終章:月読と天照

      終


 東京都・池袋区―A危険度★4。


『キエアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』


 駅の広場で、一体の異形の影が雄叫びを上げる。

 中心街から大きく離れた、寂れた駅ではあるが、昼間では大勢の人が行き交う。

 しかし今はその痕跡すらなく、周辺を結界を覆っている。


「昼間も働いて、夜も働かないといけねえなんざ……わなみは苦労人だね」

「何で、お前限定なんだよ。俺も仲間に入れろよ」

「いや、お前は働いてねえだろ」

「働いているぞ! リーマンはな、大変なんだからな!」

 月読の言葉に、天照が唇を尖らせながら言った。


『こらこら、君達、いつまでやっているんだい?』


 無線から、やひろの声が響いた。

 ――今日は先生か。

『結界は張り終えたけど、私にも限界があるからね。早く終わらせてくれると助かるんだけど』

「悪い、先生!」

 天照がすぐにばつの悪そうな顔で返した。

 こういう素直な所が好かれる理由の一つなんだろうが、自分には到底真似出来ないな、と月読は思った。

 ――その役目は、天だからな。

 月読は扇子を取り出し、その先端を『怨魔えんま』に向ける。


『あしひきの――』


 建物の影から這い出たような、黒い塊から、黒い鞭のような鋭利なナニカが地面を引き裂いた。

 女の髪の毛に似たそれは、街路沿いに生えていた木に巻き付いた。その瞬間、木はぱっきりと折れた。


「うわっと」「おっと」


 天照が咄嗟に月読を担いだまま大きく飛躍して衝突を避ける。

 そして天照が月読を下すと同時に、攻撃が降り注いだ。

『山鳥の尾の――』

 また一撃、影の鞭が地面を裂いた。

『しだり尾の――』

 さらに、二撃、三撃、と地面を鞭で引き裂いて、大きく抉った。

『ながながし夜を――』

 今度は、影の鞭が近くの木に巻き付いて、引っこ抜き――

『――ひとりかも寝む!』

 根っこから引き抜かれた街路樹が真っすぐ向かってくる。


「来い、天照大神!」

 

 一瞬で炎を纏った太刀を出現させ、月読の前に立って街路樹を焼き尽くす。

「月読!」

「ああ、分かっている。お嬢さんの心は、わなみが取り戻す。お前は……」

「お前を護ればいいんだろ!」

 はっきりと言う天照に、月読を照れくささを感じながらも頷いた。

「ま、まあ、そうだね」

「じゃあ、派手にいかせてもらうぜ!」

 天照は太刀を両手で構え直す。

 ――頼もしいんだが、危なっかしいんだか……まあ、そこはわなみが何とか補えばいいだけの話か。

 ――何故なら、解くのはわなみで、戦うのはあいつの役目……。


「宵町の血ノ縁の下に、我、詠う――さあ、恋の結末を届けに来たぜ」


        *


 東京――多くの人の想いが行き交う、愛憎が蠢く街。


 語る人は、愛の言葉。

 人が騙るは、恋の歌――。


 恋に破れた怨念を払うは、因果に選ばれた伊達男達。

 彼らが救うは人か、恋か――。


 ああ、今日も歌が空に舞う。

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