1-10 レアアイテムはなくなりましたが楽しかったので問題……ない?


【チュートリアル:自動再生】

【一部のモンスターはHPが自動的に回復する機能を持ちます。友達と一緒に攻撃し、HPを一気に削りましょう。

 なおスライムなど、一部のモンスターは体内の核を攻撃することで致命傷を与えます。友達と的確に弱点を狙う相談をしましょう。

 またフレンド登録を行うことで、フレンドボーナスにより基礎ステータスが上昇します。火力が足りないのであれば、近くの人とフレンド登録し――】



 メッセージウィンドウを消しつつ、深瀬さんが息をついた。


「そう言われても、あたし達火力ないんだけど……」


 確かに僕らの火力は低い。

 深瀬さんの炎魔法くらいしか、ろくにダメージを与えられるものがない。

 スライムの再生と、継続して与える毒ダメージが丁度相殺し合うので、地道に当ててればいつか倒せる気はするが……


「ああでも、先程と状態が違いますね。敵は地面に落ちていて、こちらの物理攻撃も届きます」

「でも、あたし達が殴ってもぜんぜんダメージ通らないでしょ……?」

「ええ。でも一つだけ方法が……なくもない、です」


 言い辛かったのは、この方法は彼女に負担を強いるからだ。

 まあでも、相談するくらいは良いかな?


 と、彼女にそっと耳打ちする。


「んなっ!? む、無理よそんなの……しかも一発勝負の博打じゃない……!」

「僕がおとりになります。スライムは動くものに対して反応しやすいようですので、僕がスライムの前で動き回ってる間に、深瀬さんがゆっくり忍び寄れば成功率は格段に上がります」

