6-7 煽り耐性は低かったようね!


 一瞬、目を疑った。

 本来なら十人がかりで二割削るのに10分かかるHPゲージが、一瞬で消し飛んだ。


 グリフォンも驚いたのか、翼をはためかせおののくように空中へ待避。

 よほど動揺したのか、雷攻撃【ゼクスサンダー】を意味もなく放ってくるが、僕らにとってはそよ風のようなものだ。


 その雷を払いつつ、深瀬さんに近づく。


「……その剣が、切り札?」

「ええ。ぼっち専用武器、その名も【拒絶の剣】! 攻撃力は――2000!」

「2000!?」

「まあ剣士の技とか使えないから、素振りしかできないけど」


 恥ずかしそうに宣言する深瀬さんだけど、攻撃力2000はすごい。

 【爆炎弾】一発の威力が100程度なことを考えれば、一撃で20発分である。


 ――って、そんな武器が普通に使えるはずないよね!?


「それ、デメリット本当に大丈夫? 敵の攻撃喰らったら即死とか、やられたらセーブデータが消えるとか」

「ないわよ」

「運営にアカウント凍結されるものとか……あのね深瀬さん、ネトゲのデータ改竄は著作権法違反に引っかかるから、今なら大丈夫だから警察いく?」

「ちゃんとゲーム内で正規に拾ったアイテムよ! っていうかこの剣、攻撃力の算出が特殊なの。ほら見て?」


 と、彼女が僕にアイテムウィンドウの説明欄を見せてくれた。



【拒絶の剣 攻撃力=2000÷(フレンド登録数^10)】



 フレンド登録数の10乗――フレンド数が5人だと、2000÷(5^10)=攻撃力0.0002。

 仮にフレンド登録数が二人でも、2000÷(2^10=1024)=攻撃力1.95だ。

 ただし、フレンド登録者が一人の時に限り、攻撃力2000の恩恵をそのまま受けられる、チート武器である。


「フレンド数がゼロだと、エラーが出て装備できないんだけどね」


 ふふん、と自慢げに黒剣を掲げる彼女を見つつ、幾つかの疑問と推測が浮かぶ。


 何故そんな武器が、友クエに存在するのだろう?

 ゲームコンセプトと真逆の武器が、仕様として存在するのは不自然だ、とも思ったけど――


 考えるのは後にしよう。


「これなら、行けるかも。深瀬さん。ここからは短期決戦で仕留めましょう。相手が動揺してる間に、ね」

「ええ! 一点攻勢よ!あと友達になった覚えはないから!」


 深瀬さんが再三繰り返す忠告に笑っていると、タイミングを見計らったように、グリフォンが翼を広げた。

 上空から【ウィンドストーム】や【ファイアボール】、落雷攻撃【ゼクスサンダー】を執拗に撃ってくるが、今さらそんな攻撃は通用しない。おそらく直接攻撃の機会をうかがっているのだろう。


 僕らはそれをいなし、相手を見上げる。


 ……が、グリフォンはひたすら魔法攻撃を繰り返すのみ。

 お得意の近接戦を仕掛けてこない。


「ん……?」

「降りてこないわね」


 おや?

 これは、もしかして……


 敵さん、びびっているのでは?

 降りてくると深瀬さんの剣にぶった切られ、膨大なHP損傷を負うリスクに、手が出せない?


 ――そんな”びびり待ち”の状況を、僕らが律儀に待ってあげる必要もない。


「深瀬さん、スキル【挑発】仕掛けましょうか」

「え。そんなスキル、持ってないわよ?」

「グリフォンをよく見て下さい。あのボスは本来なら十人以上で倒す敵で、膨大なHPと攻撃力があって、しかも少人数プレイヤーを確殺する必殺技まであります。けど、今こうして僕らにボコられてますよね。正直どうかなって……」


