせた。


『そんなに見詰められちゃ、照れちゃう……ちゅんっ』


 そう言ってさも恥ずかしいというように羽で顔を覆った。


「!……マジかよ……」


 そして果たして、俺は違和感の正体に辿り着く。


 ……ええ? でも、ちょ、ちょっと待て。待ってくれ。


「……ねぇ」


 壁際で事の成り行きを見ていたサクラも、どうやら同様の違和感に気付いたらしく、先に彼女の方がそのことを口にした。

 

「これって……向こうも、コッチのこと見えてるの……?」


 そうなのだ。

 

 これは一方的に垂れ流されてくる、イミフなビデオなんかじゃない。


 どうやらアッチとコッチとのやり取りを可能にする、テレビ画面を通したインタラクティブでリモートなコミュニケーションらしいのである。


『ちゅんっ! モチロンだちゅんよっ!』


 そしてそれを着ぐるみすずめが元気良く、かつ事もなげに肯定したのだった。

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