2-2 掃除中に漫画見つけると無性に読みたくなるよね


 迎えた翌日――僕らはお掃除大作戦にとりかかることにした。

 リアルモンスター掃討大作戦、である。


 ちなみに補足しておくと、彼女の部屋は、完全な汚部屋という訳ではない。

 床に文庫本が散見し、その上に本やら漫画が積み上がり、その合間にゲームのパッケージやら正体不明の電子機器やプリントがジェンガのように転がっているだけである。


 空のペットボトルは一応ひとまとめにされ、猫避けのように縦置きで並べられているし。

 燃えるゴミもゴミ袋に入れられ結束バンドで結ばれたものが、玄関に四個くらい並んでいるので、一応……片付いてはいる。


「よ、夜更かししてると、朝に出し忘れちゃって……ゴミ袋がデバフみたいに貯まるのよ」とは、彼女の弁。


「まあ、これくらいならすぐ片付くと思いますよ」

「そ、そうよね? まだ重傷じゃないわよね?」

「時速30キロの自転車に追突されたくらいでしょうか」

「そこそこ重傷よね!?」


 彼女から予想通りの突っ込みを貰いながら、掃除を開始する。


 まず本棚に本を戻そう――と思ったけれど、本棚がぎちぎちだった。

 しかもハードカバーが、なんと横積みのまま本棚に突っ込まれている。


「んー。とりあえず先に、洋服をクロゼットに――」

「あ、ちょっ。そこはダメっ」

「え?」


 と、クロゼットを開けたら雪崩が襲ってきた。

 どたたたっ、とリュックサックやら学校の制服、謎の段ボール箱が飛び出し、僕の顔に突っ込んでくる。


「…………」

「……ちち、違うのよ? 後で片付けようかなと思って、い、一時的にログアウトしてもらっただけなのよ!」

「時速30キロの軽乗用車に追突されたくらいでしょうか」

「そこそこ重体よね!?」

「手術が必要です……断捨離という名の……」


 僕はこの部屋の主治医となることを決意した。


「深瀬さん。欲を捨てましょう。人の煩悩は108あるそうです」

「へ?」

「治療にはときに、痛みを伴いますので」


 で、まず手につけたのは、そこらに転がっている雑誌であった。

 少女漫画やら雑誌を一纏めにしてヒモで結び、焼却処分の準備をしつつスペースを確保する。


 さっそく雑誌をまとめると「あ……」と深瀬さんが者惜しそうな声をあげた。


「そ、その雑誌は待って、あのね鈴ちゃん回がほんと神回なの、だから」

「単行本」

「持ってます……」

「どうしても捨てられない雑誌は保存して、他は諦めてください」

「ごめんね鈴ちゃん……」


 それから僕はせっせと雑誌を一纏めにし、使って無さそうなケーブルをまとめ整理していく。

 古本もまとめつつ、一旦部屋を確保するためゴミ袋を外へ。


「燃えるゴミですけど、スペース確保のため一旦僕の部屋に避難させてもいいですか? 月曜に出しますので。あ、でも人様のゴミ袋を持ち込むってやっぱ嫌ですかね」

「もう好きにしてください……いやあたしの部屋なんだけど……」


 白旗を上げた深瀬さんに感謝し、僕はひたすら床を発掘した。

 幸い押入に空の収納ケースがあったのでそちらに不要品を詰めていく。箱は買ったけど未整理だったらしい。


 そうして一息ついて深瀬さんを伺うと、彼女は掃除の手を止め、漫画のシリーズ物を読みふけっていた。

 まあ、気持ちはすごい分かる……。

 と苦笑していると、深瀬さんがはたと我に返り、


「あ、っ、ついそのっ」


 立ち上がろうとし、文庫本を踏みつけ――つるりと滑った。


「あぶなっ……」


 伸ばした手が届いたのは、運が良かっただけだろう。

 正面に倒れ込んできた彼女を抱きかかえるようにキャッチし、足を踏ん張って堪える。


 抱きつくような姿勢になってしまったけれど、幸いなことに怪我はなく。

 彼女をゆっくり起こしてあげつつ、一応、注意しておこう。


