第2話 初舞台(失敗)

「皆いるか?」

台上に登っている男は周りを見渡すようにそういった。彼の前には大勢の人がひしめき会っており、各々不安や困惑の顔をしていた。


「こちらの不手際で本来入れる予定がなかった魔獣、ガーゴイルが裏庭に逃げ出してしまった、すまないがガーゴイルを捕まえるまで試験の時間を遅らせてもらう」

ザワザワと冒険者試験を受けに来た受験生達が騒ぎ出す。


それもそうだろうガーゴイルと言えば一端の冒険者がやっとの思いで倒す程の強い魔獣、受験生が相対していい相手では無い。


「では、しばしここで待て」

そう言って男は台から降りて冒険者本部へと姿を消した。


そしてここに気弱な青年と夢見る青年がいた。

「な、なぁガーゴイルだってよ、こ、怖いよなぁ」

「ば、バカなにびびってんだよこれはチャンスだろ」

「な、何がチャンスなんだよぉ」

「だってよぉ、ここでガーゴイルを俺らが倒せれば歴代類を見ない受験生になるぜ」

「で、でも無理だよぉ」

「何言ってんだ、やるんだ、それしかない」

「うぐぅ、でもぉどうやって·····」

「冒険者協会の裏庭は魔獣を逃がさないための結界は強力だが、人を出入りさせるための結界は無いに等しい、そこを狙う」

夢見る青年は笑みを浮かべる。叶えられそうな未来の己の姿を思い浮かべ胸を踊らせる。そして気弱な青年もまた冒険者を目指す一人の青年、夢を見るなというのは難しいことだった。


「な、やろうぜ二人で!英雄になろう!」

「う、うん」

そして二人の青年は受験生の人混みから抜け出して裏庭に侵入する手立てを考え始めた。


これは避けようのないことだったのだろう。若い人間の性とも言えるこの衝動は彼らをリスクという危険から目を逸らさせていた。


「よし、ここから入るぞ」

「う、うん」

期待と不安を胸に二人の青年は裏庭に足を踏み入れた。怖い、逃げ出したい、だけど英雄にもなりたい、欲望と恐怖が入り交じった感情を胸に抱きながら青年二人は歩を進める。


だがこの時青年らは気づいていなかった、ガーゴイルの性質を

「あぁ?なんだ、人間がいるじゃねぇか」

「「え?」」

気づけば青年二人の前にガーゴイルがいた。岩のように硬そうな羽に真紅に染まった瞳、それだけで普通の人はぶっ倒れるくらい威圧感があった。ガーゴイルの性質それは己より強い気配には敏感というものである。だからこそ探している冒険者とは出くわさず目の前の弱い二人と出会った。卑怯で卑劣なガーゴイル、ちまたではそういわれている。


「お前は………」

「お、俺様を知ってるのか、うれしいことだなぁ」

「ラ、ラッキーだぜ、俺たちはお前を倒しに来たんだ」

恐怖に顔を引きつりながらも夢見る元気な青年は強気に出る。弱気な青年は反対にその強気な青年の背中に隠れる。そのおびえようがガーゴイルの加虐心に火をつけた。


「なぁなぁお前らどんな死に方したい?」

「「ひぃ!」」

ガーゴイルがニヒルな笑みを浮かべただけで二人の青年は震えあがる。


(間違った、調子に乗るんじゃなかった、俺たちなんかがガーゴイルに勝てるわけがなかったんだ)


「あ、あ、あ·····」

青年は顔を歪め尻もちをつき失禁する、アンモニアの匂いが青年の鼻を刺す、青年は何も出来ない己の弱さを恥じ、調子に乗った己を悔いた。


せめて後ろでビビっているこいつだけでもと振り返る。だが声が出なかった、どこにも行って欲しくなかった、一人にして欲しくなかったのだ。だから言えなかった、絶対に逃げてなんて言えなかったのだ。


「なんだァ?逃げないのか?いいぜなら思う存分楽しんで殺してやるよ」

二人は死を覚悟した。もう無理だと生を諦めた。ガーゴイルは鋭利な爪を振り上げ、醜悪な笑みを浮かべながらそれを振り下ろした。


「「ぐっ」」

二人の青年は目を瞑り顔を逸らす、すると青年らに突然横から衝撃が襲った。青年らは吹き飛び、回転してから背を地面につける。


「な、何が·····」

活発な青年が顔だけをあげる。そこには別の少年がいた。栗色の髪にどこか優しさを感じる赤色の瞳、そして腰に着けた冒険者だけが手に入れられるバッチをつけていた。所々土がついているのはきっと誰よりも急いでここに来たからだろう。


「冒険者だ」

青年はそう言葉を漏らした。

「逃げるんだ、そして他の冒険者を呼んでくるんだ」

栗色の青年はガーゴイルと相対しながらも青年にそう指示した。

「は、はい!いくぞ」

「う、うん!」

強気な青年が弱気な青年を連れてその場から離れた。


「やっぱり冒険者はかっこいい!俺の憧れだ!」

青年は間近で見た冒険者の凄さに身震いを起こしながら他の冒険者を探し始めた。



数十分前

「いやー、迷った迷った」

でかい平原、周りには何も無いこんな空間にいれば迷うのは必須だろう。うん、仕方ない。


「試験会場この近くのはずなんだけどな·····」

うーむ、やはりこんな古典的な地図だと読み取るのが難しいな·····


「お!」

あんなところに高い丘があるな、あそこからなら試験会場が分かるかもしれないな、登ってみる価値はありそうだ。


「よっこらせ」

長い道のりを経てようやく丘の上に立つことができた。さーてと試験会場、試験会場、ん?


「なんだあれ、カラス?」

丘の一番下で二人の人間が馬鹿でけぇカラスに襲われているのを見つけた。遠くからではよくわからないけど明らかに血をながしている量が多いのは人間のほうだった。


「うーわ、かわいそうに」

だけどごめんな、今助けてる余裕ないんだよなー、ってあれは!?


「あれはまさか」

丘の中腹に何やら光り輝く物を発見した。何やら金目の物の予感!


「なーんだ、ただのバッチか」

しかし拾ってみればそれは無駄にかっこいい銀製のバッチだった。まぁかっこいいから腰につけとこ。


「さて、じゃあ、行くぅぅぅぅ!?」

まずっ、足がおぼついて·····


「あいたっ、いたっいたっ!」

何回も何回も地面に体を叩きつけながら地面を転がっていく。そして空中にはじき出された時、俺は見た、カラスに攻撃されそうになっている人達を·····、これは助けるしかないな·····


その勢いのまま、俺は二人の青年を蹴り飛ばして、カラスの前に立つ。


「な、何が」

後ろの青年が何か喋っている。

「冒険者だ」

え、違うよ、何を言っているんだ彼は·····


いいか、俺はな·····いや、ちょっと待てよこの状況、偶然とは思えない、もしかして俺、ヒーローになれるんじゃないか?きっと後ろの青年二人は俺よりここの地形を理解しているはず、ならばこそ、この俺の晴れ晴れしい初舞台を見届ける観客をもっと呼んできて貰わないとな。


「逃げるんだ、そして他の冒険者を呼んでくるんだ」

「は、はいわかりました!行くぞ!」

「う、うん」

ふっふっふっ、これでよし。


「なんだぁお前」

「おいおい、その腐った口を二度と吐くんじゃあねぇぜ、お前はこの俺に勝てねぇっいたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


え、痛い、痛い、痛い、何だよこれ、軽く頬を爪で削られただけなのに焼けるように痛い。


あれ、俺もしかして、弱い?

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