3-6 か、家族ぐるみの攻略だけどフレンドなんかじゃないからね!


 ”四人迷宮”の攻略は、驚くほど順調だった。

 そもそも本迷宮のメインギミックは、四人いれば容易く解けるものばかり。


 同時押し用スイッチはただ一緒に押せば良く、出現モンスターも同時に倒せば強くない。

 謎解きだって五分もあれば解ける。


 という訳で、攻略は順調だけれど――


「深瀬さん。こちらのスイッチですけど、壁にある石碑の順に押せばよいみたいなので、この順に――」

「あら蒼井君、ここにいるの全員深瀬よ? ひなただけでも名前で呼んでくれないと、分からないわ」

「ちょっ、ママ何言ってんの!?」

「……(頷く)」

「パパまで!? 名前呼びなんて言いにくいに決まってるじゃない!」

「でも名前の区別は大切でしょう? モンスターが襲ってきた時、深瀬さん危ない! だと分からないじゃない。でしょう、蒼井君?」

「そ、それはまあ、そうですけど……その辺は、ボス戦みたいに危険な時だけでも良いかなと……」

「そのボス戦に備えて練習、練習。ね?」


 確かに練習は必要だ。バレーボールでトスの練習をしない人が本番でできるはずもない。

 それでも口籠もってしまうのは、一応、僕にも相手を下の名前で呼ぶことへの遠慮があるからだ。


 いやまあ、深瀬さんの御母様がわざと誘ってるのも、理解しているけど。

 それはそれで断りにくい……と遠慮してる間に、深瀬母様がぐいぐいくる。


「まあまあ。試しに一回だけ。ね?」


 まあ、一回だけなら。

 本番で使うかどうかはともかく、一回だけなら……その。


「ひ……ひなた、さん」


 自分でも意識し過ぎたせいか、つい、口元がどもってしまう。

 正論や理屈では説明できない恥ずかしさがこみ上げ、身体がかっと熱くなった気がした。


 そして言われた側も戸惑ってしまうのか、魔法使い姿の深瀬さんもぎゅっと唇を嚙んでちいさく震えていた。


「お、お母さん、やっぱり名前呼びはだめ……! せめて大事な場面だけにして。あとは空気でなんとかなるでしょ?」

「友達同士なら名前で呼ぶなんて普通じゃない」

「友達じゃないもの」

「あらそうなの?」

「フレンド登録もしてないし……ただのお隣さんだから。ふ、不法侵入してきた仲良しさんだから……」


 言葉がしぼんでいく深瀬さん。

 仰る通り、僕らはまだフレンド登録をしていない。一度遠慮して以降、その件についてはゲーム攻略に有利と知りながら保留している。

 彼女が、友達、という概念に対して思うところがあるのは何となく理解しているので、彼女の出方を待っている、というのもあるし、まあ押しつけるのも悪いかなって――



「えいっ♪」


 ぴろん


【深瀬ひなた(B)さんから期間限定フレンド依頼が届きました】




「ちょ、ママあたしの身体使ってなに勝手に送ってんの!?」

「ニセモノでもフレンド申請できるのねぇ。でも期間限定なのね」


 仕様を確認した所、ドッペルゲンガーでもフレ申請はできるが、分身を解除すると自然消滅するらしい。当然の仕様か。


「もうフレンド登録しちゃえばいいんじゃないの? ひなた」

「そ、そんな簡単に言わないでよ……清水の舞台から飛び降りる、って諺あるでしょ……?」

「お母さんには清水寺から歩いてスタバに行くくらい簡単に見えるけどねぇ」



 ぴろん


【深瀬ひなた(C)さんから期間限定フレンド依頼が届きました】




「パパまで何やってんの!?」

「……(ぐっ)」

「無言で親指立てないでっ」


 やりたい放題の深瀬家であった。

 でもそういうの、なんかいいなぁ、楽しそうだなぁとニコニコ眺める僕に対し、深瀬さん本人がぐぬぬと眉を立てる。


「とにかく、い、いまは必要無いもの。だいたい、と、友達ってどの辺から友達かわかんないし友達の定義も曖昧だし」

「蒼井くんなら大丈夫でしょう? もう普通にお話できてるじゃない」

「そ、れは……ただ、話ができてるってだけ、で……」


 迷宮を進みながら、声がしぼんでいく深瀬さん。

 それから彼女はもじもじと恥ずかしそうに僕を見て、


「そ、それに普通に考えて、向こうはあたしのことドン臭い女だとか、お世話しなきゃいけないと駄目な子だとか不器用だとか……家こんなに散らかして、とか……そ、それにあたしが友達だと思っても向こうが友達だと思ってなかったり、なんか複雑な感じがあって、か、簡単に友達なんて、言えないし……」