 ――こういう時、僕って性格悪いよなぁと思う。

 まあ深瀬さん相手じゃなきゃ、こんなこと言えないけど。


 深瀬さんは「ああ!」と手を叩き、マイクのボリュームをやたら上げて笑い出した。


「そうよね蒼井君。あたし達いま、超強いボスと戦ってるのよね。超高いHPと、一発で九割くらいダメージを受ける打撃持ってて必殺技まであって、しかも”中の人”が操ってて、あたし達が勝てる見込みなんてない……え? なのに相手がびびってる? うっそぉー」


 くつくつ嫌味に笑いつつ、コロシアムフィールド全体に響く大声で喋る深瀬さん。

 実に様になっている。

 僕が言うのもなんだけど、彼女だってそれなりに性格がねじ曲がっているのである。


「あーでもいるわよねー、オンラインゲーでも素人や初心者相手に強キャラ使ってイキりまくるのに、強い相手になると途端にチキンになるやつ。ホントは自分が弱いって知ってるのにプライドが高くて、それを言い出せなくて初心者グループの所ばっか入って偉そうにした挙句、上級者が入ってくるとマウント取れずに逃げ……いやあたしのことじゃないけど! 違うけどっ」


 一瞬セルフ突っ込みが入ったけど。

 それでも深瀬さんは生意気真っ盛りみたいな顔で、にやにやしつつリアル【挑発】スキルを発動。


「まあでも? 普通ボスキャラ使って負ける人なんておりゅ? 素人がチートキャラ使ってイキろうとしたら逆にボコられるって、誰が見ても性能差じゃなく”中の人”が素人ってことよね、うっわー恥ずかし――」


 がくん、とグリフォンの姿勢が前傾した。

 その赤い嘴を深瀬さんへ向け、飛行機が突っ込んでくるような速度で急降下。


 爪攻撃ですらない、顔面から突っ込む神風アタックだ。

 その急激な速度に深瀬さんは反応できず、固まったまま空を見上げ――


「どうやら【煽り耐性】も足りなかったようね!」


 叫んだ直後、深瀬さん――の分身が、すっと姿を消した。

 グリフォンがぎょっとする。


 彼女が挑発を仕掛けた合間に、密かにダイレクトメールで深瀬さんに【ドッペルゲンガー】発動を僕が指示。

 彼女がこっそり術を発動し、本人はその間に僕の背中へと移動していたのだ。


 攻撃対象を見失ったグリフォンが、地表スレスレで着地。

 そこに深瀬さんが飛びかかり【拒絶の剣】を振り下ろす。


 ギョエエ、という悲鳴とともにグリフォンのHPが二割消し飛び、さらに追撃。

 がん! がん!

 と鉱物を掘るようにぶったたくだけで面白いようにHPゲージが溶け、その間に僕も追撃の【爆炎弾】を投げつける。



 よし。あと一歩――

 とさらに踏み込んだものの、グリフォンが再び風を巻き起こし、垂直に飛び上がった。


「くっ……!」


 残念。さすがに一気にゼロには持って行けなかった。

 けど、残り一割!

 あと一度隙を作れば、確実に倒せる……!


「「あと一歩!」」


 と、僕らがお互いに勝利を確信したとき。


 グリフォンが落雷魔法【ゼクスサンダー】を再び放った。


 もちろん、今さらそんな攻撃が僕らに通じるはずもない。

 が、雷雲より現われた六連撃の雷は僕らではなく、グリフォン自身に突き刺さる。


「「へ?」」


 空中で、グリフォン自身が雷撃により爆発。

 炎とともに黒い煙が巻き起こり、もくもくと吹き上がる煙が、その巨体を完全に覆い尽くしてしまう。


「え。なに?」

「自爆……いや、目くらまし? けど、それにしても」


 目を凝らす僕らの前で、ゆっくりと煙が晴れ。

 その中からまず見えたのは――よだれを垂らす、犬の頭だ。


 続けて、獅子の頭。

 そして角を持つ馬の頭……さらにはライオンの胴体に、尻尾についた唸る蛇――


「「……は?」」


 僕らの理解が及ばないなか、先程までグリフォンだったはずの怪物が、三つ顔の咆哮をあげた。


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