6-2 友達クエストの少数派(下)


 僕が中学生の頃、クラスで悲しい出来事があった。

 ある女子生徒が、事故で母親を亡くしてしまったのだ。


 その女子はとても気丈な性格で、喪に服したのちクラスに復帰しても笑顔で僕らに接してくれた。

 僕らは彼女が元気になったのだと思った。

 けど、何かキッカケがあったのだろう。

 ある授業の最中、彼女は不意に思いだし、泣き出してしまった。


 その時の僕はクラス委員長として、彼女を保健室に案内し、授業中の空気を乱さないことを考えた――

 けど、それより早く。

 彼女の友達が寄り添い、彼女の手をつかみ、一緒に泣いてあげたのだ。


 授業は混乱した。先生も戸惑った。クラスの皆も困惑していた。

 けどその時の彼女にとっては、周囲の目を憚らず大泣きすることが大事だった。理屈ではなく真実だった。

 そして彼女の友人もその意を酌み、寄り添って涙していた姿を、僕はよく覚えている。



 ――本当の友達、というのは、たぶん。

 相手が本当に危なくなった時、周囲を省みずに手を差し伸べられる人だと、思う。

 僕には無理だ。


*


「その……確かに、友達が多いに越したことはありませんけど……でも、友達の質、っていう言い方はあれですけど、ヤバイ時には必ず助けてくれる、大事な一人が必要、っていう考え方もいいなと思うんです」


 僕は昔のことを思い出しながら、黒服さんに説明をする。

 ふむ、と考える黒服さん。


「ただフレンド登録をするゲーム、では真の友情は芽生えないと?」

「形から入るのはいいと思います。学校のレクリエーションもそうですし、最初は強制でもそこから仲良くなった、って人もいると思いますし」


 僕は友達クエストの考え方そのものは、嫌いではない。

 ゲームを通じて友人を増やそう、それを学校の政策にしよう、って発想はぶっ飛んでるけど面白いと思う。けど。


「要するに、友達って数だけじゃなくて……少人数でもホントに大切な友達が、一人、二人いるだけでいい、って人もいると思います」


 沢山のフレンドと共にクリアするのは、正攻法だし皆で仲良く出来て良いことだろう。

 けど、たった一人の友人と知恵を絞り合って、クリアしたり。

 或いはソロ活動で限界まで粘ってクリアすることにだって、価値はあるんじゃないだろうか?


「なのでまあ、人間関係が小さくてもいい、少数派も認めて欲しいな、と……別に、みんなと仲良くするのは否定しません。ただ友達を”沢山”って押しつけるのはしないで欲しい、というか」


 友達ゼロは、困るかもしれないけど――

 数は少なくても本当に大事な人とだけ、深く仲良くするのは、悪いことだろうか?


 ……が、黒服さんは不機嫌そうにやれやれと首を振る。


「数多の友人との交流こそが人生をより良く彩る、それが本ゲームの方針だ。第一、君のように狭い人間関係にだけしか理解のない人間では、成績も伸びないだろう?」

「僕去年、体育以外オール5で学年成績一位でしたけど」

「ぐぬっ……が、学校の成績だけ優秀でも、体育祭や文化祭はどうだ? 勉学に明け暮れて交流を疎かに――」

「僕去年も今年もクラス委員長を引き受けて、去年は文化祭実行委員も掛け持ちしましたけど……あ、今年は生徒会に入りませんかって言われたんですけど、そこまでは荷が重いかなーって」

「なんで一々ハイスペックなんだね君は!? クラス委員長で成績もよくて教師の評判もよく友達もいる男が、どうして友達いない相手の肩を全力で持っているんだっ……!」


 ぐぬぬ、と頭を掻き始める黒服さん。だんだん威厳がなくなってきた。


 あと事実を話しただけなのになぜか怒られてしまった……。

 ていうか僕、前から思っていたのだけど――


「あの。……そもそも友クエの設定って、ちょっとガバガバじゃないです?」

「は?」

「や、その……」


 言っても良いのだろうか。

 普段いい子ちゃんを装ってる僕としては、あまり火種になる会話をするべきではないと思う。


 思う、けど……


 一介の”友達クエスト”プレイヤーとして、運営にクレームをつけフィードバックを貰うことは、悪いことではないはずだ。

 これも友達クエストを、より良い形にアップデートするため……


 ――という建前で、口にしたい。

 一言、このゲームにもの申したい。


「このゲーム、基本の仕組みが”フレンドを集めて物理で殴ればいい”じゃないですか。これ、その気になれば友達料を払ってフレンド登録できますよね。他にも、友達だからお前素材集めてこい、とかも出来ますし。要は、友達の”数”を重視しすぎてるなぁと」

「…………」

「なので改善策として、ゲーム内に貢献度を入れるとか……同じ友達と長時間プレイしたらボーナスが貰えるとか、方法はあると思うんです。最近はAIも発達してますから、AIに行動分析させて評価値を算出させて参考にする、とか」

「…………」

「あとそもそも、友達を作るならゲーム以外の方法もあって……うちのクラスは友クエに積極的ですけど、ゲーム嫌いな人もいると思いますし。他校だと演劇を通じたコミュニケーション授業とか、自己表現を学ぶ授業とかあるみたいですし。なので全生徒”友クエ”推奨よりは、ゲーム以外のジャンルも増やして、その中の一つに”友クエ”を入れる選択授業式にするとか――」


 と、熱弁してると黒服さんが何故かぷるぷる震え始めた。……もしかして、イライラしている?