「……こうならないように片付けましょう、深瀬さん」

「はい……」

「でも、怪我がなくて良かったです」


 笑って深瀬を解放しつつ、彼女に気付かれないよう心音を抑える。



 丁度この間、ゲーム内で転倒した時に、よく似ていた。

 同時に、手の平にのこった柔らかな柔らかな感触は、VRソフトを使った時よりも確かにはっきりしていて――


 ふるりと首を振り、考えないようにしよう、と煩悩を打ち払った。


*


 床を掘り起こし、窓を開け、換気しながら掃除機をかける。

 心地良い風がきれいになった床を吹き抜ける頃には、時刻は正午に差し掛かっていた。


「あたしの部屋って、こんなに空間あったのね。……その。ありがとう。手伝ってくれて」

「いえいえ。僕つい片付けちゃう性格なので、余計なお世話だったかもですけど」


 部屋の汚れは、心の汚れ。

 綺麗なのは良いことだと一段落していると、くぅ、と腹の虫が鳴いた。

 お昼に丁度いい時間だろう。


「じゃあ僕はそろそろ帰ります。すみません、人様の部屋を勝手に漁ってしまって」

「あ、ま、待っ……」

「?」

「あの、その……お、お礼」

「気にしないでください。僕が掃除したかったっていうのもありますし、時間もありましたし」

「でも、……私が、気にするから。だから、お昼ご飯くらい……」

「んー……」


 ――ここは奢って貰った方が、良いかもしれない。


 人間関係というのは、ギブ&テイクだ。

 形としては今回、僕の方が彼女の手助けをしているので――深瀬さんとしても何かしらお返し出来る形にした方が、気持ちとしては落ち着くだろう。

 時には相手の好意をもらうのも、地球人との関係を円滑に進める秘訣である。


「じゃあ、良ければ頂こうかな……?」


 ありがたく頂くと、彼女はうっすら瞳を細めて嬉しそうに綻んだ。

 その笑顔だけでも、僕としては嬉し――


 ……かったのだけど、台所を覗いた彼女はすぐに、うぐ、と声を詰まらせる。


 棚にはカップ麺やレンジでチンするカレーが勢揃いだった。

 ……彼女の生活、大丈夫だろうか?

 一抹の不安を覚えるなぁ。


「えと……カップ麺、塩味とカレー、どっち……あっ、すぐコンビニで何か買ってくるから――」

「僕、何か注文しますよ。食べたいものありますか?」

「え、えっ」

「肉野菜炒め弁当とか、結構好きなんですよね僕。二人で分けません? お代は僕が持ちますので」

「じゃあ、それで……」


 彼女の了解をもらい、ついでに野菜サラダと豚汁をセットでこっそり追加。

 注文が届くまでに雑誌類の残りをまとめ、ついでにキッチンの洗い物を片付けた。




 やがて注文した肉野菜炒め弁当が届き、二人でそっと「頂きます」と手を合わせた。

 蓋を開けた途端、ふわっと炒め野菜の香りが室内に広がり、深瀬さんの瞳がちいさく輝く。


「おいしそう……」

「あ、これサラダとドレッシングです。トマトも」

「野菜嫌い」

「野菜もちゃんと取らないとダメですよ」


 えぇ……と、彼女が不機嫌そうに、口元をアヒルのようにしつつ箸を伸ばす。

 けど一応、口に運ぶのを見てると物凄く嫌いという訳ではないらしい。


 そしてもぐもぐと小さな口でゆっくり堪能し始めた姿を見ていると、何だか可愛らしいハムスターでも眺めているような気分になって、ほんの少しくすぐったい気分になった。


「な、何よ……あんまり、見ないで……」

「すみません」


 ゲームの設定によれば、僕らは友達ではないらしい。

 けどどうしてか、久しぶりに――僕は教室でも自宅でもない見知らぬ人の部屋のなかで、ほんのりとした熱を感じた気がして。

 彼女にバレないよう、こっそり笑みを浮かべ、その気持ちを内側にそっと閉じ込めるのだった。


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