2-4 釣り? あたしがそんなものに釣られるとでも?


「ところで蒼井君。このゲームって、メインクエスト的なものはあるのかしら……?」

「一応、魔王を倒すっていう主旨はありますね」

「魔王?」


 ――卒業までに、魔王を倒すこと。先生が最初に告げた言葉だ。


「説明によりますと、魔王を倒すには六つのオーブを集めて、隠された魔王城の入口にあてはめることで扉が開くそうです。……と、今朝クラスメイトから聞きました。ただ現時点ではのんびりゲーム自体を楽しんで欲しいみたいで、メインクエストの課題はあとで出されるそうです」


 いまはチュートリアルを兼ねた準備期間だ。

 風景を楽しむも良し、畑を耕してかぼちゃを育てるもよし。

 モンスターを狩ってレベル上げするのも、フィールドを探索するのも自由だ。


「そうだ深瀬さん。今朝クラスで攻略情報をまとめたサーバーを作ったんですが、もし良かったら偽名でもいいので入り――」

「うっ、持病の陰キャ症候群が」


 深瀬さんが死んだふりをした。

 この子面白いなぁ。



 そして僕は何をしようか。

 拠点作りは深瀬さんがやってくれたので、試しに畑作りやアイテム採取、あとは……鍛冶? とかいうのもしてみるか――

 と、攻略情報を眺めていると、面白いものを見つけた。


「あ。釣りもあるんですね。深瀬さん釣りします?」


 僕は現実で釣りをしたことがないので、VRでどんな風になっているのか興味深い。

 と、彼女を誘うと「えぇ……」と思いっきり引かれた。


「太陽に照らされながら水に糸を垂らして待つだけって、何が楽しいのかわからないわ……」

「まあ僕も初体験ですけど、案外やってみると楽しいかもですよ。あとこれゲームですので、現実と違ってぽんぽん釣れるかと。きっと気持ちいいですよ」

「そうかしら。……まあ、蒼井君がやってみたいって言うなら、付き合うわ」


 仕方ないわね。まったくもう。

 深瀬さんが面倒そうに溜息をつく。失敗だったかもしれない、と少し思った。


*


「ちょ、いま絶対かかってたわよ、釣れてたって! バグよバグ! 判定が亜空間詐欺してるんじゃないのこのクソゲ―!」


 琵琶湖のような大きな湖を前に――深瀬さんが釣り竿をぶんぶん振り回していた。

 ふんぬらばああああっ、と女の子がしてはいけない声を出し、釣り竿を強引に引っ張っているけど全敗である。


「深瀬さん焦らないで。もっとタイミングを合わせないと」

「分かってるわよ、でも、な、なんか悔しくて……!」


 その隣で僕は本日4匹目をヒットさせる。

 お手製の竿がピンと伸び、タイミング良く引くと釣れた(ちなみに釣り場は湖だけど、なぜかアジが釣れた。確実にバグなので後で運営に報告しようと思う)。


「なんでそっちばっかり釣れるのよぉ……」

「まあまあ、運もありますから。あと、餌を変えてみたらどうでしょう」


 僕が使っている餌は、森で採取したミミズ等だ。

 小魚がヒットしやすい、とパラメータ表記がある。

 対して彼女は大型一点狙いの魔法餌を使ってるが、お手製のボロ釣り竿では判定が厳しいらしく、たびたび獲物を逃がしている。


「でもせっかくなら大物狙いたいし。誰だって普通のモンスターとメタルがいたら、メタル狙うでしょ……?」


 博打打ちな性分らしい。

 すっかり釣りにハマっているようだ。


 楽しそう(?)な彼女を笑顔で見守っていると、ぐぬぬ、と彼女がアイテム袋に手を突っ込んだ。


「クジラ用の餌にしてみようかしら」

「どうして大型を釣れてないのに、超大型に切り替えるんですか……?」

「蒼井君。ギャンブルで100万負けても、つぎに100万賭けて勝てば取り戻せるのよ。あたしの発想天才でしょう?」


 この子に現実のギャンブルをさせてはいけない、と僕は固く誓った。

 けどまあゲームなら、大博打もひとつの楽しみだ。


 そして彼女はどこで学んだのか、森で拾った虫を調合して【ターゲット:超大物 確率↓↓↓】餌を作り出した。

 ちなみに釣り対象はリバイアサンやクラーケン等らしい。

 ……何を釣る気だろう?


「ちなみに確率は?」

「竹の釣り竿とだと、ガチャで二連発SSRくらい……」


 それは厳しそう、ではあるけどせっかくゲームで遊んでるのだ。

 彼女に奇跡的な幸運が訪れて欲しいな、なんて思う。


「がんばって」


 励ますと、彼女がすこし照れながら僕に流し目を送ってきた。


「蒼井君って、なんでも励ますわよね。どうせ釣れないとか、否定しないのね」

「確率的には厳しいと思いますけど、ロマンを狙うのは嫌いじゃないですし。友達を作るゲームであろうと、ゲームならやっぱり楽しみたいじゃないですか」

「…………」

「どうかしましたか?」

「ううん、なんでも。いいわね、そういうの」


 彼女がぎゅっと釣り竿を握る。

 ちなみに【超大物】餌は貴重品らしく、これ一個しかないらしい。


 彼女が投擲する。

 可能性はたぶん、千分の一にも満たないだろう。

 でも宝くじだって、世界の誰かは当っているのだ。

 たまにはぽろっと、幸運が零れてきたり――


「っ!? やった、かかった!」

「本当!?」

「ほら見て、ゲージが出てる! やった、これで大物が釣れ――」


 次の瞬間、信じられないものを見た。


 ――釣り竿を掴んでいた彼女の身体が、いきなり、すぽん、と空に飛んだ。


「へ?」

「深瀬さん!?」


 彼女の服を掴めたのは、おそらく奇跡。

 けれど一体何を釣ったのか、相手の勢いに抗えず――天地が反転し、どぼん、と僕らは水音を立てて湖に叩きつけられる。

 ようやく、気付く。

 もしかしてクジラ(?)らしき魚影に、圧倒的なパワー負けをして釣られたのでは?


 が、気づいた時には遅かった。


「いや――――――っ!?」


 僕らはクジラ(?)に引きずられるように、釣り竿ごと湖の奥底へと飲み込まれていくのだった。



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