6-8 食べ合わせが悪そうなハッピーセットね!


 その怪物はもう、グリフォンとは似ても似つかない形状をしていた。


 ライオンの胴より生えた三つ首は、それぞれ馬、犬、獅子の姿を象っている。

 地獄の番犬ケルベロスを模してるが、馬の頭には一角獣のような角が鋭く天を貫いているし、犬の口元にはちろちろと炎がちらついていた。

 二対の翼もいつの間にか四枚に増えてるし、尻尾にも蛇のような顔がついてこちらを威嚇していた。


 元ネタは、合成獣キマイラだろうか?


「……ユニコーン=グリフォン=ケルベロス=キマイラ四点セット、かな」

「ず、ずいぶん食べ合わせが悪そうなハッピーセットね」

「確かに僕も、セット注文してバーガーが四種出てきたら困るなぁ」


 冗談めいて言うが、本当に困った。

 前回戦ったガーゴイルも突然首が伸びたけど、この比ではなかったな――っていうか何でもアリすぎない?


 と、敵を観察して、気付く。


「あ。でも何でもありって訳じゃないみたいだね。HPゲージは減ったままだ」


 新生グリフォン――合成獣キマイラの頭上に表示されたHPゲージは一割のまま。

 なら、逆転の目がない訳じゃない。

 深瀬さんの剣をあと一発撃ち込めれば、僕らにも勝機がある。


 と、頭上を見上げていたら怪物の口が開いた。


 獅子と犬の口から、ファイアボールのような炎弾の雨が。

 白馬の角からは雷鳴が轟き、その翼は風の刃を巻き起こし、尻尾の蛇からは紫色の弾丸が放たれる――


「って蒼井君なんか数多くない!?」

「うわ。僕らの魔法防御は高いけど、これは……」

「ていうか、毒まで降ってきたわ!」

「尻尾の蛇の毒だ! きっつ……!」


 弾幕のように降り注ぐ、魔法攻撃の物量押し。

 僕の脇で風がうなり炎が着弾し爆発。顔を上げれば稲妻が輝き、僕の身体に直撃する。魔法防御が高いためほぼ無害だが、さすがに数が多い。

 そしてその雷エフェクトに混じり、追加で降り注ぐ毒の雨がいやらしい。僕らは今回、毒対策まで手を回していない。


 途端に僕と深瀬さんの頭上に毒状態表示が提示され、身体が重たくなる。

 思わず腕を上げてガードするけど、このままでは……!


「深瀬さん、毒もきついけど頭上に気をつけて! 油断して突進攻撃喰らったらアウトだから!」

「分かってるけど、このままだとジリ貧よ!」


 深瀬さんの言うとおり。しかも毒ダメージによる劣勢だけが理由ではない。

 敵はまだ急激な形態変化に慣れてないらしく、手当たり次第に魔法攻撃を行っているだけだけど……相手が冷静になればなるほど、僕らは不利になるだろう。


 ――なら。

 今のうちに、勝負を決めるしかない。


「深瀬さん、相談なんですけど。もう一回、空飛んでみませんか?」

「へ?」

「四人迷宮の応用です。あのときガーゴイルの頭目掛けて飛んだように、もう一度空を飛んで剣を刺せれば、と」


 本当は僕が【拒絶の剣】を使えれば良かったのだけど、僕はクラスメイト達とフレンド登録をしている。

 彼女に任せるしかない。


「でも、あの時はパパとママがいたから飛べたんじゃないの!?」

「【爆炎弾】は火力が高いので、あの時より高く飛べます。まず僕が深瀬さんに防御魔法をかけつつ足元で【爆炎弾】を起爆して飛び、空中でさらに深瀬さんが自爆すればギリ届くかと」

「さらっと無茶言ってない!? ていうか蒼井君、いくら相手が混乱してても、正面から突っ込んだらさすがに気付かれるわ。空中だと【ドッペルゲンガー】みたいな小細工も使えないし」

「そこは、僕が一瞬だけ、相手の動きを止めます」

「どうやって!?」


 空にいる相手に、声は届かない。

 閃光のような絡め手も、二度目は通じないだろう。

 そのうえ僕自身は空を飛べないという状況下で、相手を100%動揺させる方法――


 僕は深瀬さんに耳打ちした。

 彼女は「はぁ?」と間の抜けた声をあげ、苦い顔をする。


「え、えぇ……?」

「上手くいく可能性はまあ、半々くらいだと思うけど」

「……けどその方法なら、あたしなら確実に動きが止まるわ。っていうか死ぬほどびっくりするけど……」


 んぐぐ、と彼女は一瞬悩み、眉を寄せたけど、すぐに剣を握りしめた。


「乗ったわ。それしか方法ないし!」

「ええ。まあ負けた時はもう仕方無いと思いつつ、でも、勝てるよう頑張りましょう」

「ええ!」


 そうして僕らは再び、合成獣キマイラへと向き直る。


 気づけた緊張から零れていた汗を拭い、ふっ、と息をつく。

 大丈夫。

 勝てる。上手くやれば、ちゃんと勝てる。


 というより、僕だってここまで来たら、勝ちたい――


 降り注ぐ炎と雷、氷と風をかいくぐりながら、深瀬さんの背中にそっと触れる。

 防御魔法を展開しつつ、ごめんなさいと謝りながら足下に【爆炎弾】をセット。


 深瀬さんが【拒絶の剣】をしっかり握り、僕らは手順を再確認する。

 彼女の足下で、僕が起爆。飛び上がった深瀬さんが空中で自爆するための爆弾を、さらに背中にセット。

 一応HP計算をし、僕の起爆と自爆を含んでも魔法防御のおかげで深瀬さんが死亡しないことを確認した上で、よし、とお互いもう一度空を見上げ――


 点火。


 起爆の合図とともに、彼女が飛んだ。


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