2-2 七原ユウという人間

「お待たせしました! 七原家特製ボルシチです!」

「おー!」



 俺はそれを見て思わず声を上げてしまった。

 野菜や肉がゴロゴロ入っていて、真っ赤なスープ。鼻の奥を美味しそうな匂いが刺激する。



「初めて食べるな」

「! そうなんですか? では…九条さんの"初めて"を私が貰うんですね♡」

「ん? まぁ、言い方が気になるがそうなるな」



 うん。それ以外にも、サラダとパンも美味い。野菜も新鮮なのかシャキシャキで、パンも外カリ中モチで食べ応えがある。



「そこらの飲食店よりも美味しいな」

「言い過ぎですよ」



 そう否定する七原は、嬉しさを隠し切れていない様子だ。



「パンは一応私が作った物なんですよ?」

「! これ七原が作ったのか!?」



 容姿が整っていて? 料理も美味くて? おとしやかな仕草で?

 どこの完璧超人でしょうか?



「良かったら何回か作って持ってきますよ」

「え! いや、それは流石に申し訳ないぞ」



 俺は疑問を押し殺すと、すぐ様に要らない差しを伝える。



 しかしーー



「いえ、九条さんは私の命の恩人なので」



 ……まぁ、それを言われたらしょうがない。これだけで感謝が伝え切れてないって言うなら貰ってやらん事もない。

 それに美人と話せるって言うのも、楽しみになるし。



「じゃあ、いただくよ」

「!! は、はいぃぃ」



 俺が言うと彼女は頰を緩ませ、何処か呆けた様な表情を浮かべた。

 そんなに嬉しかったのか…? いや、感謝の方法が得意な料理で良かったと安心したのか?


 その表情に少し疑問に思ったが、俺は食事を食べ進めるのだった。



 ***



「はぁ〜…ご馳走様」

「はい、お粗末様でした」



 俺はソファで天女を見上げながら呟く。

 アレを食べれていた彼氏の事を考えれば、羨ましい。俺が女子の手料理を食べた時と言えば、元カノとのバレンタインぐらい。


 だけど、七原ならいつでも作ってくれそうだ。


 まぁ、今更あの元カノの事を考えても虚しくなるだけだ。



 七原は今、洗い物をしてくれている。


 さっきは「やります!」と志願してくれたので頼んだが、どうも罪悪感が込み上げてくる。料理した後の洗い物なんて、自炊をしてれば誰でも通る道ではあるが、超絶面倒くさい。



「流石に少しは手伝うか……」



 皿を洗う係、拭く係が居れば効率も良いしな。


 俺は少し伸びをしながら、キッチンへと向かうのだった。



 ***



「え"」



 そして、俺がキッチンへと行くと、そこは今までに見たことの無い物が広がっていた。


 俺が此処に住み始めてから、まぁ、ほぼ使った事のない新品と言える程の鍋が黒く焦げ付いている。包丁も、綺麗なまな板に突き刺さっている。


 まぁ、簡単に言えば、きったねぇキッチンが広がっていた。



「何でこんな惨状に…ってか、アイツは何処に行った?」



 この現場を荒らしたであろう犯人が居ない……玄関には靴がある。つまりは、他にいる場所は1つしかない。



 コンコンコンッ 



「おい、七原トイレか? このキッチンどうなってるんだ?」



 このマンションでは玄関からすぐにトイレ・洗濯機付きのバスルーム、その後にキッチンがある。

 つまりは、ここに居なければおかしいのだ。



 俺が問い掛けると、同時に中から『ガサゴソッ』と物音が鳴る。



「あ、別に怒ってる訳とかじゃない。急がなくても良いぞ」



 流石の俺もそこまで鬼畜ではないのでそう言うが、七原はお腹を抑えながらすぐにそこから出て来た。



「す、すみません。急にお腹が痛くなっちゃって……」

「あー、いや、良いんだ。悪いな、急がせたみたいで」



 本当に……これだから彼女にフラれるんだ。デリカシーという物を持たなければ。


 そう思っていた俺ではあったが、ある事に気づく。



「あー……その、なんだ。それって流さなくて良いのか?」



 俺は何の言い換えもせずに問い掛けた。

 出て来た時、水の流れる音が聞こえてこなかったし。腹が痛いって言っている。つまり…大である事は間違いないだろう。



「流す……? 何で…」



 しかし、七原の反応はイマイチであった。



「え? 何で?」

「え、あっ! そ、そうですね!! 流します!! 先にキッチンの方へ行ってて下さい!!」



 俺はそう背中を押され、キッチンの方へ足を数歩進めた。

 そして七原は、すぐにトイレの方へ戻って行ったが…少し洗濯物の置いた方に行く様にも見えて俺は違和感を感じた。



 ジャアアァアアアアァァッ



 ーーが、すぐにトイレの水の流れる音が聞こえて来て俺はキッチンへと改めて向かった。



 そして数十秒後、俺を追いかける様に早足で七原がキッチンへと来ると、深く頭を下げて謝られた。七原はどうやら昔から片付けが苦手らしい。


 なら何故俺の部屋のキッチンでやったんだ? どうせこうなるの分かってたからだろ?



「…やっぱり……私って死んだ方が……」

「い、いや、大丈夫だから。取り敢えず今日は帰ってろ」



 これ以上何か言ったなら本当に死にかねない。そう思った俺は、キッチンの片付けを1人で行った。


 この世に完璧超人なんて居ない。



 俺は七原ユウをそう再認識するのだった。

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