6-9 “友達クエスト”最凶の裏技
“友達クエスト”はその仕様上、絶対に回避不可能なウィルス攻撃が存在する。
*
「ちょ、無理――! コントロールがっ……空中で剣なんて無理!」
「大丈夫です深瀬さん、そのまままっすぐ進んでぶつかるだけです!」
「あたし運動苦手なの分かるでしょう!?」
飛び上がった深瀬さんがあわあわしながら、打ち上げられたロケットのように敵へと突撃していた。
彼女は慌てているけれど、でも軌道はキマイラへと一直線だ。問題無い。
キマイラが、こちらに気付いた。
馬、犬、獅子の顔がこちらを睨み、飛び込んでくる深瀬さん目掛けて雷炎を放つ。
僕は手を翳して空中に狙いを定め、防御魔法【プロテクション】を発動。深瀬さんをシールドで守る。
魔法攻撃ダメージそのものの軽減効果は薄いけど、それでも雷炎の衝撃を緩和し、空中への加速度を保つ役に立つ。
キマイラの三つの首と六つの瞳が、ぎょろりと輝いた。
迫る深瀬さんを危険と認識。四対の翼を大きく広げ――後方に退避するべく、はためかせる。
それは正しい選択だった。
深瀬さんの空中攻撃は、爆発を利用した一発勝負だ。
その一撃さえスカせば、敵は自由落下し無防備状態となった彼女を煮るなり焼くなり好きにできるだろう。
キマイラは、一回、ただ一回きりの回避を成功させれば勝利が確定する。
容易い回避のはず。
けど、その回避行動に、僕は――システム面から、割り込む。
僕らがいま挑戦しているのは、普通のRPGではない。
“友達クエスト”だ。
そのゲームにおいて最も大切なことは、ステータスを向上させることでも、レアアイテムを収集することでもない。
豪華な建築物を建てることでもなければ、魔王を倒すことでもなく、試験をクリアすることですらない。
たった一つ、シンプルなまでに、友達を作ることであり――
そのためのフレンド登録は、如何なるシステムよりも優先される。
そして友達になるためのフレンド申請は、本ゲーム中あらゆるプレイヤーに対して適応できる。
――相手が、敵プレイヤーであっても、だ。
つまり。
【蒼井空さんが、――――――さんにフレンド申請を行いました】
送信した途端、びくん!? と合成獣キマイラの顔が跳ねた。
静止モーションを確認した僕は、続けざまに、執拗にフレンド登録申請を乱打する。
【蒼井空さんが、――――――さんにフレンド申請を行いました】
【蒼井空さんが、――――――さんにフレンド申請を行いました】
【蒼井空さんが、――――――さんにフレンド申請を行いました】
相手の名前はマスクされていて表示されないが、それでも今ごろ、相手の画面にはでかでかとフレンド申請メッセージが届いていることだろう。
そして友クエの仕様上、フレンド申請画面はアイテム画面や魔法使用ウィンドウ、ステータスウィンドウを初めとしたあらゆる表示を無視して、必ず一番上に表示される。
すると、どうなるか?
相手がどうやってキマイラを操作してるかは不明だけど……
雷炎に風に毒、と数多の攻撃を併用してる間にしつこく【友達になりますか?】【友達になりますか?】と、嫌がらせのように表示されまくる多重ウィンドウ。
そのうえ、もし相手が間違って【はい】を選択してしまったら、僕と相手はフレンド登録されてしまい――
フレンドには攻撃できない本ゲームの仕様上、敵は、僕等を倒すことが出来なくなる、という悪質な二択技だ。
というか普通に考えて……
僕らに嫌がらせをしてる敵が、フレンド登録なんかしたくないに決まっている。
結果――合成獣キマイラは、完全に硬直した。
人間の処理速度では追いつかないウィンドウ表示に埋め尽くされ、敵の視界が真っ赤に染まる。
そこに、
「もらった―――!」
深瀬さんの刃が、届いた。
魔獣の下、ライオンの腹部から背中の翼へ貫くように、黒い剣が突き抜けた。
僕の耳にまで届きそうなクリティカルヒット音と共に、魔獣キマイラが絶命の咆哮をあげる。
手をもがき翼をばたつかせ、ゴオオ、と唸るような遠吠えを鳴らす間にも、頭上に表示されたHPゲージが火花を散らして一気に減少。
緑の表示が、完全にゼロへと押しやられ――僕らは勝利を確信して――
ぶつっ、と音を立てて、画面がブラックアウトした。
全ての感覚が途絶え、世界が暗黒に包まれる。
キマイラの姿も、深瀬さんの姿も見当たらない。
ただうっすらと、ヘッドセット越しに僕のちいさな1DKが見渡せるのみだ。
……もちろん、この現象が何かを、僕はきちんと理解していた。
ヘッドセットを外し、パソコン画面に目を向ける。
【ゲームサーバー内でエラーが発生しました
強制ログアウトされました
しばらく後で再度お試しください】
こうして、僕らは敗北した。
もちろん、予定通りに。
だから僕は、ヘッドセットを外して、呟く。
いまも緊張と興奮の名残から、心臓がどくどくと高鳴っていた。
途中から中間試験だとかいう意識もなく、ただただ、彼女と一緒に勝ちたいという一心で戦った。
突然行動を変え、目まぐるしく進化する怪物。
深瀬さんが突然切り札を取り出し、僕も頭を回転させ、その場限りで相当な無茶をしたけど――
けど、そのお陰で。
「勝った……!」
心地良い疲労感を覚えながら、ちいさな室内でぐっと拳を伸ばし、息をつく。
本当に久しぶりに、気持ちを抑えず、ただただ楽しいことに真っ直ぐにぶつかることが出来た気がした。
心地良い疲労と爽快感を覚えつつ、その時の僕が思った事は、たった一つ。
とっっっても、楽しかった……!
「いやまあ、二回目は勘弁だけど……!」
ふぅ、と息をつきつつ、僕はそのまま椅子にもたれかかり、一人ゆっくりと勝利の余韻に浸るのだった。
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