第4話 黒き魔獣

『ちょっと貸して』とスマホを奪われてめちゃくちゃ焦ったわ。変なの保存してるつもりはないんだけどさ、やっぱこう、人にスマホを渡すのって落ち着かないよね? いやすいませんうそをつきました。ロックフォルダにヤベエのいっぱいです。さっきから変な汗が止まりません!


 内心ビビリ散らかす俺をよそにパンちゃんは俺のスマホをスイスイっと弄ったり、怪しげな光をビビビっと送り込んでいる。なんだか壊れるんじゃねえかと不安になってくるけど、きっと異世界でも便利に使えるようにしてくれているんだろうと思いたいね。


 わかんねーことがあれば、知恵を絞る前に検索して調べちまう俺だぞ?


 ネット使え無いとまともに火も起こせず翌朝冷たくなってる自信があるもんね。やっぱ俺が異世界で生き抜くために必要なのは力でもカリスマでも無くスマホだよ。パンちゃんが言う『便利な生活を見せつけろ』ってあれもさ、スマホ無きゃ無理だって。ノー何とか農法とかさ、水車の実装とかさあ。ちらっと概要知っててもやれるか、作れるかって言われたら無理じゃんな。そういうの他人に説明できる時点で『一般人』とはいえねーわ。


 そう考えるとさ、やっぱスマホ使えんのマジ助かるわ。スマホがありゃあ、クソ雑魚一般モブピーポーの俺でもWEB検索して『これが水車の設計図ですドヤァ』って出来るし、刀の打ち方だってさ、動画見せたらなんとかなりそうじゃん? 料理のレシピもサイトみりゃ一発だし……スマホあるのとないのとでは異世界生活の難易度が変わりますわ。


 なんて、スマホがある異世界生活に思いを馳せていると、作業が終わったのかくいい笑顔でスマホを返された。


 ……見た目全然変わってないけど大丈夫なんだよね? 


 信用して良い? 良いんだよね? ウンウンと頷いているな……逆に不安になるぞそれ。これ買ったばっかなんだよ? 一括13万だぞ、かかってこい! 壊れてたらマジで許さんからな……よし、大丈夫そうだな。


 どうやらこれで一通りのイベントは終わったみたいだし、いよいよ俺も異世界に――と思ったら……なんか屈んでクロベエと向き合っているな……何やってんのコイツ。


「にゃあにゃあ」

「にあー」

「んなんな」

「ぐぬー」


 なんでうなうな言ってるんすかパンちゃんさん……。


 なんだか見てて妙に微笑ましかったので生暖かく見守ってんだけど、まさか女神だからネコと話ができたりしてんのかな? もしそうなら羨ましいな! あいつが普段俺のことどんな目で見てるのかぜひ聞いてみたいもん。


 お話ごっこに満足したのか、本当に話がついたのかはしらんが、クロベエとの対話をやめ、こちらにやってきた。今のやりとり動画で撮っておきましたからね、いつか会う日があれば見せてあげますよ。


 ククク……女神よ……お前の黒歴史フォルダにまた一つ歴史が刻まれたな。


「なに? なんか私の顔についてます?」

「いえ、別に。どうぞ、お話を続けて下さい」


「? まあ良いでしょう。それでは、貴方がたを私のユリカゴに降ろします……お願いしますユウさん……私の……幼き世界を育ててください……お願い……します……」


 どこか祈るようにお願いをされた後、来た時と同じ様な光に包まれグニャリと視界が歪んで……意識が……途絶えて……いく……。



◇◆


 さわさわと頬をなでる風が心地よい。

 

 春のようなやわらかな日差し 揺れる木の葉の音 ふわふわの毛布。きっと良くある異世界謎平原にダイレクトアタックされたのだろう。そこまでテンプレ通りなんて、ほんと雑な女神様だわ……。


 って、毛布!?


 目を開けて手をつくとフサッとした手触りを感じた。ゆっくりとその場を離れ「フサフサ」の正体を探る。


 体長3m前後 ライオンのような鬣をなびかせ 悠々と眠る黒っぽい獣。そのフサフサとした大きな尻尾が俺の腹に乗っていた。


 これは……噂の『魔獣』というものだろうか。


『死なないようにする』とパンちゃんも言っていたし、何かあっても平気だよね……?


