2-3 七原ユウという人間

「っはぁ……」



 俺はスーツ姿で、マンション近くのコンビニ前で煙草の煙を吐いた。



「疲れた…いや、流石に何もかも急過ぎたな」



 俺は昨日アレから1人でキッチンの片付けを行い、それから履歴書も要らない、速攻面接出来ると言う所に面接に行っていた。


 今日は疲れたし? 明後日から頑張るかっと思った俺だったが、ある事が俺を就活頑張りマンへと変身させた。



 それはパソコンでの投資。それが少し損しているのが分かったからである。


 急がば回れというやつで、俺は急遽簡単そうで給料もそこそこのモデル事務所の仕事の面接を受けてきたのだが……



「あまり手応えは無さそうだなぁ…」



 雲一つない、果てしなく続く青空を見上げながら、俺は呟いた。

 一人暮らしをし始めてからは全然TVを見ていない。そんな俺は、面接官とまともにモデルの仕事について話をする事が出来ない陰キャへと早変わり。


 まぁ、偶々アニメ好きな面接官と話に花を咲かせたぐらいで、後は全然……




「はぁ……マジで煙になりてぇ〜っ」



 そんな弱音を吐いているとーー。



「また何か嫌な事でもあったんですか?」

「……お前は何処にでも出現するな」



 またまたお隣さんである銀髪片付け出来ない残念系美女、七原が俺の目の前に現れる。



 ストーカーか。ストーカーなのか。



「そんな事ありませんよ。偶々買い物に行く途中に九条さんがいらっしゃるんです」



 七原は俺の心の声でさえ悟っているかの様に、口元を隠しながら応えた。

 まぁ、マンションの近くではあるし、会うには会うのか。



「九条さんはこれから何処かに行かれるんですか? とても服装がキッチリされていますけど?」

「ふぅーっ……ん? あぁ、これは少し仕事の面接に行ってきただけだ。後は帰るだけ」



 そして帰ったら、取り敢えず投資を取り下げるつもりではある。



「そうなんですね! でしたら折角なのでこれから私とお買い物に行きませんか?」



 七原が笑顔で問い掛けてくる。

 ハッキリ言えば魅力的なお誘いではあるが、今の七原の服装を見ると行く気が失せる。


 サングラスにマスク、ブランド物の白のワンピースにカーディガンを羽織っている。見るからに何処かの若奥様の様なマダム感を感じる。


 決して、これが嫌という訳では無い。

 だが、この者の隣を歩くには俺とのレベル差があり過ぎるというのが問題なのだ。



 これだと絶対注目されるよなぁ…? 下手したらパパ活だって誤解されなくもないよな? いやー…どうしたもんか……。



「やっぱり私なんて…

「買い物早く行こうか!?」

「はい!!」



 はぁ……これじゃあ俺はいつまで経っても断れない気がする。






「で? 何を買いに行くんだ?」



 暫くして、俺は煙草の火を消すと七原へ聞いた。



「少し服を見に行きたくて」

「服、か」



 それに俺は少し戸惑いながら呟いた。


 ハッキリ言う。俺にはファッションセンスという物が皆無らしいのだ。元カノにも、私が選んだ奴しか着てはダメと言われており、自分自身「これとこれどっちが良い?」 なんて言われた日には絶望でしかない。


 そんな俺が服を見に行くなんて…しかも"美女と一緒に"。



「憂鬱だ」

「えっ……本当に嫌なら行かなくても良いですよ? ただ私がどうなるか分かりませんけど……」

「そんな事言われて、行かない訳にも行かないだろ」



 ただ俺が恥をかくだけ。コイツの命と比べれば安いもんだ。




 ーーと、何故こんなにコイツのお世話をしなければならないのか分からないが。



「楽しんで行きましょう!」



 そんな俺を気にする事なく、七原はルンルンと見た目の服装からは感じられない、明るい、華やかなオーラを放ちながら先へと進んで行くのだった。





「着きました」

「……」



 俺はそれを見て、目を点にした。


 着いた場所は世界的にも有名な高級ブランド店『Pal Blue』。

 販売される多くの服装には深いサファイアを彷彿とさせる色をした、黒く人の心底をくすぶる様な青色が多く取り込まれており、その服には多くのファンが付いている。

 それは多くの男性、そしてそれ以上の多くの女性を魅了していると噂の新星ブランド店の筈だ。


 なのにーー。



「……本当に此処に入るのか?」

「? はい」



 何を言ってるんですか? って顔をするな。俺は今世紀最大の?が頭の上に生まれているんだぞ。


 と、口に出そうかと思ったが、口に出したらまた七原のネガティブが発動しかねないのでその言葉を飲み込み、七原へと話し掛ける。



「金は? ちゃんと持って来てるのか?」

「はい、まぁ、それなりには持ってきていますよ」

「ほう? なら、高級ブランド店に入る時の作法はちゃんと覚えてきたのか?」

「え! そんなのあるんですか!?」

「実はあるんだよ。此処での買い物はそれを練習してからでも遅くはないんじゃないか?」

「んー…でも此処には何回も入っているので大丈夫だと思います!」



 ちっ!! ダメか!! どうにか言いくるめられると思ったんだが!!



「ねぇ、アレって…」



 …ん?



「うん、似てるよね…」

「だよね! やっぱりあの人…」



 アレやこれやと店の前で言い合っていると、何故か周りが騒がしくなっている事に俺は気づいた。それに気づいたのか、七原も周りを見てハッとした表情を浮かべると、何故か直ぐに俺の腕を掴んだ。



「ほ、ほら! 早く入りましょう!」

「え、おい! 待てって! まだ心の準備が……!」



 七原はそこから逃げる様に、俺はそれに嫌がりながら引き摺られる様にPal Blueへ入店するのだった。

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