第7話

 蓮宮はさっそく、岩田への取材を試みた。


 東海商事のオフィスがあるビルの前で、岩田が出てくるのを待った。夜の九時を回った頃、岩田がビルから出て来た。

「突然すみません。私、旭日出版の蓮宮はすみや玲子れいこと申します。岩田さんですよね? ちょっとお聞きしたいことがありまして、今、宜しいでしょうか?」

 岩田は迷惑そうな表情を見せて、

「困ります」

 とだけ言って、早歩きになった。蓮宮も負けじと、岩田について行ったが、路地裏まで来たところで見失った。

「あら、逃げられちゃったわね」

 蓮宮はそう言って、空を見上げた。ビルの合間に見えたものは、小さめだが、綺麗な満月だった。

「今日は満月だったのね」

 感慨深げに月を眺めていると、ビルの屋上で動くものが見えた。すぐに双眼鏡を出して覗いてみたが、すでにその影は消えていた。


 一週間ほど、蓮宮は岩田が退社するのを待ち構えては、声をかけ続けた。


「岩田さん、いいんですか? このままで。あなたはこんな事を望んでいたわけじゃないでしょ?」

 蓮宮の言葉は確信を突くようで、真意が見えない。どうにでも捉えられる、心にわだかまりを抱えた者には非常に気になるものだった。

 岩田は足を止めて、蓮宮を振り返った。

「あんた、俺の何を知っているんだ?」

「二人だけで話しましょう。場所はあなたが決めていいわ」


 岩田は誰にも聞かれない場所に蓮宮を連れて行った。

「いいわねぇ、空が近いわ。都会の空は小さいと思っていたけれど、ここからなら、空はちゃんと空なのね」

 そこはビルの屋上だった。

「あなたは空が見たくて、いつもビルの屋上に上っていたのかしら?」

 蓮宮は、『摩天楼の狼男』が岩田だと確信していた。

「あんたは一体何者なんだ?」

「あら、自己紹介を聞いていなかったのかしら?」

「出版社の記者なんだろう? それは聞いた。あんたは人間なのか?」

 岩田が意味深な発言をした。

「あなたに言われたくないわよ、狼男さん。私の勘が鋭いのは、ジャーナリストだからよ」

「……」

 岩田は何も答えなかった。

「この間、大神おおがみ村へ行って来たわ。あなたの故郷でしょう?」

「行ったのか!」

「大きな声を出さないで。優しいおばあちゃんが、ここは大神村だと教えてくれたけれど、元気な若者に追い返されちゃった。素敵な場所だったわ。でも、二度と行かない。私たちが安易に踏み入ってはいけない場所。誰にも知られてはいけない場所」

「何をしに行った?」

「獣に人が殺された。都市伝説の狼男。私の中では狼男に人間が殺されたという構図が見えたわ。そこで、狼男伝説のある村を訪ねた。大都会で狼男を一人探すより、田舎で狼男を探して手がかりを得る方が早いと思ったの。大神村が狼男伝説の村。いいえ、男に限らないわね。村の人々はあなたの同胞」

 蓮宮がそこまで話すと、岩田は少しずつ変化して狼男の姿になった。

「お前をここで殺す」

 鋭い爪を蓮宮に向けて脅したが、

「大丈夫よ。私はあなたの敵じゃない。人の姿に戻った方がいいわ。最近は空を見上げる人が多いみたい。だから、あなたが都市伝説になっているのよ。気をつけなさい」

 蓮宮には全く動じた様子はなかった。

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