「でで、でもほら、あたし運動神経だめだし下手だし、し、失敗したら……?」

「大丈夫ですよ」


 僕はにこっと笑う。

 彼女は慌てているけど、実行できるなら分が悪い賭けではないと、僕は思う。

 それに、ここで僕がおどおどしてしまったら、彼女も不安に思ってしまうはず。


「深瀬さんなら出来ます」

「そそ、そんなの根拠がな――」

「失敗したら、僕が責任取って先生に土下座して謝りますので」

「えぇ……?」

「それにほら。実行するのは深瀬さんでも、作戦を考えたのは僕ですから、僕に責任があるのは普通のことです。大丈夫。他に手段もないですし。ね?」

「ぅ……」

「頑張りましょう。この戦いに勝って、僕達の未来を掴みましょう」

「死亡フラグみたいなこと言わないで!?」


 まあまあと宥めつつ、僕は駆けだした。

 作戦を開始すれば、深瀬さんはきっと乗ってくれる。

 というより彼女は僕の見立てだと――結構なお人好しだから、放っておけないのでは、と思う。


「ああもう、分かった、やる、やるからっ……!」


 深瀬さんが隠者の指輪を装備し、透明化。

 その移動を予測しつつ、僕はスライムの右脇に回り込み、反復横跳びのように右へ左へ回避する。

 スライム本体から伸びる触手は、速度こそあるものの軌道が一直線だ。回避はそこまで難しくない。


 そうして時間を稼ぐ間に、ゆっくりと、深瀬さんがスライムの背後に到着して――


「ああもう、し、知らないんだから! せやあ――っ!」


 彼女がスライムに飛びかかる。

 アイテム画面から、黒剣を選択。

 装備、ではなくそのまま放り出し――



 ごすっ



 重力による自由落下で、スライムの胴体にぶっ刺した。

 真っ二つにされたスライムがぶるぶる振え、そのHPゲージが減少。さらに、


「くらいなさい! ふ……フライングボディプレス!」


 彼女が叫び、スライムに覆い被さりながら、黒鎧を装備。


【ステータス異常:重量オーバー500% 移動力100%↓】


 の表記を出したまま、全身の自重をもって――スライムを、押し潰した。

 それは見事なクリティカルヒットだった。

 ゲーム内の物理演算に従い、べしゃっ! と物凄い音を立ててスライムが爆発四散。


 敵頭上に表示されたHPゲージバーが一割を切り、さらに潰れた粘液の隙間から何かが飛び出す。

 スライムの本体、赤色の核だ。


 すかさず僕は懐から【火炎弾】――深瀬さんの炎魔法と同等の威力を発揮するアイテムを投擲。

 スライムの核に命中させ、その本体を焼き尽くす。


 じゅわ、と音を立ててスライムの核が消滅し――



【経験値取得 レベルアップしました】



「やったっ……!」


 強敵スライムの撃破に、ついに成功した。

 良かった。なんとかなった……!


「ありがとうございます、深瀬さん! 倒せました!」

「よ、良かったわ。それよりごめんなさい、起こして貰えない……?」

「はい、すぐ行きます」


 勝利の余韻もつかの間、僕はすぐに深瀬さんの元へ走る。

 彼女は未だ鎧姿のままスライム溜まりの中におり、その全身はぬるぬるの粘液塗れだ。


「あ、でも待って。あなたまで入ってきたら、あなたもスライム塗れに……」

「いえ構いません、すぐ引っ張り出しますし、そもそも相方だけスライム塗れにさせるなんて失礼ですし」


 僕も構わずスライムの残骸に手を突っ込み、彼女に触れる。


「鎧の装備、解除できますか? 濡れたのは鎧だけで、深瀬さんは濡れてませんよね。装備解除した直後、すぐ引き上げます。すこし濡れるかもしれませんけど、装備品の下まではできるだけ濡れないよう頑張りますので」

「それは仕方ないわ。じゃあ、お願い――」


 彼女が重装備を解除し、元に戻ったところで僕はすかさず彼女を持ち上げた。

 なるだけ深瀬さん本体を粘液にさらさないよう気をつけつつ、スライム溜まりから脱出。


 そうして彼女の救出にも成功した僕らは、気がつくとお互い自然に笑みを浮かべていた。



 まあ――不思議なゲームではあるけれど。

 一緒に何かを成し遂げ、クリア出来るというのは、やっぱり嬉しいし楽しい。

 難敵を突破した爽快感に浸りつつ、僕らは粘液をぬぐって笑う。


「なんとかなりましたね。あとは洞窟を脱出して、初期地点に戻りましょう」

「ええ。残りの敵はたぶん、陰キャの指輪を使えばぜんぶ誤魔化せるはずよ」


 お互いに頷き、勝利を確信しながら。

 ついに出口へと向かおうとして――



【ステータス異常:腐食 スライムの粘液により装備品が腐食しました。破棄されます】



 ばーん! と音を立てて。

 黒鎧と黒剣が、スライムの粘液による状態異常でいきなり壊れ、崩れ落ちた。


 見事なまでにばらばらに粉砕し、灰のように粉々になって消えていくレアアイテム達。


「…………」

「…………」


 僕らは無言で顔を合わせた。

 深瀬さんは半笑いのまま固まり、目の前で起きた出来事が信じられずに頬をひくつかせている。


 そうして戸惑うこと、数分。


「……現実はいつも残酷ね……人を絶望させるには、まず希望を持たせるってよく言うもの」

「いやこれゲームの仕様がおかしいと思います。レアアイテムが突然なくなるなんて、鬼難易度のローグライクゲームくらい危ない仕様かと……」


 つい溜息をついた僕ら。

 ただまあ、これは後に分かった話だけれど――あの黒剣と黒鎧は、フレンド登録数に応じて耐久と威力が増すらしい。

 結局僕らには使いこなせない、ただの重すぎる装備品だと分かったのは、だいぶ後のことだ。


 そうして結局なにも残らないまま、僕らは洞窟を後にしたのだった。




 まあでも、正直――すこし楽しかったな、と思った。

 彼女には、申し訳ないことをしてしまったけれど。



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