”友達クエスト”の少数派 ―フレンド数=強さのVRMMOで芋ぼっち美少女の世話をしたら「と、友達なんかじゃないもん……」とデレてきたので一緒に攻略しようと誘ってみた―
3-4 違うんです、僕はただ泥棒に入って掃除しただけのお隣さんです
3-4 違うんです、僕はただ泥棒に入って掃除しただけのお隣さんです
「はい、お水。あと酔い止めです」
「酔い止めって3Dゲームにも効くの……?」
「3D酔いも乗り物酔いと同じで、三半規管のオーバーワークという説があるそうです。あと心情的にも、酔い止めを飲んだ、っていう安心感があるだけでも心強いですよ」
「へえぇ……」
「それと、酔い止めに効くツボもあります。手のひらを上に向けて、手首の境目から指三本ぶん内側……ええ、その辺を軽く抑えると気持ち楽になると思います」
中学時代にクラス委員長をしていた頃、同級生にバス酔いがひどい子がいた。
修学旅行が楽しめないのは辛いと思い、色々調べたのだ。
薬を飲み、ベッドにもたれかかりながら息をつく深瀬さん。
ジャージの襟元をぱたぱたしている姿を見つつ、僕は許可を得てエアコンを稼働させる。
室内は五月中旬ながら、パソコンの熱でも籠もったのか少々熱い。エアコンを稼働させると彼女が心地良さそうに身を委ね、ほっと息をついた。
室内の下敷きでパタパタと仰いであげつつ、一旦、休憩。
「……いい作戦だと、思ったんだけどね、分身」
「ええ。面白い発想だと思います。操作性は難でしたけど、工夫次第では上手くいくかもしれません。まあ急がず、次の攻略法を考えてみませんか?」
「でも序盤の要らしいわよ、あの迷宮。クリアしておかないと、チュートリアル解除されないらしいの」
「急がなくても……って、深瀬さん。目に隈できてません?」
うちわで彼女を仰ぐついでに顔を見て、目の下にうっすら疲れが溜まっているのに気付く。
深瀬さんが瞳をしぱしぱと瞬かせ、そっと僕から顔を逸らした。
「深瀬さん。もしかして徹夜?」
「素材集めとかレベリングって、一度始めると止め時忘れるわよね……」
どうりで所持アイテムが沢山あるわけだ。
けど、徹夜は宜しくない。
「今日はお休みにしましょうか」
「うー……でもさっきやられたアイテムのぶん、また集めないと」
「アイテムより体調でしょう」
「でもぉ」
「じゃあ先程のアイテム、僕が急ぎ回収しておきましょうか」
「へ?」
と、僕は一旦自室に戻り、ゲームに再ログイン。
ログアウト直前に、僕は敵にやられないよう防御魔法を使っておいたのだ。
コウモリ達の攻撃力がかなり低かったこともあり、再ログインしても自分のキャラは無事だった。
僕は倒れた深瀬さんのアイテムを回収し、迷宮を脱出。
それから再度深瀬さんの部屋に戻り、スマホを見せてアイテムを無事回収した様子を見せる。
「これなら安心ですよね、深瀬さん」
「……あ、ありがとう。本当に、その……申し訳ないことばかりだわ」
「いえいえ。これでまあ心おきなく休めますから」
僕も、憂い事があると眠れない性質だ。
なので相手に気負わせないよう、こういうのはさくっと手を回しておいた方がよい。
「でも本当、夜更かしはしない方がいいですよ深瀬さん」
「そうだけど……」
「何なら僕と一緒に、毎朝ラジオ体操でもしましょうか。結構運動になりますよ」
「ん」
「あと、日の光を浴びるのも大事で――」
「んー……」
話していると、だんだん、深瀬さんの瞼が重たくなってきた。
瞼がゆるやかに瞬き、ベッドに背を預けたまま、うつらうつらと頭が揺れ始める。
酔い止めが効いてきたのか、寝不足のところにクーラーのそよ風が届いて心地良くなってきたか。
うーん。一休みするなら、お暇しようかな?
女子の寝顔を覗き込むのは失礼だろうし、彼女も寝顔を見られたと知ったら後で恥ずかしくなるに違いない。
……正直に言うと、僕も一応男なので居たたまれない気持ちになるし。
と、離れようとして――。
くらり、と彼女の身体が揺れた。
「おっと……っ」
慌てて支えたのがある意味まずかった。
彼女は伸ばした僕の腕のなかで、丸くなるようにこてんと寝込んでしまう。
いつもは猫みたい尖らせている瞳が、柔らかくゆるんでいた。
普段ば眉間に皺を寄せ、尖った顔つきをしてるのだけど、お休み中の彼女は心なしか穏やかだ。
人の顔をまじまじと見るのは失礼だと思いつつも、つい、可愛いなと思う程度には覗き込んでしまい、らしくもなく焦ってしまう。
……なんていうか、あんまり無防備すぎるのも。
というより、それくらい疲れてたのだろうか?
