6-1 友達クエストの少数派(上)


 5352名だ、と彼は言った。


「5352名。それが本ゲームのβテスト版、第一期参加プレイヤーの総人数だ。そのうち10名以上のフレンド登録を行っている者が約7割。5名以上の登録者で8割。それ以下が2割――この2割はゲームを放棄、あるいは”四人迷宮”未踏破だ。君達を除いてな」


 男がわざとらしい咳払いをしながら、背景に描かれた窓を見下ろす。

 この部屋もまた“友クエ”世界の何処からしく、眼下には街が広がっている。


「社会的動物である人間にとって、他者とのコミュニケーション能力が重要であることは、君のような学生でも直感的に理解できることだろう。内閣府の発表した、引きこもりの定義を知っているかな? 引きこもりとは一切外出しない者のことではなく、家族を除いた他者との交流を避ける者のことだ。一人でコンビニや散歩にはいけても、他人との積極的な会話は避けるという」


 男はそれから、つらつらと”友達”が存在しないことの弊害を述べた。


 曰く、孤独に苛まれた者や他人との繋がりを恐れる者は、思慮が浅く被害妄想に陥りやすい。

 孤独は心を苛み犯罪の温床となり、そんな人生を変えるものこそ他者との交流である――だとか。


 言いたいことは、まあ分かる。


 僕自身の体感としても、コミュニケーションの大切さくらいは理解している。

 それが人生を充実させる……かは、分からないけど、少なくとも孤独でいることは辛いし、嘘をついてでも仲間に入っていないと色々問題が起きるのは知っている。

 あと一時期、気になって調べたけど――殺人等の破滅的な犯罪を起こす人間の多くに、家庭環境の歪みや、他人との交遊関係に大きな問題が見られるケースがあるのは事実らしい。


 男がうっすらと笑みを浮かべ、僕に手を差し伸べてきた。


「聡明な君なら、私の言いたいことくらい分かるだろう? 友達クエストは友達との交流を深めるためのツールだ。友達と協力して素材をあつめ、装備を加工しボスに挑む。その過程で苦難を乗り越え、友人とともに何かを成し遂げた感動を育む。間違っても、膨大な時間をかけた廃人プレイヤーを生み出すのものではない。……と、理解してるだろうに、サポート役として頼まれた君がフレンド登録を好まないのか、私には疑問で仕方がない」

「んー……」

「場合によっては成績、つまり君の将来に関わる話だ。真面目に答えて欲しい」


 困ったな。結構、真面目に返事をしなくてはダメらしい。

 んー……そうだなぁ。


 ええと。話の前に、前提として――


「まず深瀬さんについてですけど、彼女はきちんとコミュニケーション取れますよ?」

「うん?」

「彼女はただ内弁慶なだけです。初対面の相手にはガチガチに緊張しますけど、慣れるとすごく喋ってくれますし、見てて面白いし楽しいです」


 少なくとも、彼女はまっとうな地球人に分類される。

 ただ不器用で、人慣れしてないだけで――慣れてさえしまえば、僕以外の友達も出来るだろう。

 時間をかければ、きっと。


「ゲームしている時も喜怒哀楽がはっきりしてて、見てて面白いです。怒ったり相手をバカにしたり、時々死んだふりしたり」

「彼女は自宅で熊とでも対面したのかね?」

「でも根は素直な子なので、僕は一緒にいて楽しいっていうか……」


 あれ。なんだか自分でも不思議なくらい、彼女のことを語れてしまった。

 普段の僕なら無難な話にまとめておくのだけど、珍しく舌が乗った。彼女の魅力について。


「実際、僕と彼女は普通にお話できますしね。それに彼女の部屋にお邪魔した時も、彼女の部屋を掃除して洗い物したら、戸惑いながらも、ありがとう、って素直に言ってくれ――」

「掃除? 洗い物? 待て、なんの話だねそれは」

「彼女の部屋、たまたま僕の隣でして」

「は? え? 待て、なんだその情報は!?」


 黒服さんが慌て、空中にウィンドウを出して資料を確認する。


 ……ああそうか。

 この人――”友クエ”ゲーム内での、僕らのログしか追ってないから、リアルの側面を知らないのか。

 そしてお隣さん同士というのは、本当に偶然だったらしい。


 じゃあ、その時の事もきちんと話しておこうっと。


「僕らは偶然、隣の部屋同士でした。それで、彼女の部屋にゴ……可愛いヤモリが出て悲鳴をあげたので、僕が代わりに追い出しに行きました。そのとき彼女の部屋に小説やペットボトルが散らかってるのを見つけたので、折角なのでゴミ出しと洗い物をして、床が見えるくらいまで掃除しまして」