 トーンの落ちていく呟きを耳にしつつ、成程、彼女はそんなことを考えていたのかと密かに納得する。


 深瀬さんは自分への自己不信を募らせすぎたせいで、フレンド登録を遠慮していたのかもしれない。

 自分なんか、どうせ誰も相手をしてくれない。

 友達になってもパシられたり、見下されたり、そもそも自分が対等に相手をされることなんて絶対にあり得ない――と、頑なに頭から信じているような。


 ……で、もちろん僕自身はそんなことを一切感じたことはない。

 と言うより、僕自身それなりに楽しんでいるくらいだ。


 ……今までは、思う所もあって遠慮していたけれど。

 もし彼女に嫌悪感がないのであれば――


 僕は薄く笑い、指を伸ばす。




【蒼井空さんが深瀬ひなたさんにフレンド申請を行いました】




「んあっ!?」


 彼女がびくっと飛び上がる。


 無理に距離を詰めると、彼女に怖がられるかもしれない。深瀬さんはとくに怯えるタイプだろう。

 僕自身も、そういう詰め方自体は好まない。


 が、時には素直に誘った方が、効果があるのも理解している。

 自分からは言いづらいけど、相手に誘われたら嬉しい、という気持ちだ。

 彼女が僕に不信感を抱いていたり、男相手に友達なんてなりたくない、と思ってるなら遠慮した方が良いけれど、どうも、そうではなさそうなので――試しに彼女に申請を送ってみた。


「ちょ、あ、蒼井君?」

「深瀬さん。僕、深瀬さんのこと、全然悪くは思ってませんよ。まあ不器用かな、とは思いますけど」

「うぐ」

「でも一生懸命なのは分かりますし、ゲーム内でも色々お世話になってますし。何より一緒に活動していて楽しいですしね」


 最初は、単にクラス委員長として一緒にゲームをするだけの関係だった。


 けど一緒に遊んで、お宅にもお邪魔させてもらっている間に、楽しいな、と思ったのも本当だ。

 深瀬さんの家での片付けも何だかんだ楽しく出来たし、一緒にご飯を食べたのだって美味しかったし。

 彼女と話をしていると、普段どこかハリボテめいた僕自身の内面が、何となく和むのだ。


「なので一応、送らせて貰いました。……あ、返事は今すぐでなくても構いません。気が向いた時にOK押して貰えればいいですし、NGでも構いませんので」

「え。で、でもフレ登録って貰ったものは登録しないと気まずいんじゃ……」

「登録を強要するような関係は友達じゃないと思うので……ああでも、こういうこと言うと逆にプレッシャーになるかな」


 僕は専門家でないので、友達の定義なんて知らないけれど、まあ。

 とりあえず強要するのは違うよね? と。


「まあ、気が向いたらって感じで、いまは誤魔化してきましょうか」

「ぅ……え。ええ、そそ、そうね。誤魔化しておくわ……!」

「なんか告白の返事待ちさせてるみたいで、じれったいわねぇ~。まあでも、その距離感がひなたには丁度いいのかもね」

「……(頷く)」


 深瀬家の御両親様が、うんうんと同意する。

 まあ友達って空気感が大切なところあるし、無理に線引きする必要ないよね――

 と、僕は僕自身にも言い聞かせつつ、再び迷宮攻略を開始した。


 その僕らの隣で、深瀬さんが緊張気味に歩き出す。


「ま、まあ。考えておくわ……き、気が向いたら、気が向いたら登録するから!」

「ええ。ありがとうございます、深瀬さん」

「あら。そこはひなたさん、でしょう蒼井君」

「勘弁してください」


 煙に巻こうとした名前呼びの件を掘り返され、僕はそっと目を逸らした。


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