第5話 異世界サバイバルの必需品

 クロベエにまたがり辺りを散策する。生きるために何より必要な水源の確保と、同じく無いと非常に困る焚き火の材料を集めるためだ。


 ログボの食糧セットに水も含まれていればこんな苦労もなかったのだけどな。ほんと気が利かない女神だわ。そもそもさ、水や食料はログボじゃなくて『チュートリアル』をこなす過程で手に入るようにしてくれたら良かったんだよ。ファイアスターターとかさあ、ナイフとかさあ。サバイバルのお約束道具って有るじゃん?


 ログボは好きだしワクワクするけどさ、もっとこう、やりようが有ると思うんだよな。


 ぶつくさ言いながら暫く探索をすると、クロベエが『あっちから水の匂いがするよ』と駆けだした。こいつ、実は結構有能なのでは無かろうか。


 クロベエの背中で揺られること数分、まもなくして視界に入ったのは広くて綺麗な泉だった。泉の中央にはこんこんと水が湧き出す岩場があって、めちゃ綺麗。うーん、アプリでささくれた心が癒やされていくのがわかるぜ。


 めちゃくちゃ透明度高くって、いかにも飲めそうな感じだけど……のんでも平気かな? いくら泉と言っても中に何も住んでないわけじゃあないからなあ。魚やら虫やらはまあ、ギリいいけど、目に見えないようなアレやこれやがウジャウジャしてたらちょっとやべえ。


 悲しいかな、現代においてはどんな山奥であっても、沢水の利用には注意が必要だ。


 いかにも飲めそうな綺麗な湧き水スポット――かつてコップが据え付けられ飲み場として賑わっていた場所ですら『大腸菌が検出されました。飲まないでください』等と書いた張り紙があったりするからな。


 けれど、ここではそんな心配は無いのかもしれない。何と言っても異世界だ。周りに水を汚すような物が有る様子は無いし、何よりファンタジー的なご都合主義で多少は気を利かせていると思いたい……つーか、死なない身体らしいからね。何食って飲んでも平気だろ……多分……。


 というわけで遠慮なく両手で掬い口に含んでみた。ヒンヤリとした甘い水だ。思わずそのままゴクリとやれば、乾いた喉をスルッと滑り落ちて非常に気持ちが良い。


 俺の隣で水を飲んでいるクロベエも満足そうだ……こいつ……顔をつっこんで飲んでるけど、そこから変な菌が滲み出て俺に感染ったりは……しないよな……?


 ……気分的に最悪だが、まあ、平気だろう。なぜなら俺は無敵なのだから! そう思っておこう! うん! てなわけで、喉も潤ったので休憩がてら水辺に座りスマホを弄る。


 なんとはなしに、いつものくせで毎日見ている画像掲示板を開いてしまったが、普通にスレッドの最新リストが取得されてしまった。どういう原理か分からないけれど普通にブラウジングができてしまう……うん、これならなんかあった時はググって解決できるな。通信の仕組みやらなんやらの難しいことは考えない! 便利だからそれで良し! ヨシ!


 ただ、どうやらメールの送受信や通話はできないようだった。


 SNSに『大自然の水すげーうめー!』って知らん人から『菌が云々』って絡まれるの覚悟で泉の写真あげようと思ったら通信エラーで弾かれちまったんだ。


 検証がてら、年下の友人であるカズくんに『うんち』と書いたメッセを送ってみたけど、同じく送信エラー。ならばとかけてみた電話に至っては何の反応も示さなかった。ううむブラウジングはできるのによくわからんな。


 じゃあ、マップはどうなっているのだろう? 地図データだけDL出来て位置不明になんのかな? なんて検証がてら開いてみたら……なんじゃこりゃ。


 きちんと現在地が表示されているのには驚いたけれど、それはいい。問題は地図だ。目の前に該当する部分は水色に塗られていて雑に『泉』と書かれている。もしかしてこれは地図が異世界仕様になっているのでは?


 人工衛星も無いだろうにどういう仕組みなのだろうと色々弄ってみたけれど、弄ったところで仕組みなどわかるわけがねーよね。だけど、使い方というか、仕様はなんとなく理解が出来たぞ。


 どうやら俺が行った場所がマッピングされて空白の地図にどんどん地形が書き込まれていくようになっているみたい。近場の集落どこじゃろなって地図を広域にしたら途中から真っ白になって表示されなくなっちゃったんだもの。


 もしかして、とクロベエにまたがってうろちょろしてみたら、それだけ地図が埋まっていって確信したわ。


 ダンジョン系RPGなんかでよくあるオートマッピングってやつみたいなもんですな。


「パンちゃんめ、ここまでやるくらいなら地図データくらい全部入れてくれてもいいじゃないの……いや、こういう地図埋め作業嫌いじゃないけどさあ」


 ぶつくさと文句を言っているとメッセージ受信を知らせる『ポコン』といった間抜けな音がスマホから鳴り響く。


「あれっ!? さっき送受信出来なかったのに一体何が起きてるんです?」


 びっくりしてスマホを見てみると通知が届いていて、どうやら送り主はパンちゃんのようだった……って、何しとんこの女神。つか、スマホ弄ってる時に俺のメッセID抜いたな? 日本ならおまわりさんに『メッ』ってされるぞ!


