2-1 ついうっかり泥棒に入ると掃除したくなる話


 宇宙人と地球人が言語をすり合わせる方法は簡単だ。

 郷には入らずんば郷に従え。

 標準語を地球語に設定し、彼等に話を合わせれば良いのである。大丈夫、慣れればそう難しくない。


*


「もう。本当にびっくりしたわよ……」

「すみません。まあ突然ベランダから入ってきたら、驚きますよね」


 ベランダから不法侵入した僕は、それから丁寧に事情を説明した。


 深瀬さんが突然ログアウトし、悲鳴が聞こえたこと。

 それが隣の家だと気がつき、緊急事態と判断して飛び込んだこと。

 ちなみに原因となった黒いあの子は、僕が窓を開けてもらったとき一緒に旅立ってしまった。今ごろ夜空を楽しく飛び回っている頃だろう。


 改めて――現実の彼女と対面する。


 VR上で見た黒くきれいな黒髪が、夜風に吹かれてゆるやかに揺れていた。

 もっさりとした青の芋ジャージと黒縁の眼鏡はいかにも引きこもりという感じだけれど、彼女の魅力が削がれるかというとそんなことはなく、丸く可愛らしい顔立ちにある意味よく似合っている。


 一応言っておくと――僕は、女子に対してまったく免疫がない、という程でもない。

 副委員長の藤木さんともよく連絡事項の相談をするし、一緒にカラオケやらボウリングなんかも行く。

 普通の会話で戸惑うようなことはない。


 ただ……

 さすがに深夜のマンションで、同年代の女子と顔を合わせたことはない。


 夜の魔力。或いは月の魔力か。

 僕は彼女と顔を合わせたまま二の句が継げず、彼女も言葉に詰まり。


 僕は――いや、その前にまずどうしても気になることとして――


「あの……すみません。初対面で、いきなり、こんなこと言うのもあれですけど」

「う、うん」

「深瀬さんの…………部屋、なんですけど。片付けしても、いいですか?」

「!?」


 彼女の住まいは、僕とおなじ1DKのマンションだ。


 けど正直に言うと、そこは『足の踏み場がない』という言葉がそのままの意味を持つような……

 具体的に言うと、ところ狭しと文庫本やら空のペットボトル、結ばれたゴミ袋により室内の大半が占拠されている状態であった。


 深瀬さんは、それはもう火がついたように顔を赤くし、わーっと、


「ち、違うのよ……これちゃんと片付いてるの! あたしには分かるの、こ、この本はベッド脇にあるのが良くて、この本はよく読むから足下にあって、だ、だから別に、ち、散らかってるわけじゃ……」

「でも、もう一匹黒い魔物が出たら」

「!?」


 僕としては今のうちに魔物退治をしておきたい。

 またゲーム中に悲鳴をあげられるとびっくりするし。


 ……でもまあ、彼女に迷惑かも、とも思う。

 見知らぬ人の家にいきなり男がやってきて「家の掃除させてください」なんて図々しいし。


「すみません、余計なお世話でした。とりあえず深瀬さんが無事そうで、良かったです。じゃあ――」


 と、帰ろうとしたら袖を掴まれた。


 彼女は半分困ったように、でも半分頼るように。

 ゲーム内でよく見た申し訳なさそうな顔をしながら、僕の服の袖をくりくりと指先で弄っていた。


「あ、その」

「はい」

「……く、黒いのが出るのは困るから、お、お願い、できるなら……」


 つい、くすっと笑みが零れてしまう。


 素直な子だなぁ。

 不器用な性格だけど、憎めないタイプの子だと思う。


「まあ、一緒にスライムを倒した仲ですし、手伝います。ああでも、今晩は遅いので明日でもいいですか?」


 夜間にがさがさ部屋を漁ったり、掃除機をかけるのはご近所様にも申し訳ない。

 というわけで明後日の朝――日曜日の早朝に、大掃除の約束を取り付けた。


 ……と、そうだ。


「あ。見られたくないものとかありましたら、今のうちに片付けて貰えると嬉しいです。具体的に言いますと、下着とか、その……」

「そういうものは落ちてない! ……はず。たぶん……」

「たぶん、では困るので、僕にレアアイテムを見つけられないようにだけはお願いします」


 その光景を想像すると少し恥ずかしくなって、僕は礼をしてそそくさと退散した。



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