「好きでゲームしてるなら良いですけど、無理はいけませんよ深瀬さん」
「……だって……」
たぶん、意識がゆるみきっていたのだろう。
彼女はとろんとした顔のまま、ぼや~っと口にした。
「このゲーム、あなたの成績にも関わるんでしょう? 迷惑、かけられないじゃない……」
「――え」
「あなた友達いるのに、付き合って貰ってるんだもん……それくらい、返さないと……」
そう呟き、こてん、と彼女から力が抜けて――
「……いやぁ」
このタイミングで寝言を言うのは、卑怯だ、と思った。
その不意打ちは、ちょっとばかり……僕に効く。
”友達クエスト”が成績に関わっていることを、僕は彼女に伝えていなかったはずなのに。
正直に言うと、僕は他人に恩を返されることに、慣れていない。
他人の手伝いをすること――委員長として、クラスの一員として、或いは先生の手伝いを自分からするぶんには構わないのだけど、相手に逆に何かされると大変申し訳ないような――
平たく言えば、罪悪感のようなものが、胸を刺す時がある。
それに僕自身の感覚として、相手に恩を売っておいた方が、なんかと立ち回りやすい、というのもある。
だから、他人のお手伝いをするのには慣れているけれど――
他人からお返しを貰ってしまうと、正直どうしたら良いのか分からなくなる。
そうならないよう、普段は色々遠慮してるのだけど……
(不意打ちで返されるのは、ちょっと、卑怯かも)
しかも相手はそのまま寝てしまうという、ある意味無敵の状態だ。
経験した覚えのない、やんわりとした感情に包まれ、どうしようもなく戸惑ってしまう。
(……こういうのには、慣れてない)
軽く首を振り、僕は内面に生まれたこの迷いを晴らそうとする。
彼女を起こさないよう支えた姿勢のまま、スマホを開いた。
心が乱れたときは、ゲームの攻略情報をひたすら眺めるのがいいと、僕は体幹的に理解している。
雑音で頭を埋め尽くそう。
でなければ僕の身体によりかかり、すやすやと休んでいる彼女に意識を持っていかれそうになる。
寝心地悪そうにひそめられた、ハの字の眉も。もごもごと揺らす口元も、野暮ったい青のジャージから小さく伸びた糸も、すこしズレてしまった眼鏡すらも、つい可愛く見えてしまうから。
彼女は僕の葛藤なんか知る由もないに違いない。
ただ寝床として寄りかかれる相手として都合が良かった、程度。相手が男だという意識もないんだろう――というか、ない方が有難いのだけど……
(しまったなぁ)
どうやら僕は、らしくもなく動揺しているようだった。
そして……ここから、どうしよう?
いっそ彼女が起きるまで待って、おはようって僕が挨拶したら「乙女の寝顔を覗くなんて最低!」と罵られるくらいが丁度いい。
喧嘩をすることで恥ずかしさを誤魔化しつつ、普段通りの関係に戻れると良いのだけど――
なんていう甘い予想は、あっさりと打ち砕かれた。
がちゃり
「あら、部屋片付いてるじゃないの、ひなた。偉いわね~あなたが片付けきちんとして……あら?」
前触れなく、深瀬家の玄関が開いた。
靴を脱ぎながら顔を覗かせたのは、買い物袋を手にした女性。
深瀬さんによく似た、けれど大人びた雰囲気を持つ……え、誰?
と驚く前で、その方は僕と寝込んだ深瀬さんを見つめて、
「あら。あらあらあら」
「…………」
「もしかしてお邪魔だったかしら?」
「い、いえ大丈夫です、これは現実がバグってるだけでして」
何言ってるんだ僕。
人生で最大級にテンパっていた。
いや待った。理性を総動員させて考えよう。
彼女は合鍵を持っている。
深瀬さんによく似ている。
ということは、……深瀬さんの、お姉さん?
であれば、まずはご挨拶を。
「ええと。深瀬さんの隣に住んでいる蒼井と言います。ベランダから泥棒に来て掃除しました」
「まあお隣の泥棒さん。私、深瀬の母の、深瀬はなといいます」
僕らは完璧にバグっていた。
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