3-5 友達クエスト? いいえ、家族クエストです


 僕の動揺は深瀬さんにも伝わり、彼女を起こしてしまった。

 寝ぼけ眼をもそもそとこすり、眼鏡の奥でぼやぁ……っとした意識が焦点を結ぶ。


「……???」


 まず、僕を見る深瀬さん。

 次に、母を見る深瀬さん。


 で、彼女は「んぴゃっ!」と飛び上がるように背中を引きつらせた。


「んあっ!? マ、ママ……じゃなくてお母さん!?」

「ひなた。お母さんが入院してる間に三次元の男の子を連れ込むなんて、あなた成長したわねぇ」

「や、ちがっ、こ、この人は……!」


 深瀬さんがあわあわと、パントマイムみたいに手を動かしつつ弁明した。


「違うの、この人はゲームの相手で、隣に住んでて、友達じゃないけど頼りになる人で、その……」


 彼女はベランダを示し、


「ふ、不審者! ベランダの壁を蹴破って入ってきた、怪しい泥棒!」

「そうなの? でも気持ち良さそうに寝てたじゃない」

「それは、お、お昼寝の隙を突かれて不法侵入されただけなの!」

「じゃあ追い出してもいいの?」

「……………………だめ」


 深瀬母様が吹き出した。

 それからレジ袋の中身を冷蔵庫に詰めようとして、あら、と手を止める御母様。


「冷蔵庫に野菜が入ってるわね。それに納豆も」

「それは、その。不審者さんが勝手に野菜入れてったの。栄養バランスもう少し取りなさいって脅迫されたのよ」

「……ほかには?」

「か、勝手に部屋の片付けして掃除機かけて、キッチンの洗い物して、勝手に野菜炒め弁当を頼んでとても美味しかったわ。あと酔い止めもらって、うちわで仰いでもらっただけの不審者なの」

「ひなた、介護保険の適用は65歳からよ?」

「違うってば! もぉ~っ!」


 深瀬さんが顔を真っ赤にしながらぷるぷると震えだした。可愛い。


*


「まあ。友達クエストをしてたら実はお隣さんだったの? そんな偶然あるのねぇ」


 テーブルに招かれ紅茶まで用意してもらった僕は、いかにして不審者になったかを説明した。


 よく考えなくても年頃の男が一人娘の家にいるのはまずいので、誠心誠意、嘘偽りなく全部話した。そしたら深瀬さんの御母様はあっさり納得してくれた。

 話の流れは自然と、友クエの話になる。


「友クエをご存じなんですか?」

「ええ。娘に勧めたの私ですもの」


 確かに、本ゲームは市販品ではないので、深瀬さんが自前で購入するのは不可能だ。御両親の関与があっても不思議じゃない。


「ていうか、マ……お母さんこのゲーム、クソゲーだわ」

「あらそうなの?」

「フレンド登録しないと全然進めないし、さっき入ったダンジョンも四人プレイ限定だし。やりたいことは分かるけど、友達がいないとクリアできないってゲームとして欠陥だと思うわ……」


 ぶつぶつ文句を言う深瀬さん。

 その横で、僕はこっそりと安堵する――深瀬家の仲が良いことに、だ。


 一人暮らしで家が荒れてたので気になってたけど、深瀬さんは御母様に対して明らかに頬をゆるませている。不機嫌そうなのも、甘えたい気持ちの裏返しだろう。

 僕はちくりと鈍い痛みを覚えつつ、ゆっくりと頂いた紅茶を口につけて、


「じゃあ、お母さんも一緒に友クエ遊んでみようかしら」


 危うく紅茶を吹きそうになった。

 深瀬母様がにこりと笑い、腕まくりをしてみせる。


「あら。お母さん、これでも昔は星のスパデラやり込んでたのよ? コントローラーがちゃがちゃプラズマ最っ強!」


*


 気がつくと、深瀬さんのお母さんがゲームにログインしていた。


 母様がPCのキーボードで操作するのは、深瀬さんが分身したドッペルゲンガーの一体(B)だ。

 装備品はもちろん深瀬さんと一緒……って、そうか。


「この魔法、こうやって使うのか……!」


 一人用ゲームで、自動操作でもない分身を出して何の意味があるのか疑問だった。

 本来の使い道はリアルの友達と遊ぶために、自キャラを分身させてお裾分けプレイする魔法なのだ。

 だから友達といつでも遊べるよう、消費MPがゼロなのだ。


「え、なにそれリアルで友達いない人に死ねって言いたいの……? イマジナリーフレンド限定魔法じゃないの?」

「イマジナリーだと友クエの趣旨ぶっ壊しまくりだとは思ってたんですよね」


 しかも分身は元キャラのレベルをそのまま参照するため、新規参加によるレベル差もない。

 成程なぁ。納得だ。

 ああでも、母様合わせてまだ三人しか居ないような――


 と思ったらもう一人、深瀬さんの分身(C)に誰かがオンラインでログインし、操作権限を取得した。


「ええと、こちらは?」

「あたしのパ……お父さん」

「うちの旦那です」

「っ……は、初めまして。深瀬さんのお隣の、蒼井といいます」


 慌ててお互い挨拶をした。

 ていうか僕、知らない間に深瀬一家と一緒にゲームすることになっているんですけど。

 ……これいいの? 大丈夫?


「僕ここにいていいんでしょうか。深瀬さん一家のお邪魔になってませんか? あとこれもう、友達クエストじゃなくて家族クエストの気もしますけど」

「そうねぇ。蒼井くんもそのうち、うちの子になるのかしら」

「ならないわよ!!」


 こうして僕と、深瀬さん&御父様&御母様という謎のパーティが完成し”四人迷宮”攻略が再び開始されるのであった。



 ――家族仲がいいって、羨ましいなぁ。


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