2-5 美味しく頂かれましたー♪



 世界がめまぐるしく回転していた。

 ごぼごぼと聞こえる泡が水中特有のエフェクトと混じり合い、重く響く。

 青い世界が濃さを増し、どんどん深く落ちていく。


 もちろんゲームなので、実際の息苦しさは感じない。

 けれど視界の端に、HPゲージ……ではなく、新たに出現した酸素ゲージがまたたく間に減少しているのが見える。


 僕と深瀬さんは巨大魚影に引っ張られながら水中をかき回されていた。

 大渦に巻き込まれたかのようだ。

 っていうか何でこんなに、釣り竿一本で引っ張られてるんだろう――


(ってそうか、釣り竿を離せば! ちょっとごめんね!)


 目を回している深瀬さんに触れ、その装備品一覧から【釣り竿】を選択。

 装備品欄から手放させる。


 ぶつっと糸が切れたように引力が弱まり、ようやく、魚影との接続が切れた。

 そのまま水中に放り出された格好となった所で、僕は泡を吐きながらなんとか深瀬さんの身体を抱き寄せつつ頭上を見上げる。


 見渡す限り一面の水中。太陽はだいぶ遠く……


 ――ここから、脱出できるか?

 と天上を見上げるものの、日差しは薄暗く、よく見えない。


 それに視界の端を覗くと、酸素ゲージが底をつき始めている。

 深瀬さんは既に酸素ゲージがゼロになり、見る間にHPの減少が始まっている。


(あー、これは無理かなぁ)


 ……まあ大したアイテムは持っていなかったし、初死が溺死というのは縁起が悪いけど。

 ゲームをしてれば、やられることはあるし。


 一体何を釣ったのか、気になるところではあったけど……

 まあこういう事もあるだろう、と諦めて、僕らは沈んでいき――






 ――墜落した。


「!?」


 どすん、と水中の浮力が突然消え、石の床に尻餅をつく。


「いった!?」


 衝撃で深瀬さんも気絶から回復し、HPゲージがミリ単位まで減少したところで目を覚ました。

 ……あれ、もう死亡扱いになったのかな?

 と、湖底にあるはずのない酸素を取り込みながら、腰を上げて――僕らはそれを見つけた。


 大理石造りの荘厳な門だった。

 周囲を大きな酸素の泡でつつまれたその建物は、湖底にあってはならないはずの巨大な”城”だ。

 壁自体が発光しているのか全体的にうっすらと明るく、白く、傷一つなく佇む姿には威厳すら感じられる。


「すごい。何だろこれ」

「海底……じゃないわね。湖底神殿?」


 二人でおそるおそる入口に近づく。

 門扉は硬く閉ざされているが、よく見れば中央部に、炎やら木の葉やらを描いた模様がある。全部で六つの穴があり、ここに何かを当てはめるようだ。


「いかにも、ここにアイテムを入れてくださいって感じですね」

「ええ。でもあたし達、そんなアイテム持ってないし……来るのが早すぎたダンジョン、って感じがするわ」


 一応扉に触れるが、押しても引いても、びくともしない。


 これは時期尚早のダンジョンに来てしまったか……?

 けど何があるのか気になるしわくわくするなぁ、と城を見上げていると。


「あれ、深瀬さん?」

「開かない扉も気になるけど、こういうダンジョンだと……」


 彼女が門から離れ、城の外壁に沿うように歩き出した。


「序盤で入れないダンジョンでも、外壁の脇にこっそり宝箱があったりするのよね」

「まずそこに目が行く発想がすごいなぁ」

「だ、だって何か隠しダンジョンっぽいし……アイテムないかなって……」


 この子ゲーマーにして強欲だなぁ、と微笑ましく眺めつつ、僕も後をついていく。

 と。

 城の外壁ぎりぎりの先端に、本当に、宝箱がちょこんと置かれていた。


「あ、すごい。本当にありましたね」

「……(にやあっ)」


(深瀬さんって、アイテム見つけるといい顔するなぁ。にやあっていうか、にちゃあっていうか)


 絶対渡さないからね、あれあたしのものだからね、と顔に書いてある気がした。

 それにしても、見ていて本当に飽きない子だ。

 本人は人見知りで怖がりと言うけれど、自分の好きなことにはまっすぐで本当、心底楽しんでるっていう気配が伝わってくるのが、すごく、いい。


 その表情に嘘偽りが全くない――僕とは正反対なくらいに。


 彼女が「~♪」と、鼻歌交じりに宝箱に手をかける。

 何が入っているのだろう?


 期待と共に、蓋を開く深瀬さん。

 直後、その蓋の蓋に、にょきり、とサメのような歯が突然生えて――


 がぶり! と深瀬さんの胴体にかじりついた。


「んな―――っ!?」

「深瀬さん!? って、ミミック!?」


 ミミック。宝箱に擬態したモンスターの総称だ。


 彼女は後ろ足をばたつかせ「いや――っ!?」と悲鳴をあげたが、ミミックは構わず彼女のお腹に歯をつきたて、形のいいお尻がもりもり食べられていく。

 慌ててアイテム袋から【火炎弾】を投げつけるも遅く、バタ足で暴れていた彼女の身体が、ごくん、と飲み込まれてしまった。


「え、ちょ、深瀬さん!? もしかしてやられた? 倒したら出てくるとか!?」


 完全に慌てた僕に飛びかかる、巨大ミミック。

 がぱっと口を開き、僕は思わず腕でガード姿勢を取り――


*


「うわ、と」


 気がつくと、ベッドの上に寝転がっていた。

 深瀬さんが作成してくれたログハウスの二階だ。どうやら倒されてしまったらしい。


 冷や汗をぬぐいつつ、ふぅ、と息をつく。


「……びっくりしたぁ」


 今も、心臓がドキドキしていた。

 ゲームとはいえ、眼前に迫るミミックのよだれを垂らした口は、しばらく忘れられそうにない。


「ていうか、いきなり色々あったなぁ……」


 謎の巨大魚影に、湖底神殿。

 六つの玉を収める石扉に、宝箱にひそむミミック――


 あとで攻略情報を確認してみようと思うけど、さすがにまだ誰も見つけてないよな……?

 と、一息ついた所で、同じくベッドから起き上がった深瀬さんが「もうっ!」と布団を叩く。


「気になるじゃないの、あんなのっ……ちら見せっ……!」


 いつか絶対攻略してやるんだから、とゲーマーの血が騒いだ彼女が悔しそうに髪をかきむしっていた。

 プライドを刺激したらしい。


「蒼井君。そのうち必ず、秘密を明かすわよ」

「そうですね。いつか必ず、攻略したいね」


 本ゲームはあくまで友達作りであり学校授業の一環だ。

 それでも、謎を提示されると挑戦したくなるのが人の性。

 或いはそういう探究心をつついて、一緒に攻略させる間に仲良くさせようという構想か。


 何にせよ敗北扱いでアイテムロストをしてしまったので、また一からやりなおそう――と、僕らは再度アイテム採取に意気込むのであった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る