第6話 踊る着ぐるみすずめ

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 突如テレビに映し出された『すずめの着ぐるみ』。


 そいつは大声で朝の挨拶をしたかと思えば、今度は動くのをやめ、ジッとカメラ越しにコチラを見詰めている。


「なんだコレ……?」


 その視線の圧に、思わずたじろいでしまう。


 よくよく見てみると、そいつはパッと見ファンシーなように思えて、その実、カラーリングといいその羽毛の感じいといい、妙にリアルで、とかく『本物の雀を目指してみました!』的な造形をしていた。


 ただ、それは見る者に、


『もふもふカワイイ♡』


 と、思わせるよりも、


『え、ごめん。なんかちょっと、大きいすずめって怖いんですけど……』


 と、思わせてしまうビジュアルなのであって、そのねっとりと醸される不穏さが、イヤラシくコチラの神経を逆撫でしてくる。


 なにより大きいすずめにジッと見詰められるのは、ただただ怖い。


 これは一体、どういう意図コンセプトでもってこの着ぐるみを製作したのか? 完成までに確認できるチェック体制はなかったのか? そもそもこの不穏なモノに一体どれだけの予算を投じ、かつそのコストに見合うリターンを得る算段は立ててあるのか? 


 製作責任者に対し、詰問口調でそういった諸々を問い質したくなるような、とにかくどうにも受け入れ難い仕上がりなのであった。


 まぁ、そういった諸々を一言で表現すれば、


「意味分かんねぇ……」


 という呟きに集約される訳だが、呟いても尚、その着ぐるみはジッと見詰めてくることを止めなかった。


 そのまま見詰められること、しばし。


 なんとなく目を反らすことが出来ず、コチラも画面越しに着ぐるみすずめの目を見返していた俺は、そこで『ある事実』に気付いた。


「あぁ、そうか。そういうことだったのか……」


 思わずイイ顔イイ声で呟いてしまう。

 まるで気分は名探偵である。

 その俺の気付きに呼応して、画面の向こうで着ぐるみがフッと笑った気さえした。 


 俺が気付いた『ある事実』とは――?


 それは先程まで画面に大写しにされていた、黒丸茶肌の『国旗もどき』、その正体。


 アレは実は旗の図柄でも何でもなく、この着ぐるみの『目』の周辺をドアップで映していたものだったのだ! ……という事実。


 あんまりにもドアップにし過ぎて、まるで別のモノに見えていたっていう、まぁ、そういうアレだ。


 ううむ。

 よくぞ気付いたな、俺。

 スゴイぞ、俺。


『はぁ? なにそれ』


 その素晴らしい気付きに対し、無粋な脳内妄想勢がまたおっとりと反駁の意を表してくる。


『バカなの?』


 バカじゃない。

 バカと言う方がバカである。

 はい、論破。


『じゃ、やっぱりバカはアンタじゃん。ボクはアンタの妄想だよ。バカなアンタの、アンタによる、アンタのための妄想のボクなんだから』


 ……ぐ。

 まさかのバカ・ループ by myself.

 

『はい、論破返し』


 論破とかそういうの、生産性の無いマウント行為だから。


『アンタが言い出したんじゃん。ってか、このマウントもセルフなループだから』


 ややこしい。 


『……コトにしてんのは全部アンタ。だいたいさぁ。今、すずめの目だとか、そーいう小さいハナシしてる場合じゃないじゃん。もっと目の前で起こってる変なこと全般にさ、目を向けなきゃイケナイじゃん?』


 それはまぁ……、至極もっとも、ではある。


『ドア事変、テレビ事変、そんでもって正体の分からない着ぐるみの映像。この見たことも聴いたことも無い番組。さながら番組事変? こういうのが立て続けに起きるって、明らかに変だよね? コレ、けっこうヤバイよね?』


 う、うん。


『だったら! もっと集中すべきことに集中しようよ。危機感、足りてないよ?』

 

「ぐうー」


『なに? なんでいま「ぐうー」って言ったの?』


 い、いや。正にぐうの音も出ない状態なので、せめて『ぐう』と口で言ってみた次第で。へへ。


『……そういうトコだよ?』


 ですかね?


