13.生きていたいんだ

「へぇー、それじゃ、マオちゃん物質世界マテリアから来たんだぁー」

「う、うん。だから今日も、二人のお迎えのついでに、一緒に案内するからって連れてこられちゃって」

 魔法船発着港から昇降機エレベーターで地上に上がり、歩いて街に向かう、その道中。

 後ろをついてきたはずが、いきなり真織の隣で渾名あだなのちゃん付けで呼び始めたチャームに、エウル以上の馴れ馴れしさを感じて露骨に距離をとりつつも、質問されれば答えざるを得なかった。

 その中で、案内する側であるはずなのに真織のどうやら不慣れな様子に、この島の人間ではないという事が看破されてしまったわけである。

「だってそうしないと、マオは寮に籠ってるか、街の外箒で飛ぶか、でしょう」

「街の案内図貰ったし、気が向いたら出歩くよ」

「そののがいつになるか分からないのよ。私はマオに、早く街の事も知って欲しいの。せめて何をどこに買いに行けばいいのか分かるくらいにはね」

 先導しながら肩越しにアイラは告げるが、真織は肩をすくめて、その過保護ぶりに呆れてしまう。

「私の事は良いよ、もう……今日はティアさんとココさんが主役でしょ」

「てぃあ、さん?」

「……あ、勝手に縮めてごめん。ティアドロップだからティアさん」

「ぇぇー、チャームのことは、チャームって呼んでよぉ」

「この世界の子はどうしてこう……もう少し慣れるまで、勘弁して」

 どうにも真織の苦手な距離感で、積極的に関わりたくない感じにしているつもりなのだが、この羊角族シープホーンの少女にはそれが伝わっていないようだ。

 救いを求めて視線を彷徨わせると、真織を睨みつけているルイズと目が合った。

「「ぁ……」」

 ルイズは真織がカエルラシックの乗機を墜とした魔法使いメイガスと気づいて、その恨みから無意識に睨みつけてしまっていた。その事に気づいて、慌てて目を泳がせる。

 一方、真織はその挙動不審ぶりに、勝手な親近感を抱いてしまう。

「……ココさん、緊張してる?」

「ぁ、ぁあ、うん、少し……」

「そっか。案内役がこんな感じで、ごめんね」

 その真織の勘違いを感じ取り、苦笑いで返す。

(ああもう、演技とか嘘つくのド下手くそなのに、何だっていきなりこんな事になってんだ! 普通に学生しながらシック探せばいいんじゃなかったのか!)

 ルイズは正直、銀髪の少女アイラが出迎え、案内役として来ることを想定していなかった。学園で遭遇しても、距離を置いて関わらなければいいと考えていた。

 しかし、ここで島を案内する側とされる側という接点が出来てしまった。学園生活をここで続ける上で、不自然に距離をとれば却ってやりにくくなる事が想定される。

(それにこの黒いの、物質世界人マテリアンだって……? どうやってディモスを手に入れた?)

 真織には恨みもある。が、今の会話でそれ以上に疑問が膨らんでしまった。

「……えぇーっと! クロキさん、だっけ」

「……ぇ、何?」

「いちいち狼狽えないでよ。物質世界マテリアから来たって、やっぱりこの島の転移門から?」

「……うん、そう。違う世界って事くらいしか、あんまりよく分かってないけど」

「そういえば、マオにはこの世界と物質世界マテリアの関係って、あんまり話してなかったっけ」

「昔聞いた覚えもあるんだけど、混沌がどうとかーって」

「ぇえー、それって魔法学問全般の基礎だよぉ?」

魔法世界マナリア在住一巡りか月未満だから。そこはお手柔らかにお願い」

 会話を聞いていたチャームの言葉に、苦笑する真織。

 それから真織は、三人からその魔法学問の基礎、世界の構造に関しての話を聞くことになった。


 それらの話を整理すると、先ず『混沌』と『虚無』という二つの領域がある。

 そこに『時間』が加わり時を進める事により、『混沌』から『虚無』への浸食が起こる。

 『混沌』はあらゆるものがない交ぜとなった領域で、『有る』という状態ではあるが、それが『何であるか』は確定していない。逆に『虚無』は何も『無い』という事が確定している領域で、そこに『有る』事である『混沌』が侵食すると、それが『何であるか』が確定してくる。斯くしてそこに、『秩序』の領域は誕生する。


 魔法世界マナリア物質世界マテリアも、この『秩序』の領域に存在する事は変わらない。ただ、魔法世界マナリアの方が『混沌』により近く、物質世界マテリアは『虚無』に近いという事である。


 これが何故魔法学問の基礎となるかと言えば、神秘マナというものは、侵食した『混沌』が『何であるか』が確定するまでの中間にある『何か』であり、『混沌』に近い世界ほど濃密で、離れるほどに希薄になる。これに魔導書グリモアという回路と魔法使いメイガスの意思を介入させることによって、『何であるか』を確定させ、意図した現象を起こすのが『魔法』、という事であるからだ。

 但し秩序の領域においては、世界を支配する法則が強く働いているため、その法則に反する『魔法で生じた物質・現象』は、多くは一瞬で立ち消えてしまう。その世界の法則とどうにか折り合いをつけて、長期間魔法を維持する事は可能らしい。


 転移門については、『秩序』領域内のいくつかの世界の間に、接点が生まれることがある。それが『世界接点』と呼ばれ、この魔法世界マナリアで発見されたものは『転移門』として整備されることが多いという事だ。

