3-2 モデルの世界へ

 Pal Blueでの買い物は結局何も買わずに終わり、俺達は何故か店内の裏口から"ある所"へと向かっていた。



「まだか? 遠いと俺の体力が持たないぞ」



 いつもは通らないであろう、人通りの多いビル街。


 人が行き交い、何処に行こうとも気を遣って歩かなければならない。そんな通りを俺達は今歩いている。


 休日は圧倒的なインドア派、そして午前中に仕事の面接を終わらせた俺にとって、これはハードな運動過ぎた。


 あ…もうダメかも。



「あ! 見えました!」



 そろそろ俺が家に帰る差しを伝えようとした瞬間、七原が俺の前で叫んだ。



「……アソコが七原の?」

「はい! 私の場所です!」



 そう。

 まぁ、今"私の場所"と言った理由は分からないが、此処が七原の職場らしい。


 そこは大きなビル街の中。

 ポツンと異様な雰囲気を纏っている和風の建物の周りには厳格な木が佇んでおり、一見すれば何とも言えない気持ちになる。そこだけが都会から切り離された異世界の様に、の俺はそう思えた。





 そしてーー



「……ユウ?」

「こんにちは、高梨たかなしさん」



 敷地内を竹箒を持って掃除をしている、着物を着た綺麗な和風美女が、僕達を迎え入れた。



「あ……アレがあってから、何をしても連絡がなかったから」

「すみません。あの時は……色々と直接話したくて」

「……良いの。謝らないで。貴女がこれから私達を頼ってくれるならそれで…」



 高梨さんが、七原との会話を終わらせれると、俺と目が合った。



「アレ? 君は午前中の?」



 高梨さんと呼ばれる、その女性が俺の方を見て声を上げた。


 そう。その人は今日、俺が面接を受けに行って、アニメの話で盛り上がった面接官だった。



 ***



「ゆ、ユウ!? 私が知らない間にそんな事してたの!?」

「そ、そんなに怒らないで下さい……」

「怒るに決まってるでしょ!? 死のうとしたなんて………」

「ご、ごめんなさい……」

「…はぁ……まぁ、生きてるなら良いわ。でも、何か追い詰められた時、問題があった時は今度こそ私に相談して。いい?」

「はい…」



 モデル事務所『BLUE PLANET』に入った俺達は、事務室にてお叱りを受けていた。いや、俺だけはその怒られている七原の隣で、出された茶を啜っていた。


 いやー……さっきから俺が此処に居る意味ってあるのか? ……アレ? 七原って此処が職場なんだよな? 此処が職場って事はもしかしてーー



「九条君、だったわよね?」

「あ、はい」



 頭の中の整理を行なっていると、高梨さんが話しかけて来る。そして、座っていた俺の両手を強く握った。



「ユウを助けてくれて、本当に…本当にありがとう!」



 高梨さんは、俺の目を見て言った。

 よく見れば高梨さんの目尻には涙が溜まっている。


 高梨さんは、七原の事を怒っているというよりは心配していたというのが1番だったんだろうと思った。怒っているなら、人に感謝を言う時ここまで手に力は入らないだろうから。



「いえ、偶々ですので」

「……ふふっ、謙虚なのね」



 わ、笑われた……。



「そんな事よりも高梨さん! 聞いて下さい!!」



 さっきまで隣でシュンっとしてた七原が、立ち上がって言った。



「あ、あら? どうしたの? ユウが大きな声を上げるなんて珍しい」

「九条さんを、私のマネージャーにして下さい!」

「……へ? 九条君をユウのマネージャーに?」



 ……マネージャー?



「ち、ちょっと待って下さい。七原のマネージャー? コイツは何をやってるんですか?」



 聞くと、ポカンっと高梨さんが此方を見た。



「ユウはモデルよ? 知らない?」



 な、七原がモデル?



 それなら、あのマンション前の人だかり、Pal Blueの前の人だかりも納得は出来る。



「もしかして七原ってめちゃくちゃ有名人なのか…!?」



 俺が七原を見ると、七原はニコッと笑った。



「知らないの? ユウはこの新進気鋭の『BLUE PLANET』の社長令嬢兼エース。TVとかCMに時々出てるんだけど、知らない?」



 し、知りませんでした……俺、TVとか見てなかったんで……。

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