『だよ?』


 はい。


『いやホントにさ?』


 ……はい。

 ごめんなさい。


『謝らなくてもいいけど』


 うぃ。

 以後、気を付けますんで。


『だね。まぁ、とにかく頑張ってよ。応援してるからさ』


 あ、あざまぁす。


『こんな感じだけどさ、ボクは味方だから。だってボクはアンタなんだし。アンタの、アンタによる、アンタのための妄想のボクだから。じゃっ、とりあえず危機感だけは無くさないようにね?』


 はい。

 危機感、大事にします。


『うん。そうして。それじゃねっ』


 そう言って妄想の少年は微笑みながら去っていったのだった。

 俺はその後ろ姿に、そっと小さく手を振り見送った。

 ちなみにだが、彼は半袖半ズボン姿をした小学校低学年くらいの、とても理知的な顔立ちの少年であった。


 ……こういう事もある。


 脳内妄想勢と俺とは、常に争い罵り合うだけの殺伐とした関係なのではない。極まれにではあるが、こうして大切な事に気付く手助けをしてくれたりもするのだ。


 これだから脳内妄想は止められない。


 ――しかしながら。


 賢明な読者諸氏の皆様におかれましては、


『そんなんいいからイイ加減さっさとハナシ進めろや』

『妄想独り言ばっかじゃねぇか』

『もうブラバしようかな……』


 とか思ったり、


『ってか、もうブラバしたわ』


 などと実際に行動したりすると同時に、頭の片隅の方でなんとなく、この物語の主人公であるところの俺が、また妄想に耽っているというに関して、


『あ。コイツ、まぁた妄想で目の前の事態から逃避してんな?』

 と、お気付きのことであろう。


 妄想、すなわち逃避。

 その通りである。

 だがこれは、生きる上で必要な逃避なのである。

 

 どうやら俺は、目の前で飲み込めない事態が展開されると、それをどうにかこうにか嚥下するため、妄想でもって目の前の現実を咀嚼し、細かく噛み砕いて飲もうとする性質らしい。 


 そうすることで、俺はこの生き辛い現実を、今日もどうにか乗り切っていけるのであった。


『のであった、じゃねぇよ』

『ブラバしたのに、なんで話し掛けてくんの?』

『だいたい、これまでの流れフル無視して読者に語り掛けてくるとか……それって、小説のやり方としてどうなの?』


 どうなの? と問われたならば。

 別にいいだろ、である。


『うっわ、コイツ開き直ったよ』

『ダッセーwww』

『まぁ素人だしなwww』

 

 ダッセー素人。

 それで結構である。

 そして、お気付きだろうか?


『は? なにが?』


 コレもまた、いつの間にか俺の妄想なのである、という事を。


『えっ⁉』


 妄想に妄想を重ねた、妄想多重構造であることを。


『そんなっ!』

『いつの間に⁉』

『俺たちは、賢明な読者諸氏って奴じゃなかったのか……?』


 いつからそうだと錯覚していた?

 お前たちなど、最初から俺の妄想にしか過ぎない存在だったのだよ。ふふふ……。


『ち、ちきしょぉおおおおおおおっ!!』


 あーはっはっはっ。

 我の前にひれ伏すがいい。

 この愚かな妄想の住人めがっ!


『ちょぉっと待ったぁああ!』


 なにっ⁉

 また新たな妄想勢の援軍だとっ⁉

 だが、どれだけ来ようと同じこと。まとめて返り討ちにして……。


 ……などと俺が終着駅の無い妄想無限列車に乗り込んでいる間にも、時間は、世界は、また俺以外の存在というものは、止まらずに動いているわけで。 


「なんなのコレ? ビデオ?」


 サクラである。

 この空間における、唯一の俺以外の存在。

 妄想に耽り過ぎてすっかりその存在を忘れかけていた。


「ねぇミキト。アンタこんなのボーっと見てないで、サッサとドア開ける方法考えてよ……」


 ほんに、サクラはサクラである。


 飲み込めない放送内容を映し出すテレビの前で、妄想にがんじがらめにされ動けずに居た俺を尻目に、いつの間にか部屋に足を踏み入れていたサクラは、サクサクとその飲み込めなさを受け流し、実に事もなげに事の進展を促してきたのだった。


「うう?」


 サクラの言葉に、急速な速度でもって正気に引き戻された俺は、思わず呻き声を漏らしてしまう。


「ちょっと。しっかりしてよ」


 しっかりしてよ。

 サクラが口にすると、まさに「おまゆう」な言葉であるのだが、さすがに今この妄想メビウスに捕らわれていた俺では、それを言い返しても説得力がなかったわけで。


「おお……」


 ゆえに俺は、今一度あえかな呻き声を漏らすくらいしか出来なかった。

 