 現在、王国内では三つの世界接点が発見されている。それぞれ別々の世界に繋がっており、整備された転移門は、それが在る島の領主が管理している、とのこと。


「ざっくりと、こんな感じかしら?」

「……何か、思ったより話が大きかった。ココさんもティアさんも、こんなの小学……じゃない、初等部から教わってるんだ」

の世界だからさ。解ってないと生きてくの、難しいんだよ」

 ルイズはそう、空を見上げる。その視線の先、色彩豊かな雲の向こうに、いくつかの島影が見えていた。



 王国内における魔法具製造業の大手、モントマグナス社のグラキエース支社長、アヤメ・モントマグナスは、褐色肌の青年を引き連れ、自らの屋敷の地下に降りていた。

「第二のデイヴォ候補などと先生は言っていたが……あの人と違って私は、君の実力や将来性には懐疑的だよ。先日の体たらくもある」

「……そうでしょうね。返す言葉もありません」

「だが、あの人に任された以上は、出来るだけのバックアップはしよう。新型機のテストのついでだけどね」

(すげぇな……こんな場所にこんな設備があるなんて)

 ボイル・ブラッドはその空間を見渡した。

 そこにあるのは、広大な空洞に、コンテナを運び込む搬入口、何かを組み立てるためのクレーンやら高所作業のためのリフトやらが置かれている。

 ボイル・ブラッドの目的は、何よりもシック・ウィークの居場所を掴み奪還する事だったが、彼に指示を下した人物は街を襲撃し、島民を『混沌へ送る』事を今回の行動の目的としていた。

 ボイルがスーツを着込んだ麗人の後ろをついていくと、その目的を果たす為の道具が、この空間の奥の壁際に、静かに佇んでいた。

 炎のような朱色と血のような暗い赤色で塗られたその機体の顔は、鬼のような憤怒の形相に見える。

「我が社の傑作機、ディモスの流れをくむ特殊機体スペシャルだよ。未だ未完成だが、完成すればあのディモスが現れても対抗できるはず……君の腕次第だけど」

「これは……すげぇ」

の起動鍵となる魔導書グリモアが先生から届くことになっている。そのが来るまで読み込んでおきたまえ」

「は、はい……!」

 その機体から感じる神秘マナの圧は、以前乗っていた量産機レギオンカスタム・ルブルムとは比べ物にならない。畏れと感動を覚えながら、その鬼面を見上げるボイルに、アヤメは告げた。

の名は『メギド』。この島を焼き払う、怒りの炎だ」



 笑顔。

 そこには丸い眼鏡をかけた、エウル・セプテムの満面の笑みがあった。差し出されるカット済みのリンゴは、上体を起こしてベッドに座る少年の口元に。

 手枷に繋がった鎖がじゃらりと鳴り、やせ細った手がそのリンゴを奪い取る。

「あっ」

「それぐらい、自分で食べられるよ。そこまで弱っちゃいない」

 シック・ウィークは苛立ちを隠す様子もなく、不機嫌な言葉を零すと、奪い取ったリンゴを齧り、咀嚼する。

「えへへ、こうすると喜んでくれる患者さんも多いから、つい……」

「……誰にでもこんな事してるの」

「んー、お年寄りとか、小さいお子さんとか?」

「それと同じ分類カテゴリーって言うのも、何か嫌なんだけど」

 不機嫌に口を動かす少年に、少女は「しょうがないなぁ」と柔らかく視線を向ける。

「それは皆違うんだけど……同じだよ、皆」

「……何言ってるの、君は」

「あはは、そうだよね。……でも、皆同じ。生きていたくて、何かに苦しんでて、自分が消えちゃうのが、怖くて」

「……」

 少年はエウルの手元から、もう一切れリンゴをつまむと、口に運びながら目を窓の外に逸らす。その様子はしかし、エウルの言葉に、黙って耳を傾けているようにも見えた。

「私は、皆がそれぞれ、どんな風に苦しいのか解らないけど。……ううん、誰かの苦しみは、その誰かにしか解らないって、お父さんは言ってたなぁ」

「……何が言いたいの」

「シックくんにはシックくんの苦しさがあって。それで『次の世界』とか期待しちゃうのは、あるのかなって思う」

「……」

「でも、今生きてる他の人を犠牲にするのは、やっぱりおかしいし……それで、シックくんがこの世界から居なくなる迄に、笑って過ごせるのかなぁって、そんなこと、思っちゃった」

「僕の苦しみは、僕にしか解らない……それは君の言う通りだよ」

 リンゴの欠片を飲み込むと、次の一切れに手を出すつもりは無いようで、体の前に手を置いた。

「それで、今生きていることが辛い人だって沢山いる。生きてるのが嫌になって、混沌に生命を捧げようとする人だって」

 過ぎ去った時間、失われた存在、死した生命、魂は、混沌に還る。混沌循環論と呼ばれるものが、混沌の送り手の下敷きである。

『世界の根源である混沌が、失われたものをまた取り込むのは、秩序たる世界を飲み込む意志があるからだ。混沌より生まれた生命は、それに従うべきである』

『秩序の領域の多くの存在を混沌に送る事、そして自ら混沌に生命を捧げることに、生命の価値は存在する。それを成した魂は次の世界に、より強い力を持った次の生命を授かる事ができる』

『あらゆる生命を混沌へ送れ。より善き次なる世界のために』

 そんな思想のような信仰のようなものが、魔法世界マナリアに蔓延り出したのはかなり古い時代の事だ。世界の病のように潜伏する思想であるから、魔法学問で混沌循環論に関わる究明が進んでも、根絶できる物ではなかった。

「……でも、もう一つ、君が言う通りの事があるみたいだ」

 力が抜けたような、悟ったような、そんな穏やかな少年の微笑みを、エウルは初めて見たような気がした。

「僕はきっと、生きていたいんだ」

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