4-3 可愛い装備を買うのに理由はいらない


 魔法使い&僧侶装備専門店――獅子王さんの自宅は、町外れの森にあった。


 獅子王さんは友クエをあまり攻略してないのか、拠点は木造家屋のボロ屋だ。

 とりあえず立てました、という不格好な木造扉に「そうそう、こういう店ね」と耳元で上機嫌になる深瀬さん。


 ノックすると面倒臭そうに獅子王さんが顔を覗かせた。


「あら委員長。ゲーム内では初めてね。まあ、すぐログアウトするけど」

「じゃあ、手短に用件だけ」


 魔法使いに使えるアクセサリや装備品について尋ねた。

 彼女も初期職業に魔法使いを選択し、かつクラフト系スキル――とくに装備品生成に傾倒してるという事で、幾つか装備品を見せて貰った。


 商品は魔法使いの魔法威力を上げる木製ロッドに、魔力上昇の紫色のローブ。月形のアクセサリなど様々だ。


「攻撃は最大の攻撃ね。蒼井君、とにかく火力系装備買って」


 攻撃は最大の防御。やられる前にやるスタイルを選ぶのは、彼女らしい。

 そして深瀬さんが「あれ見せて、これ見せて」と僕の背中越しに指を指す。子供に玩具を買い与える父親の気分だ。


「蒼井君、いま子供に玩具を買うお父さんみたいとか思わなかった?」

「そんな失礼なこと一切思ってないから大丈夫だよ」


 そう答えた時、ふと――僕の視界に、それ、が飛び込んできた。


 コートハンガーに引っかけられた、暗褐色のローブ。

 パーカーのようなフードがついたその胸元には、星空を渡る龍――”竜”ではなく日本風の”龍”が、星空の海を登るように雄大なイラストが描かれている。

 ”友達クエスト”は西洋風RPGをベースにしてるため、日本風の龍は珍しい、というか……


「獅子王さん。この龍、ローブの模様ですか? ずいぶん綺麗ですけど」

「私が描いたのよ。蒼井君、前に私のイラストをゲーム内に転用できると話してたでしょう? それで、私のお店では防具にイラストを描く仕事もしてるのよ」


 そういえば、カラオケ屋で僕が助言をした気がする。

 獅子王さんのイラスト、売れるんじゃないですか? と。


 その助言を頂いた彼女は、現実のイラスト技術をゲーム内マネーに変換し、攻略を有利に進めてるらしい。

 もちろん問題はない。

 僕らが二人で友クエを進めてるのと同じく、ゲームはクリアできれば手段は問わないと思うから。


「その絵は一番のお気に入り。星空を駆ける龍。格好いいでしょう?」

「はい。すごく、綺麗です」


 本当にいいなぁと頷きつつ、僕はそっとマイクをミュートにし、深瀬さんに目配せする。


 彼女も先程からじっと、PC画面越しに空高く登る龍を見つめていた。

 リアルの彼女は相変わらず芋ジャージに黒縁眼鏡。

 けど、その瞳が強い興味を示していることくらい、分かる。


 星空のローブに、深瀬さん。

 想像してみると、その姿はとても――


「買う?」

「……ぇ。いや別にいらないわよ」

「そう? でもゲーム内で自分の好きな服着れるのって楽しいよね。特に友クエは自分そのままの姿でイン出来るし」

「けどこの防具、追加効果は無いんでしょう? 攻略に不要なものにお金使わないで、効率を極めるべきよ。そもそもゲーム内で服着るのあたしだし……だから、に、似合う気しないしだいたい見せびらかす相手もいないし、っていうか年中芋ジャージ姿のあたしがそういうの着たらヘンに意識してるみたいで、逆に、え、この子調子に乗ってるんじゃ、みたいに思われて……」

「獅子王さんこれください」

「聞きなさいよ!」


 買っちゃった♪


「ごめんごめん。でも僕が欲しくなったからさ」

「だからって……あたししか装備できないのに……」

「まあまあ。でも格好いいし、深瀬さんに似合うかなって」


 そう彼女に囁いたつもりだったが、うっかり、購入時にマイクをオンにしていた。

 獅子王さんがジト目で僕を睨んできた。


「委員長。これ女性専用だけど、女装趣味?」

「いえ僕はノーマルです。普通に女の子が好きです」

「贈り物かしら。さっきから女性の声が聞こえるのだけど」

「誰がなんと言おうとウサギです」

「ずいぶん日本語が堪能な小動物ね。けど、この龍が気に入ったなら、そのウサギさんに伝えて? ありがとう、って」


 クールな獅子王さんが薄く微笑んだ。

 自分の絵を気に入ってくれた相手は微笑ましい。そんなクリエイター気質の一面が伺える、挑発的な笑みだった。


 獅子王さんの素敵な一面を見つつ、僕はアイテム袋からゲーム共通通貨を支払い――


「足りないわよ、お金」

「え゛っ」

「代わりに一仕事、受けてくれない?」


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