3-9 ご褒美のししゃもがおいしい


 ”四人迷宮”ボス撃破後、最深部にてクリア特典アイテムを入手した。

 それ自体に効果はないけど、クリアの証明になるらしい。


 その後に僕は深瀬さんと御両親様へ丁寧に挨拶をし、今日は解散となった。


「ふぅ……」


 自宅でヘッドセットを外すと、心地良い疲労感が襲ってきた。

 目頭を軽く揉みつつ、今日のことを思い出す。


 難敵を越えた瞬間はやっぱり楽しいな、と思う。

 ゲームの醍醐味だと思うし、クリアしたぞ、という快感があるのだ。


 心地良い疲労感を覚えつつ一息つき、飲み物でも持ってこようと席を立つ。

 ああでも、そろそろ夕食にしようかな……?

 自炊は面倒臭いので、コンビニで弁当でも買ってこようかなぁ、と背伸びしつつ欠伸をしていると。



 コンコン



「あの……」

「わっ」


 ベランダからノックが聞こえ、びっくりして振り向いたら深瀬さんがいた。

 カーテン越しにこちらをのぞき込み、申し訳なさそうに背を屈めている。


「どうしたんですか?」

「あ、えと……その……た、大したコトじゃ、ないんだけど」


 深瀬さんがゆらゆらと不安そうに身体を揺らし、遠慮がちに。


「今日は、ありがと、っていうか」

「いやこっちこそ楽しかったよ。最後の一撃すごかったですね」

「う、うん……」


 目を反らしてしまう深瀬さん。

 彼女はゲーム中でも弱気な時はあるけど、リアルの対面はさらに弱いらしい。


 でもわざわざお礼を言いに来てくれたんだなと思うと、なんだか胸がふわふわと温かくなる。

 最近、こういう日が多い。

 思わず笑みが零れてしまい、でも、肌寒くならないうちに部屋に帰ろうね、と伝えようとして、


「あ、あの。それでね? それで……」


 彼女が、もじ、と指先をいじりながら、ゆるやかな上目使いで。


「晩ご飯、うちで食べない……?」


*


「本当にいいんでしょうか。僕までご相伴に預かってしまって」

「いいのいいの! せっかく友達が来たんだもの、遠慮なく食べていって?」


 深瀬さん宅に再度招かれ、気付けば夕食のテーブルについていた。

 本当に良いのかな……と、遠慮がちに背中を丸めそうになる僕に、勘違いした深瀬さんがくすくすと笑う。


「大丈夫よ、お母さん料理上手だから」


 その言葉通り、テーブルに並んだのはきれいな和食だった。

 メインディッシュに、焼きししゃも。備え付けにゴボウのサラダと大根下ろし。

 ご飯にお味噌汁、おまけに茶碗蒸しとお漬け物までついた和風セットだ。


 おおお、と目を輝かせる僕だが、深瀬さんはなぜかちょっと不機嫌そう。


「ちょっとお母さん、せっかく人が来てるのに、ししゃも? 地味ぃ」

「ひなたは放っておくと、唐揚げとカップ麺ばっかりの自堕落ご飯するでしょう? お魚も食べないと」

「んぐっ。でも、お客さんがいるときに地味な魚出さなくてもいいじゃない……」

「いや深瀬さん、これはご馳走だよ。これを地味だなんて贅沢すぎます」


 外食や手抜き自炊をしてると、魚類は縁遠くなる。

 もちろん焼き魚くらいは食べるけど、ししゃもなんて給食で食べたきり覚えがない。


「本当にいいんでしょうか」

「いいのいいの。この子、あなたに食費も掃除代も払ってないでしょう? それくらいさせて貰わないと割に合わないわ」


 それでも身に余る贅沢だったけど、断るのも申し訳ないので両手を合わせた。

 メインのししゃもに手を付ける前に、まず味噌汁を口に含んで……


「どうしたの?」

「……美味しいです」


 インスタント独特の、薄めな塩味とは違う、重しのある白味噌。

 大きく刻まれた豆腐が口の中でやわらかくほぐされていき、食べている、という幸せが口の中いっぱいに広がっていく。合間に刻まれたネギのしゃきっとした感触も相まって、とても口当たりがいい。


 自然とご飯にも箸が延び、続けてししゃもに箸を伸ばすと、すぐに口の中でぷちぷちと柔らかい粒が気持ち良くほぐれていった。小さな卵を口の中で潰していく感触にしっかりとした厚味があり、その独特の味が魚の焦げ具合とマッチしていてとても美味しい。


「美味しいです。とても」

「ふふーん」

「ひなた、あなたが作ったわけじゃないでしょう? でも、ひなたの友達に喜んでもらえたなら嬉しいわ」

「お母さんが作ったのはあたしが自慢してもいいじゃない……あと友達じゃないから……まあ、一緒にゲームして楽しかったのは本当だけど……」

「ええ。お母さんも久しぶりに腕が鳴ったわ。それにしても最近のゲームはリアルなのねぇ。ヘッドセットを使うと完全3Dみたいに遊べるんでしょう? あとで使ってみていい?」

「ゲーム自体はクソゲーだけど、技術は本当にすごいと思うわ。ママもやってみて」

「いいわね。今日は泊まっていくから一緒に遊びましょう? 幸い部屋も広くなったから泊まるところには困らないし」


 文句を言いながら甘える深瀬さん。それだけで親子関係が良好なのが見て取れる。


 いいなぁと思う一方、深瀬さんがずーっと一人でないことに安堵した。

 ちらっと聞こえた母親の入院など、気にならない単語がないわけではないけど――彼女は一人で引きこもっている訳ではないらしい。

 そのことにホッとしつつ、醤油を塗した大根下ろしを口に運ぶ。


 ただご飯が美味しい、だけでない、不思議な温かさを感じる味だ。

 なんて僕がついやんわり微笑んでいると、深瀬さんが気付いて「何笑ってるのよ」と僕を小突いてきた。どうやら母親とのじゃれあいを笑われた、と恥ずかしがっているようだ。


 まあそんなことは無いのだけど、と思いつつ彼女を見て――


「ぅ……そ、そんなにじっと見られても、その。困るって言うか」

「深瀬さん。ご飯つぶ、頬についてます」


 ふぐっ、と深瀬さんが咽せて、危うく茶碗蒸しを吹き出しそうになった。






 その夜、僕はもう暫くお二人と一緒に友達クエストを遊ぶことにした。


 ”友達クエスト”は、友達や試験要素を除けば、単純なクラフトゲーム兼RPGとして幅広く遊ぶことができる。

 拠点作り。アイテム収集。モンスター討伐。

 メタバース空間に自前の世界を作れるという他のゲームにない体感も含め、内容自体は本当にすごいと思う。


 もちろん、僕が楽しめるのはそれだけが理由ではないけれど――


 どうしよう。

 こんなに楽しい夜は、久しぶりかもしれない、と思った。




 同時に……ほんの少し、怖くなる。

 あまり楽しみすぎると、何か問題が起きたときに、自分自身の失望がより深くなるのではないか、という――誰にも知られたくない不安が頭を過ぎったけれど。

 ふるり、と僕はちいさく首を振って、不安を、払った。



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