3-7 ぼっちにはハード仕様って言いたいわけ!?


 "四人迷宮"を進み、ようやく地下二階のボス部屋前へと到達した。


 攻略情報によれば、四人迷宮のボスは動く石像、ガーゴイル。


 全身が石でできている悪魔であり、その見た目通りきわめて防御力の高いモンスターらしい。

 攻撃方法は突進と石のかぎ爪だけというシンプルなものだが、代わりに物理攻撃、魔法攻撃ともに完全無効。

 毒や麻痺も効かない。


 そして――

 ガーゴイルの両爪の甲。翼の生えた背中の中心。そして頭部にある白い宝石を四人同時に攻撃することができれば、ガーゴイルはその力を失い機能停止するという。

 ちなみに宝石への攻撃は、多少時間差があっても問題ないらしい。


「まあ僕を除いて皆さん魔法使いですから、遠距離攻撃を同時にかけつつ、僕がどこか殴れば倒せると思います。僕のクラスメイト達が普通に撃破できてるので、難易度は高くないかと」

「り、了解。がんばるわよ蒼井君」

「まあ楽に行きましょう? 負けてもまた戦えばいいんだし。ね?」

「…………(頷く)」


 深瀬さん一家の了承を得て、扉を開いた。




 石畳の広がるバトルフィールドの中央に、台座に鎮座した石像が佇んでいた。

 鋭い爪を持った石の小悪魔――といってもサイズは僕らより一回り大きいので、中々の巨体だ。


 敵がこちらを認識し、瞳がぎらりと輝いた。

 みしみしと音を立てて重たげな石像が翼を広げ、同時に石像を動かす核、四つの宝石に光が灯る。


 両手の甲に、青と緑。

 背中に黄色。

 額に赤――


(あれ。赤とか青とか、色の宝石なんて情報あったっけ? 全部白じゃなかった?)


 ガーゴイルが翼を広げて台座を蹴り、こちらに向けて突進してきた。


「来たわよ!」


 散会する僕らの真横を、ガーゴイルの体当たりが横切っていく。

 その背中に光る黄色の宝石めがけ、先制したのは深瀬さん。


「弱点丸わかりね! ファイアボール!」


 杖を構え、狙い澄ました炎の一撃。

 弧を描きながら放出されたその炎は、吸い込まれるように翼の宝石へと届き――


 ぱちん、と弾かれた。

 え。ダメージ無効――?


 おかしいなと思いつつ、翼を広げて急旋回してきたガーゴイルの爪をバックステップで回避。

 敵の攻撃モーション終了を狙い、僕も僧侶用の打撃武器、メイスをハンマーのように振り下ろす。


 左手の甲、緑の宝石に直撃。

 けど敵HPゲージが一ミリも削れず、怯んだ様子すらない。


(おかしいな。四人同時に攻撃出来ればいい、としか聞いてないけど)


 単純な火力不足か。いや四人向けかつ初心者用の迷宮で火力不足はないと思う。

 とすると、解いていないギミックがあるのか――あの色が関係してるのか――


 その時、ガーゴイルのHPゲージが僅かに揺れた。


(ん?)


 深瀬さんのお父様の放った炎が緑のランプに直撃し、ガーゴイルの体躯をぐらつかせたのだ。

 僕が殴っても反応がなかったはずの、緑の宝石がちかちかと明滅している。


(そうか、四色のランプがあるなら……)


 アイテム一覧から火炎弾を取り出し、投擲。

 右手の甲、青い宝石には弾かれてしまったので、敵の攻撃を流しつつ背中へ回り込みもう一度火炎弾を投擲。

 バシン! と勢いよく小さなダメージ判定が出た。


「当たった! これ、ランプの色に誰か一人が対応してるみたいです」


 深瀬さんのお父様が緑、僕が背中の黄色。

 続いて深瀬母様のファイアボールが青色のランプにヒットし、火花の散るダメージエフェクトが発生する。


 となれば、残るは敵の額にある赤の宝石。深瀬さんだ。


「深瀬さん!」

「任せて! 次に翼広げて突っ込んできた時にカウンター決めてやるわ!」


 と、息巻く僕らの前で。

 ガーゴイルが静止し、突然――みしみしと不気味な音を鳴らし、首を振り始めた。


「……はい?」


 水浴びをした猫のように、首をぶるぶるさせるガーゴイル。

 石造りなのに動物のような仕草を始めた魔物は、ひとつ高らかに鳴き声をあげ――


 変形した。


 元は石で出来ただけの、ちいさく太い首。

 胴体と頭部を繋ぐだけのパーツが、音を立て――ぐん、とトーテムポールのように伸びたのだ。

 しかも天井付近まで、高々と!


「んなっ!? ちょっと、何であたしのだけあんな高い所にして当てにくくするのよ! ぼっち相手はハードモード仕様って言いたいわけ!?」


 恐竜のブラキオザウルスみたいな長首になったガーゴイルは、これ見よがしに僕らを見下ろし、その口を開いて――白いビームを雨あられのように降らせてくる。

 って、ビームは聞いてないんだけど!?


「深瀬さん危ない! プロテクション!」


 危うく被弾しそうになる彼女の前に飛び出し、防御魔法を展開。

 白いバリアで彼女を守りつつ、一旦敵から距離を取る。


「う、あ、ありがと……」

「無事なら良かったです。それよりアレ、他の三つのランプを攻撃したから警戒モードに入ったのかもしれません。残りひとつを攻撃されないように変形したのかと」

「対ぼっち仕様じゃなくて?」

「それは無いと思いますけど」

「引きこもりへの嫌がらせでもなくて?」

「まあ仮にそうだとしても――それを真正面からねじ伏せる方が、攻略してるって感じがあって、楽しいですよね?」


 僕は彼女に、にっと笑う。

 今回のボスは事前情報と明らかに違う。けど、ここで士気を下げる訳にはいかない。


「深瀬さんは魔法使いです。最初のファイアボールもきれいに敵にヒットさせてました。なら、弱点が高い所にあるくらい、大した問題じゃないです。ここから巻き返しましょう」

「……け、けど」

「大丈夫ですって。深瀬さん、ゲームすごく上手ですから」


 笑って勇気づけると、彼女が僕を見つめ、ぱちり、と小さく瞬きをした。

 呆けた瞳がやがてゆっくりと尖り、口元が勝利に向かういつもの笑みへゆるりと結ばれる。


 深瀬さんが敵を見据え、ぐっと、手元の杖を力強く握り直した。


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