 怖いのを我慢して近くによって観察をする……と、一陣の風が魔獣の毛をなでた。


 瞬間、漂うかぎなれた香り。この芳しさ、間違うわけもない。


「うわ……まいったな……まじかよ……このクソデカフレンズ、クロベエか……」


 前に回り込みしげしげと顔を見れば、スヤリスヤリと寝ている魔獣は正しくクロベエだった。つーかサイズおかしくねえかお前。


「……デカくなったな……小僧……」


 言ってみたかった台詞をここぞとばかり発して頭を撫でているとクロベエが目を開け大あくびをした。


「うおおおくっせええええ! 全身で生臭アクビくらったら死んでしまいます!」


 むにゃむにゃとしながらあたりを見渡したクロベエは俺に気づくと目を細め。


「ゆうー そろそろ ご飯の じかんじゃないかなー?」


 ……と、さも当たり前のように喋りよる。


 俺には夢があった。


 クロベエを撫でながら常々独り言のように言っていた夢だ。


『なあなあお前大きくなったら俺を背中に乗せてくれよ』


『どうせ”19時だから飯にしろ”って言ってるんだろ? ニャアニャア以外にも言葉覚えろよな。そしたらもっといろいろお話できるだろ?』


 日々、独り言のようにクロベエに語り掛けてきたそんな夢が今……叶っているのである。つうか、マジかよ信じらんねえ。


「クロベエ……お前なんで喋れるの? そもそもどうしてそんなに大きいの? 俺を食べちゃうとかそういう……?」

「うんー? おれ いつもゆうに喋っていたよ ごはんーとか さんぽーとか。 ゆうがおれのことば わからなかっただけじゃない」


 なるほど猫からすればそういう感じだったのか。確かに水が欲しそうな時、外に出たそうな時、ご飯をねだる時、それぞれ違う声で鳴いていた……と思う。


 実際、オヤツの袋を見せたとき発する「にゅああああ」という声を聞いて何処かに入り込んでいたほかの猫まで出て来ることはしょっちゅうだ。猫には猫の言葉があるんだろう。


「おおきくなったのは ゆうが おれに のりたいーっていつもいってたでしょ だから 女神におねがいしたんだよー」


 クロベエ……お前良いやつだなあ。撫でちゃる! うほおお、ボリュームがあるのう、もっふもふだのう! 


 きっとクロベエと会話が出来るのはパンちゃんが雑に付与してくれた『何故か言葉が通じるアレ』のおかげなんだろうな。んでクロベエが貰ったスキルが巨大化ってわけか。なんだか棚ぼた的に密かに胸に抱いていた願いまで叶ってしまったわ。ありがてえ、拝んどけ拝んどけ。ぱんちゃんどーもどーも。


 ……つうかこの万能翻訳スキルはどこまで効果が適応されるんだ? そこらの動物の言葉までわかっちゃったらお肉食えなくなっちゃうんだけど……!


 つーわけで、なんか嬉しくなっちゃって、しばしの間クロベエとのお喋りを堪能しちゃってたけど、このままここに居るわけにはいかねーよな。


ぐっと重い腰を上げ、俺たちがほっぽりだされた場所を見渡してみれば、やっぱどうみても異世界物でしばしば主人公がぽいっとされるような、ファンタジー世界なら何処にでもある丘の上の草原という感じの場所で、見える範囲にゃなーんもねえ。


 現地人の集落でもないものかと、クロベエに乗ってあちこち探してみたが、ぜーんぜん見えやしねえの。


 やったら広い草原を限界までガン見しても煙は勿論のこと、街道やら立札やら、ポイ捨てされたゴミの類やら……とにかく文明らしきものを一切みつけらんねーあたりからして、現代日本の感覚で言う徒歩圏内には集落なんてもんは無いんだろうな。


 なんだか少し萎えてしまった俺はいつもの癖で『今何時なのだろう』とスマホを取り出し……た所でパンちゃんの言葉を思い出す。


『アプリ入れておきますね』


 せやせや、アプリやアプリ。女神様がくれたんや、さぞおもろい神ゲーが入ってるだろうな、女神だけに! がはは! なんて独り言を言いながらスマホをチェックすると、きちんと新しいアプリが増えていた。


【リパンニェル】


「アプリに自分の名前つける開発者って…… いやまあたまにいるけどさあ……」


 アプリを立ち上げると、スプラッシュロゴやらタイトル画面やらなんてものはなく、唐突に女神の声が聞こえてログインボーナスが表示されやがった。なんて手抜きゲームなんだ!


『ログインボーナス! 今日はこれがもらえるよ!』

【食糧3日分】


『明日はこれがもらえるよ!』

【水3日分】


「え……なにこれサバイバル中にサバイバルアプリやれって?」


 と思った瞬間、背後で ドサッと何かが落ちる音がした。まさかなー、まさかなーと振り返ってみれば、落ちていたのはデカめの肩がけバッグ。うそだろーうそだろーと中を覗いてみれば、入っていたのは食糧セット3日分と雑に書かれた付箋が貼り付けられた紙袋だった。


「……なるほど……そういうアプリかぁ。ゲームじゃなくて異世界ノベルにありがちな実用アプリなのなー。いやあ、助かるけどさあ、なら水もセットで今日くれたほうがよかったんじゃないっすかねーー!」


 何処かで聞いていそうなパンちゃんに文句をつけつつも、それはそれとしてありがたく拾っておく。居や実際助かったわ。いきなりイモムシさんとかクモさんとか『貴重なたんぱく質です』とか自分に言い聞かせてもぐもぐすんのやだからな……。

 

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