『掲示板への書き込みやSNS、メールや電話もだけど、タイムスタンプが残ったり、個人と直接的なやり取りが出来るようなものは後から貴方を彼方に返した際に面倒な事になりそうなので使えなくしています。ブラウジングも周りがかなり面倒だったけどそれは頑張りました。地図の件は探索の楽しみが無くなると思った女神の思いやりです。感謝するように』


 ポコン!


『追伸 何かうるさくぼやいてましたが、ちゃんと確認してくださいね。ログインボーナスの他に初心者ボーナスも付与されています。忘れたわけじゃないということを理解してくださいね。まったく貴方はトリセツを読まずにクレームを入れるモンスタークレーマーなのでしょうか?』


 ポコン!


『これからはクレームを入れる前にアプリをきちんと見るようにしましょうね』


 ポコン、ポコンと音を立ててメッセージが追加されていく。なんだこいつ、ムカつくし面倒くさい奴だなと少し思ったけれど、物をくれる神は良い神だ。素直に感謝をしておくこととする。


 ポヒュ!


 『さんきゅー(お辞儀をする猫のスタンプ)』


 ……特に感謝の言葉が思い浮かばなかったので、シンプルに送った……あ、やっぱコイツには送れんのね。なんかムシャクシャした時にクソメッセでもおくっちゃろ。ウザいスタンプ連打すんのもいいね!


 メッセージアプリを閉じた後、早速アプリを開いて見ると『アイテムボックス』なる良く知っている項目が増えていた。言うとうるせーから言わねーけど、これさっき無かったじゃんな。ぜってー俺のボヤきを聞いて後から実装したんだぜ? 


「念願のアイテムボックスを手に入れたぞー!」


 とりあえず口に出して喜びアピール。なんかやると喜ぶってのを見せとかないとサービス悪くなりそうだからな。


 でもこれ、普通にうれしいね。アイテムボックスだぜ、アイテムボックス。ログボで貰ったカバンが即効で霞むくらいの良いプレゼントですやん。


 いや待てよ……スマホに入れんだよな?


 ご丁寧に開いた箱の絵があるあたり、ここに当てると……おお、小石が消えた。やっぱ画面に当てると収納されんのか……。


 ううん。入れるものを選ぶ必要があるね。狩りで手に入れた獲物とかは止めたほうが良いかもしれん……だってスマホに血とかついたらやだし……。


「とりあえず今は検証しとくか。さっき入れた石はどんな感じになってんのかなっと」


 ぽちっとボックスアイコンをタップすると一覧が表示され、そこには俺が入れた石と、ついさっき『欲しかったなあ』とボヤいた物達の名前が表示されていた。


【内容物】

『ただの石』『ナイフ』『ファイヤースターター』『水筒』『シェラカップ』『皿』


「異世界初心者キットじゃなくてキャンプキットだよね……つかさ、やっぱ言っちゃうけどさー、お前、ぜってー俺のぼやきを聞いて後から入れただろ? ぜってーそうだって。ていうかさ、もっとこう異世界を無難に過ごせるような、活躍できるような何かが欲しかったよなあ」


 あえて声に出してぼやいてみれば早速メッセージの襲来だ。


 ポコン!


『そういうチートめいたのは後から出てくるから待っててよ……あと決して貴方の話を聞いてから足したわけではありません。アイテムボックスもだし、中身だってちゃんと考えてたし、後から足しました。本当です。嘘じゃないし! てかチートやるつってんのにスマホがいいって言ったのあんたじゃん!(ガン切れして顔が赤くなってる絵文字)』


 ごちゃごちゃ言い訳してるけどうっかり『後から足した』とか言っちゃってんじゃん。これぜってえクロだわ。ポンのコツだわこの女神。だいたいこんな妙な世界にしちまうような神様なんだ、ポンコツじゃねえわけがねえんだよなぁ……。


 でもありがたいよね。現場の声を直ぐにフィードバックしてくれるってのは本当にありがたい。チートやって後はガンバ! じゃあなくって、ちゃんとアフターケアもしてくれるみたいだからね。


 欲を言えば後からくれるらしいチートめいたものも今欲しいところだけど、どうせノリで言っただけでまだ何も考えていないのだろうし、そこは触れないでおいてやるよ……。

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