「待て蒼井君。私は友達になれとは言ったが、家政婦になれとは一言も言ってないぞ?」

「あ、無給なのでそこは大丈夫かと」

「政府公認ゲーム関連で無給バイトしましたとかSNSで絶対漏らすなよお前!」


 黒服さんが机をぶっ叩いて怒った。

 言われてみればそうか。サービス残業とか今でも問題になってるし、昔オリンピックでもボランティアが善意の搾取とか言われてたしなぁ。

 政府主導案件って、じつは大変なのかもしれない。


「ああでも、掃除のあとにお礼ってことで、野菜炒め弁当を注文して一緒に美味しく食べたので、お代分は戻ってきたかと」

「お代は幾らだ?」

「二人で千五百円払いました。僕が」

「お前かよ!!!」

「ご飯がインスタント食品ばかりだったんで、野菜食べさせないとなーって」

「違う、そうじゃない……っ!」


 黒服さんがサングラスを押し上げ、眉間に手を当てて悩んでしまった。

 まあ確かに、人から見たらほんのちょっと、過保護かなと思われるかもしれない。けど――


「でも、……そういう関係も、良いんじゃないでしょうか?」


 僕はそこで、話を戻す。


「友達――まあ何をもって友達って言うかは、僕にはわかりませんけれど……友達関係って、相手と自分がお互い心地良くなれれば良いんじゃないかな、って思います。今の話も、確かに僕が掃除をしたりご飯用意しましたけど、でも、僕はなにも貰ってない訳ではなくて。相手が美味しくご飯を食べてくれたり、ありがとう、って言って貰えると、それだけで嬉しいですし」


 そういう関係があっても、良いでしょう?

 いやまあ、それが友達か? と聞かれると分からないけど……。

 それでも僕は素直に、彼女と一緒にいると楽しいと思えるので。


「つまり……彼女はフレンド登録こそしてませんけど、きちんと友達がいる、と言いますか」


 という僕の主張に、はぁ、と黒服さんは呆れたように溜息をついた。


「まあ話は分かった。分からんが、分かったことにする。が――”友達クエスト”の本懐は、多数の他者との適切なコミュニケーション能力の育成、それを通じた人生価値の向上だ。そのためにも、フレンド登録が一人きりというのは趣旨に反する」

「つまり、ちゃんとフレンド登録して、みんなで協力して倒して欲しい、と? んー……時間を置いたらダメですか? 授業の理解度にも、ほら、個人の理解のペースがありますし」

「君は高校生にもなって九九ができない人間に、個人のペースを尊重するかね? 私は年相応の課題はクリアすべきと伝えているだけだが」

「そこをなんとか……」

「ダメだ」

「β版オープン記念ログインボーナスってことで……ソシャゲもほら、新規に優しくしないと過疎りますし、ね?」

「本ゲームは遊びでなく強制課題と言ってるだろうが! というより、君なら幾らでも手はあるだろう!」


 そりゃあまあ、強引にフレンド登録させようと思えば、出来なくもない。

 深瀬さんは根が善人なので、僕が「中間試験のために、クラスメイトとフレンド登録してくれない?」と泣き落として罪悪感につけ込めば、彼女は了承してくれるとは、思う。


 けど、嫌なのだ。

 何が嫌って、僕自身が嫌なのだ。

 友達という価値観を押し付けること自体が、だ。


 ついでに言うと――もちろん将来的には、深瀬さんが他の人とフレンド登録することにはなると思うけど――

 僕としては、彼女とここまで二人でクリアしてきたので、中間試験くらいは僕ら二人で突破してみたい、という欲も、ある。


 そんないくつかの欲が混じりつつも、そう素直には言えないので。

 僕は少々、別方向から攻めることにした。


「あのぉ。そもそもの話なんですけど……友達って、多ければ多い方が、良いんでしょうか?」



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