 ああまあ、よく考えたら彼は政府のお偉い様だし、僕が口にした程度のことは思案済みだろう。

 余計なお世話だったかもしれない。


「すみません。よく考えたら僕みたいな学生が思い付くことくらい、黒服さんも思い付いてますよね。その上で、あえてガバガバな設定にしてるんですよね。余計なお世話で――」

「っ……わ……わたくしの」


 ん? わたくし?

 ていうか今、女の子の声したような――


「わたくしの作ったゲームを、ガバって言うな―――っ! この不敬者! 黙って聞いていれば、わたくしのゲームにあなたみたいな素人学生如きが講釈を垂れるなど何を偉そうに【身体偽装同期エラー発生】【モーションセンサーが外れています】しまっ、あっ」


 黒服さんが叫んだ、直後――


 ザザ、ザ―――ッ!


 会議室の空間映像が乱れ、同時に、黒服さんがフリーズした。

 その黒服さんの胸元に、データ処理中を示す、くるくる回転する矢印マークが出現する。


 ……あれ?

 ”友達クエスト”って確か、ヘッドセットが外れたり通信エラーが起きた場合、自動ログアウトされるはず。

 姿がフリーズすることは無いはず、だけど。


 と、不思議に思っていると、黒服さんの姿が消えた。

 ログアウトでなく、完全に消滅したのだ。


 で、そのまま暫く待っていると、運営からダイレクトメッセージが送信されてきた。


【アンタなんか絶対合格させてやらないんだから!!!】


 というお怒りのメッセージの直後――

 僕の視界が、ブラックアウト。


 どうやら運営により、強制ログアウトさせられたようだった。






 ふぅ、ヘッドセットを外すと担任の先生に「どうだった?」と肩を叩かれた。

 うーん、説明に困るけれど。


「口論の末に喧嘩別れになりました……」

「蒼井がか? 珍しいな」


 まあちょっと、僕も口を滑らせ過ぎたなぁ、とは思う。

 今度話す機会があったら、きちんと謝罪しよう……。


 ――あと、もう一つ。今回の話には大きな収穫があった。


「先生。質問なんですけど……中間試験の合格は、グリフォン退治をする、で良いんですよね? 僕だけ途中に変更になったりしません?」

「もう試験範囲は発表してるし、変更はさすがに無理だろ。つーか蒼井だけ試験問題変えますとか言ったら、それ教育の機会均等なんとやらに引っかかるぞ?」


 それもそうか。

 とすると、黒服さんに「合格させてやらない」と言われても、グリフォン退治が出来れば中間試験は合格らしい。

 ただし……


「先生。グリフォンを討伐できたかどうかって、どう判定してるんですか?」

「運営側のサーバーでデータ管理してるはずだが?」

「じゃあ、試験中にバグで強制ログアウトされた場合は、どうなるんでしょうか」

「それも運営側にログが残ると思うが……」


 ――今回の会話の最後、ひとつ分かったことがある。

 運営側は、僕らプレイヤーを強制ログアウトさせる権限を持っている。


 そのチートすぎる問題をどうにか解決しない限り、中間試験はクリア出来ないということになる。

 さて、どうしたものか……


 と考えつつ、先生にヘッドセットをお返しすると。


「にしても蒼井。お前、なんか楽しそうだな」

「……え?」

「や、なに。先生としちゃあ聞き分けの良い生徒は助かるが、たまには授業サボってバカなことに手を出すのも悪くない、と思ってな。今のお前は、そういう顔してる」


 僕らの担任である野宮先生(三十後半独身)が、面白そうに笑いながら顎をなぞった。


 ……確かに僕は今、割と馬鹿なことをしているな、とは思う。

 普段なら黒服さんの言うことを素直に聞き、深瀬さんを説得してクラスメイト達とフレンド登録を行い、みんなでグリフォンを倒せば良かったはず。

 現実的には、そう難しいことではないだろう。


 それに逆らってまで、二人でクリアしたいなと思ってしまうのは。

 深瀬さんのためでもあり、同時に、言い訳のしようもなく――僕のワガママなのだろうな、と思った。


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