 ――ところに。


 ジャカジャカ、ジャンジャンジャァアアアアンッ♪


 パンチあるメロディラインの音楽が、フルボリュームでテレビから流れ出した。

 

 まるで俺たち2人がテレビ前に揃うのを待っていたかのようなタイミングである。


『はーい! じゃっ、今日も元気に踊りま~す♪』


 そして朝の挨拶以降、ずっと沈黙を貫きつつコチラを見詰め続けてきた着ぐるみが、そう言うが早いか、アップテンポなリズムの曲に合わせて踊り出した。


「「⁉」」


 俺とサクラは思わずハモった。

 声ではなく、感嘆符と疑問符でハモった。

 そうせざるを得ない程の衝撃だったからだ。


 着ぐるみすずめの踊り。


 それは驚くほど巧みで。

 かつキレッキレであって。

 EXILEもかくや、いや三浦大知でさえ舌を巻くのではないかと思えるほどのステップと動きの激しさであった。

 

 ……かと思えば、中盤で、急にメロディを無視して、東京オリンピックのあの、森山未來が開会式で披露した『知ってる人には分かるけど、そのジャンルに明るくない人から見たら邪教の祈りのようにしか見えないよね』という動きに変化したりもした。

 

 そしてまた唐突にアップテンポに戻ってキレキレの動き。

 もはや混乱の坩堝である。


「「なんだこれ……?」」


 それ以上でもそれ以下でもない、見たものに対する、何の捻りもないピュアな疑問が、図らずしてまたも俺とサクラの口からシンクロして言葉になった。


『イェイ! フゥーーーッ!!』


 そして、その言葉を待っていた、という訳ではないのだろうが、ちょうど時を同じくして踊り終えた着ぐるみは、やり切った感のする叫び声と共に、ブレイクダンスなポーズをキメていた。


 あれだけ激しい動きを披露したのだから当然と言えば当然なのだが、着ぐるみはあからさまに踊り疲れ、大きく肩で息をしている。


「……ねぇ。どういうつもり?」


「俺が知るワケないだろ」


「だってコレ、ミキトのビデオなんでしょ」


「違ぇよ」


「じゃぁ何なのよ?」


「だから知らねって。続き見てりゃ、分かるんじゃねぇの?」 


 ようやく意味の分からない着ぐるみダンスが終わり、きっとなにがしかの説明が始まるだろうと思い、俺たち2人は愚痴りつつも画面を見続けた。


 すると……。

 

 ジャカジャカ、ジャンジャンジャァアアアアンッ♪


 またしても同じメロディが流れ始める。


「「おいっ」」


 今回は言葉でハモった。

 さすがに耐性がついていた。


 画面内では音楽に合わせ、着ぐるみが「ハッ!?」とした様子で顔を上げ、再びポーズをとり、踊り始めようとする。


 だが疲れ切っているのか、足がガクガクで上手く踊れないようである。それでもさすがのプロ根性とでも言おうか、無様でもなんとか踊り続けようとする着ぐるみ。


 しかし、とうとう体力の限界を迎えたのか、足をもつれさせ、その場に盛大にひっくり返ってしまった。


 それでも尚立ち上がり、踊り続けようとするその姿を見て、さすがに俺たちもツッコまずにはいられなかった。


「「もういいって」」


 ツッコミは、本日4度目のハモリとなった。


 テレビの放送内容に向けて思わずツッコミを口にする。

 それはこの世で最も意味のない行為の一つに数えられる。


 だがしかし。


 ここで。

 またしても。

 予想だにしていなかった事が起こった。


『あら、ハァハァ……そぅお? ハァハァ……』


 なんと、画面内から返事が返ってきたのである。

 声は掠れ、息も絶え絶え、ではあったが。

 だが確かに着ぐるみの嘴がパクパクと開き動いて。

 ついでにその中で蠢く妙に濃いピンク色の舌が見えたりして。


「「えぇ?」」


 5度目。

 このまま順調にいけば、俺たちは意図せぬハモリのギネス記録を狙えるかも知れない。いや、そんな記録のギネスがあればのハナシだが。


 だけどそんなギネス公式記録の存在をググる暇もなく、どうにか呼吸を整え、コチラに向き直った着ぐるみすずめは、俺たち2人に向かって衝撃的な言葉を投げつけてきたのだった。


『はーい! じゃ、これから2人の、幸せを取り戻すゲームを、始めたいと思いまぁあああすっ! ちゅん!』

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